ノア・クレイトン(友人・クラスメイト)
10歳の頃に出会った5年来の友人は、年を追うごとにその美貌とともに、奇天烈さと不可解さも増していく。
「あれ、なんだったの?」
突然水を零して慌てて出て行ったグラディスの様子に、ヴァイオラが疑問を呈する。ユーカだけ何も分かってない様子で、テーブルの水溜まりを拭いてくれている。
「くそ~、また一人で何かする気だ」
「……」
置いてけぼりを食らったマクシミリアンが、苦い顔でぼやく。
無言のキアランの視線が、ルーファス先生に向いていた。
今日は嘱託教官ではなく、騎士団員の本業に従事している。騎士服を纏って、ユーカの護衛として待機しているはずの先生が、気配を消して食堂を出て行く。
なるほど。ルーファス先生と落ち合うわけか。
それにしても、キアランはグラディスとルーファス先生が知り合いであることは、知らないはずなんだけど。
目の前の様子と状況だけで察しちゃうのか。相変わらずすごい観察力だな。
唐突な行動だったから、2人の間で事前の合図とかアイコンタクトがあったのかも。キアランはそういうの見逃さないからね~。
ちなみに僕は、以前グラディスが、アヴァロン邸を訪問した事実を掴んでいるから、顔見知り以上の関係と断定できる。それ以前、イングラム家主催の武道大会が出会いのはず。あの直前はルーファス先生を知らなかったから、そのすぐ後だろう。
夏至の生贄の話をしてた途端の行動で、ユーカの護衛のルーファス先生に緊急の話ということは、やっぱりそれ関係で思いついたことがあったってことかな?
毎年僕たちと事件に関する意見交換はしてるのに、グラディスは秘密主義なとこがあるからな。僕たちには言えないことを、ルーファス先生に相談しに行ったのか。
で、ルーファス先生からその先は? そこで終わりってことはないよね。どんな内緒話かな。騎士団としての命令系統をちゃんとたどるか、それとも無視か。いきなりもっと上に話が行っちゃうのかもね。――おじい様とか。
グラディスの交友関係、全くの謎なんだよな。ルーファス先生とかロクサンナ様くらいならともかく、なんで一令嬢が、宰相のおじい様とか、預言者筆頭のエイダ様とかと、裏で繋がってるんだろう。
内密にやり取りがあることは掴めてるけど、その内容とか関係性は全く理解不能だ。
そもそもグラディスもおじい様も、どうして他人のフリを続ける必要があるのか。
おじい様は、あくまで孫の友人以上のスタンスを崩さない。そもそもあのおじい様が、10代の女の子と密かに交流があるということ自体が、怪しさ満載なんだけど。
確かうちで毎年恒例の意見交換会をやった時が、初対面のはずだよなあ。2度目が、やっぱりうちでグラディスが酔っ払った時。あとはせいぜい、何かの行事で同席することくらいか。もちろん対話は皆無。
それ以外、直接の接触がないのは間違いないはずなんだけど……一体何があったのか。あの2人にどんな接点があるのか。――それが、どう調べても全く掴めない。
手紙のやり取りだけは割と頻繁にあるようなんだけど。おじい様とグラディスが文通って――どう考えても、何かあるよねえ?
「必要なことなら、言ってるだろう」
キアランが、イラつくマックスをなだめている。
「本人が言わないことを、無理に追及する必要はない。どうせ答えないし、困らせるだけだ」
「分かってるから、我慢してるんだろっ」
不機嫌ながらも同意が返る。
こっちも分からないなあ。
マクシミリアンは、遠くから見かけてただけの頃から『グラディス大好き』を隠すつもりもなく表現してた。――っていうか、ラングレー家の人って、みんなそうだし。ちょっとあれ、お姫様を甘やかしすぎだよね。あんなんだから、グラディスも気を許した相手への警戒心がザルになっちゃうんじゃないの?
一方のキアランは、出会って5年経っても全然変わらない。
グラディスはマクシミリアンを完全に身内としか見てないけど、だからこそ平然とベタベタしてる様子を、どういう思いで見てるんだろう?
態度にほとんど出さないから分かりにくいんだよな。親友の僕にも言わないんだから。全く何もないわけでもないとは思うんだけど。
レオノール賞のグラディスの衣装に、壇上でつい文句を言っちゃうくらいには、動揺してたもんな。あのキアランが。あれはちょっと笑えた。
マクシミリアンもマクシミリアンで、よくあれだけ好きな女の子に無防備で甘えられてる状態に耐えてるもんだ。それでいて、気持ちは分かってて完全スルーされてるとか……その上同居だし、羨ましいより、ちょっと気の毒。あんなに何でも持ってる奴なのに。いつか爆発しないといいんだけどね。
肝心のグラディスも、相手によって対応を変えるとこはあるけど、基本的に誰にも恋愛的な感情は持ってないみたいだし。いやむしろ、ちょっと甘えられてるフシがあるキアランは、下手したらマクシミリアンコースかも。
どっちにしろ、今は仕事の方で手一杯って感じなのかな。授業中も一切自重なく仕事してるもんな。先生たちもグラディスに深入りする危険さを肌で感じてるのか、基本黙認だし。
それにしても、観察し続けて早5年、一向に変化なしというのは、正直つまらない。
そろそろ何か新展開はないものかなあ。ルーファス先生も怪しいけど、真面目な人だから、学園で教官やってるうちは動かないだろうな。ガイはグラディスの眼中にないし、アーネストは僕と同じ立ち位置に努めてる様子。
それ以外では、好んでグラディスに近寄ろうとするツワモノは思い当たらない。
あの容姿だし、気になってる奴は多いようだけど、本人の振り切れた行動のおかげで、到底手を出す勇気は持てないだろうな。凡人があのバイタリティに付いてけるはずがない。
新歓バトルロイヤルの突き抜け振りは、ほとんど伝説になってるくらいだ。学園の頂点付近の連中を、軒並み振り回してるんだから。それでいて憎まれないって、並みのキャラじゃない。
何より、ラングレー家の人たちが恐ろしいって!
実際彼女の家に挨拶とか行って、あの人たちがいたら、普通の人は絶対震えあがる。大切なお姫様にたかる悪い虫扱いで、どえらい目に遭わされる未来しか思い描けないよ。そもそも家にたどり着く前に、マクシミリアンに抹殺されてそう。
しばらくは現状維持ってとこかな。グラディス個人の謎の探索も含めて、僕の観察は、まだ当分続きそうだ。
「片付けてもらっちゃって、ごめんね。ありがとう、ユーカ」
グラディスは10分もかからず戻ってきた。
「どういたしまして」
笑顔で答えるユーカと、不満顔のマクシミリアン。それ以外は、生あたたかい目で迎え入れる。グラディスも分かってて素知らぬ顔。何事もなかったように、慌ててランチの残りを食べ始めた。
ルーファス先生は戻ってこないから、グラディスに何か頼まれて、そっちに行っちゃったのかな。任務中の騎士に職場放棄させるほどの用事って、何なんだろう。実に興味深い。
本当にグラディスは、見てて飽きない。




