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ショーギ勝負

「おはよう、ベルタ。覚えてきた?」


 教室で挨拶するなり、早速本題に入る。もちろん『ショーギ』のルールのことだ。


「――は、はい」


 ベルタが戸惑いながらも頷いた。長いものに巻かれる処世術なんだろうけど、まあ、覚えてきたならけっこう。


「何の話ですか?」


 ユーカが興味津々で尋ねて来る。ユーカの中では、昨日からベルタは密かに時の人になっているらしい。


「ベルタとショーギを指す約束をしてたの」


 一方的にね……とは声に出さない。


「ええ!? 『将棋』ですか!? この世界に『将棋』があるんですか!?」

「きっとユーカの同郷人が流行らせたんじゃない?」


 素っ頓狂な声で驚くユーカに、しれっととぼけて見せる。

 近くで見ていたキアランが、強引な私に忠告をする。


「あまり振り回して困らせるなよ」

「ちょっと遊ぶだけでしょ~」


 他のクラスメイトの目には、虎が野ネズミちゃんで遊ぼうとしてる図に見えてそうだ。

 でも、あえて止める気はないようだから、キアランは私の意図に気付いてるね。


 まったく接点のないこの子と、とりあえずは共通の趣味で、関わってみようかと。

 実際個人的にも、天才の指す将棋に興味がある。ルールを知らないところから、どういう成長を見せるのか? 元教育者としての参考資料にしたいとでもいったところかな?


 コミュ障でも、将棋なら、お喋りに神経擦り減らす必要もないだろう。まあ本気で嫌がるようなら、程よいところでやめるけど、まだお試しだから。まずは様子を見てからね。


「じゃあ、早速対局してみましょ」


 荷物を置いて、ベルタの前の席に陣取る。まだ授業開始まで20分くらいあるから、少しでもやって慣れてもらおう。


「え、で、でも、道具が何も……」

「あなたなら脳内ショーギ盤で大丈夫でしょ。とりあえずやってみましょう」


 どんどん話を進める。私だって伊達に天才の仮面をかぶってるわけじゃない。脳筋時代ならともかく、今の私の頭脳なら可能なのだ!

 多分、ベルタもイケるはず。


「じゃあ、私から先手、2六歩」

「3四歩」


 お、間髪置かずきたぞ? すごくね? 困惑気味だったベルタが、ほとんど反射的に答える。ちゃんと脳内に

盤面は見えてるようだ。

 じゃあ、サクサク進めよう。今はじっくり考えるより、とにかく数をこなすことだ。


「7六歩」

「5四歩」

「2五歩」

「5二飛」

「4八銀」

「5五歩」

「6八王」

「3三角」

「……」


 ――ちょっと、ホントに凄いんだけど。いきなり、普通にちゃんと指せてんですけど。昨日までルールも定石も知らなかったってマジですか?


 ベルタの様子を見ると、さっきまでの当惑は消え、完全に自分の世界に入り込んでるようだった。


 あ~あ、やっぱりな。ハマると思ったんだよ。数学の天才なら、絶対将棋も強くなるはずだし。


「おはようっ、あ~、何とか間に合った」


 遅刻すれすれで教室に駆け込んできたヴァイオラが、教室の注目を集めている私とベルタを見てきょとんとした。


「あれ、何やってるの?」

「ショーギ」


 いつの間にか、傍で棋譜を書き止め始めていたノアが答える。 


「え? だってショーギ盤と駒は?」

「脳内にあるらしい?」

「――天才ってのは、分からないわぁ……」

「……だね」


 その会話に入る余裕が、今の私にはなかった。


 いやいやいやっ、ちょっと待てっ、そっ、そんな馬鹿な……!?


 よし、チャイムだ! ここは授業いっぱい長考してやる!! ズルいとか知らん!!


 時間切れをいいことに、一時中断した。授業も仕事もそっちのけで、次の一手を考える。


 その後も休み時間の度に続きを指し続け、授業に入る直前にはうまいこと先手の前で中断して、私が毎回長考する流れを作る。キアランが白い目で見てるけど見逃して!


 ベルタをランチにも誘って一緒に食べながら更に指し続け、長引いた対局はとうとう放課後までもつれ込んで――そして……。


「――負け、ました……」


 ――私が、負けた。


 ちょっと、嘘でしょ~~~!? そりゃ、そのうちとは思ってたけど、まさかいきなりか!?

