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学園での指針

 先週、私発の予言は、ルーファスを経て密かにアイザックに挙げられ、直ちにエイダを通して正式な予言となった。


 迅速に、騎士で万全に固められた国立闘技場。夜更け過ぎ、私の予言通りに、ユーカの時と同様の光景が展開された。


 物々しい警戒態勢の中、巨大な魔法陣の中心に現れた、異世界人とおぼしき風体の青年。


 突然の召喚に狼狽する青年をすぐさま確保しようと騎士たちが動いた時、黒い瘴気をまき散らす巨大な魔物の襲撃を受けた。


 魔物が破壊したのは、転移を防ぐ結界。破壊と同時に、全身を黒で覆うローブ姿の人物が現れ、一瞬で青年をさらって消えた。


 そして今日は、夏至の翌日。

 結論から言えば、今年の夏至も例年通りだった。


 ユーカとトロイは王城で、私もラングレーの屋敷で、しっかり守られて何事もなく過ごせたけど、異世界人の青年の犠牲は、防げなかった。


 何も分からないまま生贄に捧げられて惨殺され、その血と魂を供物とされた日本人の青年。その結果、ますます力を付けた魔物。何とか迎え撃ち、それ以上の被害の拡大を防いだ騎士たちの働き。


 私はその出来事の全てを、私と繋がる関係者の報告や新聞で――ただ伝聞で知るしかできなかった。


 毎年のように先送りにしてきた限界は、そろそろ? それとももう少しだけいける? 今の私に、何ができるんだろう?


 表舞台に立つ? それとも、信用できる人間とだけ積極的に接触を続けて、裏から事態に対処するか?

 きっと、アイザックやエイダのような協力者はいる。


 ただ、誰が信用できるかは、分からない。私が信用した人間のうち、一人でも敵側の人間がいれば、きっと取り返しがつかないことになる。正体不明の死神が、どこで誰と繋がってるかなんて知りようがないんだから。


 それを考えると、まだ動く時ではないと思えた。

 カッサンドラも言っていた。――私の思う通りに……それが一番いいと。


 今の私はただの学生。

 まだ神経質に私に張り付くマックスに守られながら、憂鬱な気分を抱えて、今日もいつも通りに学園に行く。

 正直ほとんど眠れなかったから、寝不足でくらくらする。


「グラディスっ……」


 教室に入るなり、ユーカが私の前に立ちはだかった。


 いつもの笑顔じゃない。泣きそうな顔で、いきなり抱き付かれる。

 ユーカにとっても、昨晩の出来事は衝撃が大きかったんだろう。あんまり前向きな頑張り屋だから、ほんの2年足らず前まで日本の普通の女子高生だったのを、うっかり忘れてしまいそうなほどだ。


 私は無言で、小柄な体を抱きしめ返した。


「悔しいです! 何もできないのが……っ。私も、本当は去年、()()なるはずだったんですね? グラディスがいなかったら、私もっ……」


 震える体から、やりきれない憤りが伝わってくる。

 クラスメイトたちも、教室で抱き合う私たちを、黙って見守ってくれている。去年、私とユーカが、生贄魔法陣事件の犯人一味に誘拐された事件のことは、みんな知っているから。


 去年のユーカは、まだ言葉もたどたどしく、まともに新聞も読めなかった。大変なことに巻き込まれた実感だけはあっても、正確な状況を理解していなかった。まして、ユーカの誘拐が失敗したから、おそらくは次点候補であった転生日本人が、代わりに生贄として犠牲になったことなども、知る由もない。


 この1年、みっちりこの国のことを学び、情勢を少しずづ把握していき、自分の立たされた現状に、ようやく理解が追い付いたところなんだろう。


 自分が辿るはずだった、もう一つの未来を、今朝の新聞で見せられて。


「私、もっと強くなります! あの時、グラディスが命を懸けて私を助けてくれたように、私も人を助けたいっ。自分の役割の重要さが、よく分かりました……!」


 宣言する今のユーカには、強い決意があった。


 あまり理解しないまま、ただ言われるままに手伝ってきた、予言補助の仕事。予言の邪魔をする黒い瘴気の靄を、ユーカという存在が多少なりとも打ち消すことができる。

 去年よりも遥かに、預言者たちの役に立っていた。儀式の予測地点を最終的に2ヶ所にまで絞り、効果的な対処を可能にさせた。


 それでもまだ足りない。生贄の儀式そのものを防ぎ、その犯人を捕らえない限りは。


 今回初めて、黒いフードの男――死神が、公式に確認された。国立闘技場を固めていた多くの関係者に、その黒ずくめの姿が目撃されている。


 今までは私の、予言の中の記憶にしかなかった存在が、ようやく公に確認され、手配されることになった。実際には、体格も性別も判明してはいない状態での手配だけど、死神の存在が現実に共有されたことは、大きな進歩だ。


 ユーカは自らの意志で、これから力を付けていく。来年こそは、この悲劇を防ぐことができるだろうか。


 私の仕事は、その先にあるのかもしれない。


 これまでの6回に渡る生贄の儀式で、向こうの世界との繋がりは確実に強くなっている。少しずつ強固さを増した異世界のゲートから、年々強力な魔物が侵入してきている。


 それがここ数年、王都ではあり得ない魔物が現れ始めた理由。

 王都だけでなく、国中で同じことが起きている。むしろ魔物が多い地方の方が、はっきりと違いが分かっているだろう。マックスの父親を失った、異常な魔物の大量発生事案の件のように。


 ザカライアの晩年からあった予兆は、今ははっきりと形になり始めている。


「うん。ユーカの力が頼りだよ。大変だろうけど、頑張って」

「はい!」


 ユーカを応援しながら、それは自分に言い聞かせる言葉でもあった。


 ユーカは、身に沁みついた黒い瘴気をコントロールし、その利用法を突き詰めていくという、具体的な目標がある。


 では、私は?


 預言者の能力なんて、基本インスピレーションだから、頑張ってどうにかするものではない。知り得た情報を、有効利用できるアイザックやエイダに伝えること以外で、今の私にできることは?


 思いつくことが一つある。


 もしその時が来た時に、立ち向かう力を育てること。ずっと、前世でやってきたこと。


 ――それは教育。


 前のように、本格的でなくていい。表立って大々的にもできない。

 一学生のグラディス・ラングレーとして、私の手の届く範囲だけでも、可能な限り、力の底上げを目指してみようか。今も授業で、機会があればよくやってるやつ。


「グラディス、どうしましたか?」


 今後の指針を決めた私を、ユーカが見上げて問いかける。


「うん、私も、できることを頑張ってみようと思って」


 顔を上げ、周囲に視線を走らせる。同じクラスだけでも、マックス、キアラン、ノア、ヴァイオラといる。もちろんユーカも。

 幸い私の周りには、才能に溢れた若人が、渋滞するほどひしめいているね。


 ふとキアランと目が合う。もう、何を見抜かれててもいいや。

 私の誕生日の日、キアランに言われた言葉――思い出すと、私の心を軽くしてくれる。


 ――ほどほどに……か。


 私らしく、自然体でやっていこう。

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