サプライズ
私の誕生日は平日。今日も通常通り学校に行った。
パーティーやお祝いは家族でするけど、親しい人からは、当日にお祝いの言葉とか、家にプレゼントが届いたりとかする。まあ、言いふらしてもプレゼントを催促するみたいだから、知ってる人だけ知ってればいい。
いつものようにマックスと一緒に教室に入る。
「あ、おはよう、グラディス! マックス君!」
元気に挨拶をするユーカを見た瞬間、不意に頭の中に未来のビジョンが飛び込む。
「――おはよう」
おおう、危ない! いつもと変わらない態度がとれたかな?
マズイぞ。参った。私らしくもない。ちょっとドキドキしちゃってるじゃないか。珍しく、内心では軽く浮足立ってしまっている。
嬉しいけれども、一方で申し訳なくて落ち込むような……。正直、それについて考えると、すごく複雑な気分になる。
その日の午前の授業は、ずっと何となく上の空で、勉強も仕事も思ったようにははかどらなかった。もちろんそれを態度に出すようなことはしなかったけど。
いつもと何も変わらないように振る舞い続け、みんなでお昼を食べてから、それぞれ午後の選択授業へと別れる。
私はキアランと二人で、経済の教室に向かう。
「で、今日はどうした?」
――ですよね~。
キアランに当たり前のように問われ、私もそれを当然に受け入れる。もういい加減、キアランに見透かされてても、驚かない。
逆に、話を聞いてもらいたかったくらいだ。別に相談するつもりはない。本当にただ人に聞いてもらいたいだけ。答えなんてないから。
でも、これは内緒の話なのだ。なのに私とキアランがいると、廊下を歩いてるだけでもすごく注目される。次の授業の予鈴まで、人目を避けるために適当な空き教室に入った。
「これ、絶対内緒だからね?」
手近な椅子に座ってから、改めて念を押す。
「分かった」
キアランも頷く。私の内心のテンションの高さが、はっきりと見えていることだろう。もう好きなだけ看破してくれとばかりに、午前いっぱい抑え続けてきた感情を、解除する。
「ユーカの故郷にはね、『サプライズパーティー』というのがあるそうなんだけどね」
「さぷらいずぱーてぃー?」
「そう。お祝いしたい人に内緒でこっそり準備して、呼び出していきなりお祝いイベントを始めて驚かしてやろうという企画」
「――ああ……、今日は、お前の誕生日だったな。俺も、家の方にプレゼントを届ける手配をしたが
……」
この説明で、キアランは大体分かってくれた。
「察しがよすぎるというのも、困りものだな」
「そうなんだよお~! ユーカが、パーティーの仲間を集めて、計画してくれてるみたいなの! 気付かないフリをするのが、辛い~」
悶絶する勢いで、ぶちまける。私に見えたのは、女の子だけの楽しいお誕生会。ホールのケーキに、ちゃんと蝋燭が16本立っていた。
ユーカだけが、私が元日本人だと知っている。
もう遥かに懐かしい記憶になってしまったけれど、昔、家族や友達に祝われながら、蝋燭の火を吹き消したものだ。
その故郷のイベントを、私のために仲間に呼びかけて、ユーカの故郷流のお祝いということで、放課後に準備してくれているのだ。
本当に、その気持ちがすごく嬉しいのに、なんで気付いちゃうんだよ、私は~!! 心の底から申し訳ないし、正直に、その場で素直に驚けない自分が悔しい。
キアランが、苦笑を浮かべる。
「まあ、大人の対応が、望まれるところだな」
「分かってるよぉっ、そうするよ! でも、なんか、気持ちが折り合わないというか……っ」
本当にこの気持ちをどうしてくれるのかと、自分を殴りたい。
「エエ~!!!?」とか、みんなの前で本気のビックリ顔を見せてやりたかった。
芝居はできる。はっきり言ってかなり得意だ。
でもこういう見返りを求めない好意に、それはやっぱり割り切れないというか……。
「まあ、気持ちはわかるが……」
キアランも、宥めるように共感してくれる。そりゃそうだ。王子ともなれば、そんなんばっかだろうなあ。
「キアランは、いっつも冷静だもんね」
「表面上だけでも、そうあるように努めてはいるからな」
「内心に引きずられそうになることはない?」
「たまにはあるぞ。5年来の友人が、権威ある授賞式で、平然と際どい衣装で現れた時とかな」
さらっと、本気なのか冗談なのか分からない調子で答える。それは、もしかしなくても私のことだね?
経済関係の国内最高峰、レオノール賞の授賞式。私の渾身の絶対領域は、華麗にスルーされた。
「あの時、顔色一つ変えなかったくせに」
「あんな壇上で、それ以外の対応は取れないだろう。――心配は、してるぞ? お前は変なところで危なっかしいからな」
何のてらいもなく言うから、なんかズルいな。
――そもそも、それは分かってる。本当にありがたい。5年前から、まだほんの子供のうちから、私の心を救おうとしてくれた。終わりの見えない過去と未来に恐怖して、凍らせていた心を。
あれから5年。今の私は自由なのか、そうでないのか、折に触れ自分を顧みる。
「キアランから見て、今の私って、まだ不自由に見える?」
昔キアランに言われた言葉。本当に心を揺り動かされた。自分では、随分変わったように思う。キアランには、どう見えるのだろう?
意外と真面目に訊ねた私に、キアランは困ったように溜息をついた。
「まったくお前は、なんでそう極端から極端なんだろうなあ。人のことは分かりすぎるのに、自分のことだけあまりにも見えてない」
「極端?」
「完全に全てから自由な人間なんて、ただの社会不適合者じゃないか。大人とは、不自由なものだ。もう子供じゃないんだから、ほどほどでいいんだぞ?」
「……へ?」
呆れたようなキアランに、マヌケにも訊き返した。
なんですと!!? ええ!? なんだかんだ言って、私そこんとこ、けっこうこだわってきてたのに、なにそのまさかのテキトーな感じ!!?
「えええ~~~~……?」
途方に暮れて抗議混じりの声を出す私に、キアランは思わず、といった感じに笑う。
「それくらいでいいんじゃないか? お前は、力の抜きどころを知らないからなあ。もっとゆるく、いい加減に、無理をせず……。少なくとも今のお前は、あの頃より自然体だ。笑っている時に苦しそうな目をしない。――それでいいだろう。無理に『自由』という言葉に縛られずとも」
「……」
――ああっ、もうっ、またやられた!!
なんでキアランとだと、こうなんだろう。
私にとって、いつの間にか強迫観念のようにすらなっていた『自由』のワード。それすら、キアランは気付いていた。
どこか納得してる自分がいるから、また悔しい。足元に絡まる鎖が外れて、身が軽くなったように感じる。
まったく、これこそとんだサプライズだ。
「――やっぱりキアランは、王様よりセラピストになった方がいいよ」
つい、力の抜けた顔で笑ってしまった。
きっと、それも無理のない表情だったんだろう。キアランが穏やかに微笑んだから。
――その日の放課後、仲間たちに連れ込まれた空き教室で突如始まった誕生パーティー。
もちろん私は、驚いた顔をしてから盛大に喜んだ。
でも、本当に驚いてもいたんだ。実際にその場面に直面したら、信じられないくらいの嬉しさに溺れかける自分自身に。