 けっこう、すげーショックなんですけど!!?


 机に突っ伏して、愕然とする。天才、マジすげー!!!


「はい、95手目でグラディスの投了と」


 棋譜を記していたノアがペンを置いて告げる。


「うわあ、ホントに最後まで頭の中で指し切っちゃったわ」

「プロの『棋士』みたいです!!」


 面白がって最後まで観戦してたヴァイオラとユーカが感心してたけど、私はそれどころじゃない。

 く、くそうっ、まさかこの私が、初心者に負けるとは……!!


 ちなみに暇人ではないキアランと、修行で忙しいマックスは、先に帰っている。せめて2人にだけでも私の負け様を見られなかったのは幸いだ。まあ観戦者にしてみたら、口だけ動かすしりとり勝負と大差ないかもしれないけど、私は負けず嫌いだからな!


 悔しさを噛み締めながら、目の前のベルタをちらっと見る。どこか心ここにあらずと言ったような、それでいて、今まで見たことないくらい、高揚した表情をしていた。よく見ないと分からないくらいうっすらとだけど。


「ありがとう、ございました。――グラディスさん……すごく、楽しかったですっ。また、指してもらえませんか?」


 終わったばかりなのに、すぐさま次の対局をと挑戦してくる。


 おお、学園で初めての自己主張だな。でも、勘弁してくれ、私は負ける勝負はやらんのだ。


「ちょっと待って。次の対戦者を用意するから」


 机に突っ伏したままで、数分待つ。


「よう、グラディス。珍しいな、てめーが逃げてねえのは」


 教室にガイがやってきた。未だに暇があると私を口説きに来るのだ。どんだけヒマ人なのかと。

 普段はめんどくさいからガイのいないコースを、予知全開で選んで帰るけど、今日だけは仕方ない。逃げる気力もないし、用もある。


「ガイ、ショーギできるでしょ?」

「あ? おお、できるぞ。けっこう強えぞ」


 私の唐突な質問に、自信満々に答える。

 まあ、そうだろうな。父親のヒューも意外に強かったんだ。理論とかじゃなくて、野生のカンというのか、理屈抜きの勝負強さがあった。


「ショーギ盤もってきなさいよ。この子、ベルタに勝てたら、デートの1回くらいしてあげるわよ?」

「マジか!?」


 おお~~~!!! ユーカだけでなく、ヴァイオラまで拍手で盛り上がってるのは何故だ? ユーカに毒されてきてるんじゃないか?

 

 ガイはすぐにどこからかショーギセットを持ってきて、早速対局が始まった。


 一つのことに熱中すると他が見えなくなる性質のベルタ。ひとたび没頭すれば、学園のガキ大将ガイとの対戦にも、もはや全く戸惑いはなかった。むしろウキウキと、初めて手に取った駒を、不器用な手つきで置いていく。


 きっと昨日までだったら、前に立っただけで震えあがってただろうにね。頭の中がショーギだらけになっちゃって、それ以外にリソースが割けないんだろう。それがベルタという人間なんだから、それでいい。


 普通でいられないことに肩身を狭くしてるなんて、実に馬鹿げてる。こんなに凄い能力を持ってるんだから、存分に見せつけてやれ。

 ただでさえ、同年代の頂点が集まっている学園の中でも、熾烈な競争はあって、やっぱり順位や成績はつく。

 全てで平均点を取ることより、たった一つでも、他の追随を許さない能力を持つことの方が、遥かに強力な武器だろう。ベルタみたいな人種には。

 誰にも負けない武器を持ってるんだから、もっと自信を持てばいいんだ。


 この日ベルタは、私とガイ、学園でもトップレベルで畏怖の対象となっている2人に、立て続けで勝負ごとに勝ったツワモノとして、一目置かれることになる。


 そして何故か、ベルタにショーギで勝つとグラディス・ラングレーと付き合えるという噂が流れ、マックスを慌てさせる事態となった。


 ベルタは今のところ、対戦相手に不自由することがない。ってうか、予約がしばらく先まで続いているらしい。


 ――あれ? 私、意外とモテるのか?

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