6回目の夏至
入学して1ヶ月以上経ち、学園生活も大分落ち着いてきた。
だけどここ2週間くらい、校内がちょっとものものしい。
その原因は、ユーカ。
この5年、すでに毎年恒例になった夏至が近付いている。
ユーカは去年、生贄にされるために誘拐された。そのため、王都騎士団から厳重な護衛が張り付けられている。授業中常時、教室の後ろにゴツイお兄さんが、授業参観よろしく待機している。ユーカの移動に必ず最低でも3人の騎士が付き添い、厳戒態勢が敷かれている。
こんなんなら学園休めよとの陰口は、仲間内で極力ユーカの耳に入れないよう努めている。あんなに楽しみにしていた学校生活なんだから、心置きなく楽しんでほしい。こんな時のための騎士なんだから、存分に使い倒してやれってとこだ。
ちなみにトロイも、宮廷魔術師としての仕事は王城でできるものに限られ、ほぼ缶詰め状態で護衛されてるらしい。異世界からの転生者として、すでにすっかり認知されている。
「普段でも預言者並みのガードが付いてるのに、大変ね」
学食で、いつものメンツでのランチ中、ヴァイオラが同情の声を漏らす。
こうして仲間内で食べている最中すら、近くにも遠くにも、騎士の護衛が警戒を続けている。
その中にルーファスの姿を見付けた。今日は教官としてではなく、騎士団員としてユーカの護衛に当たっているらしい。
「私は慣れましたけど、みんなには申し訳ないです」
いつも元気なユーカが、大きく肩を落とす。
「気にするな。ここにいるのは、注目に慣れてる者ばかりだ」
「むしろ目立つのが大好きなくらいだしね。今週いっぱいの我慢だよ」
キアランと私ですかさずフォローする。
「でもそれって、僕らは無事でも、別の場所でまた来週、犠牲者が出るってことでもあるんだよね」
ノアが淡々と現実的な意見を口にする。
「はい。ここしばらくは王城に帰ったら、毎日予言の儀式のお手伝いしてます」
次の生贄の儀式の場所を割り出すため、預言者チームはユーカの特殊能力の力を借りて頑張っている。そのおかげで、少しずつ、可能性の高い場所が絞られてきているらしい。
「今年こそ、決着がつくといいんだけど」
来週ともなれば、とっくに次の生贄としてターゲットは決められているんだろう。もしかしたら、すでに死神の手に落ちているのかもしれない。
それはやっぱり、転生してきた元日本人だったりするんだろうか。今のところ、王都で私が把握できてるのは、トロイと私自身だけだけど、他にもいるのかな。
これだけ結界と護衛で固められれば、少なくともユーカを再び誘拐することは無理だろうけど……。
「――!!!?」
そこである可能性に気が付き、はっとする。そうだ、その可能性は十分にあったんだ。なんで思い至らなかったのかと、内心で焦る。
その瞬間、予言が降りた。すぐ隣にユーカが座ってるせいだろう。
のんびりと放課後を待っている時間もない。すぐに対処できる人間に伝えないと。
護衛として油断なくこちらに警戒をしているルーファスに、素早く目配せした。
それから、うっかりを装って、コップを倒した。テーブルの上に溢れた水が、私のスカートに滴り落ちる。
「グラディス! 大丈夫ですか?」
慌てるユーカを手で制する。
「ちょっと濡れただけ。拭いてくるから、ここ、頼んでいい?」
「分かりました」
悪いけど、あと始末を頼んで、すぐに席を立った。
「グラディス!」
「一人で大丈夫だから。ゆっくり食べてて」
付いて来ようとしたマックスも有無を言わさず抑えて、足早にその場をあとにした。
あの席で、仲間内の何人に、不自然さを気付かれたんだろうな。むしろユーカ以外、みんな分かってたか。私のうっかりとか、あり得ないっての。
でも、ゆっくりしている時間がなかった。予言の出来事は、今日中に起こる。もしかしたら、今すぐにでも。
脇目も振らず通路を進み、どんどん人気のない方まで移動する。学園内で人の来ない穴場なんていくつも把握している。
校舎裏で、完全に人目が遮断されたのを確認して、そこで待った。
一分も待たずに、ルーファスが現れる。
「悪いね。急に」
「いえ。どうされましたか?」
「急ぎの予言。至急アイザックに報告してくれる?」
「――分かりました。何とかしましょう」
騎士として護衛に当たっているルーファスが、上官をすっ飛ばしていきなり宰相に繋ぎを取るなんて本来有り得ない。これはあくまで、私の正体を知るアヴァロン家の跡継ぎのコネを頼りにした、個人的なお願い。
緊急でなければ、自分で手紙を書くなりしてた。
「今日、異世界人の召喚が起こる。国立闘技場で、あの時と――ユーカの時と、全く同じように」
「っ!?」
ほんの数分前、脳裏に浮かんだビジョンを伝える。
考えてみれば、ユーカにこだわる必要もなかったんだ。生贄として必要なら、また新しい異世界人を召喚すればいい。瘴気の勢いなのか、死神の能力なのかは分からないけど、明らかに年々強まっている魔法陣の力。
再度の召喚は、可能だったんだ。
ルーファスもすぐさま私の考えに気付く。
「――つまり、生贄に使うために、新しく召喚すると?」
「だろうね」
「直ちに手配します」
手短に了承してから、ルーファスは深刻な表情で私の手を取った。
「ルーファス?」
「緊急のこととはいえ、あなた自身も、仲間から離れて一人になってはいけません。あなたもトロイと同じく、本来保護されなければいけない立場なんですよ?」
真剣な目で、私の身を案じていた。
――そうだ。ルーファスは、私がユーカやトロイと同じ世界からの転生者だと知っている。ここ3回の生贄は、元日本人転生者が標的だったと目される。ユーカには不安を感じさせないために、その条件は知らされていない。
私が生贄の候補に該当すると、ルーファスだけが知っている。
「――うん、分かってる。心配かけてゴメンね」
「私のことは構いません。分かっていらっしゃるなら、すぐに戻ってください。幸いあなたのご友人は、騎士級が多いですし、できるだけ離れないように。安全な場所まで見送ったら、直ちに報告に行きますから。私の目の前で、あなたがさらわれた時のような――あんな思いは、もうたくさんです」
静かな口調だけど、切実に訴えてくる。――ああ、こっちにも随分心配をかけてしまっていた。
「ホントにゴメン。気を付けるから。でも、生徒には接触禁止!」
「――え……? ああっ、す、すみませんっ。失礼をっ」
指摘されて初めて気が付いたように、ルーファスは慌てて手を離した。
学園内で教官と密会してたとか噂立てられたら、面倒だからね。ただでさえお互い公爵家で、注目浴びがちなのに。
「じゃあ、すぐに頼むよ。私は戻るから」
ルーファスもこれで頑固だから、私の安全が保障されるまでは、仕事に戻らないだろう。背後から守られる気配を感じながら、慌てて食堂まで小走りで戻った。