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アーネスト・イングラム(従兄弟・上級生)・2

「てめー、いつまで死んだフリしてやがる」


 戦域外に出るなり、すかさず傍に来たガイが、グラディスの頭に軽く手刀をくらわす。視線も向けずにそれをさっと手で防いだグラディスは、俺の腕から身軽に降りた。本当に、この隙の無さは何なんだ。


 地面に足を付けるなり、俺とガイの真ん中に体を割り込み、グイっと両方と腕を組む。


 まったく、どこまでもタチの悪い女だ。


「――お前、まだ続ける気か」

「もちろん! もう他にやることもないし、強くて年上のイケメンを両脇に侍らせて、マックスの気を散らしてやるわ!」

「……てめえ、どこまでえげつねえんだ」


 あのガイまで呆れてるじゃないか。姑息というかしぶといというか。勝つためにはそこまでするか。俺も相当のつもりだったが、負けず嫌いにも限度があるだろう。


 しかも、確かに効果があるだけに余計悪質だ。マクシミリアンの奴、確実にこっち気にしてるじゃないか。まったく、戦いに集中しろ!


「まあ、キアランがフォローしちゃうから、大した邪魔にはならないんだけどね~……」


 いかにも不本意な表情でぼやくグラディス。


 観戦していると、確かにどこまでも冷静沈着なキアランが、実に巧みにマクシミリアンのフォローをして、戦局もメンタルも回復させてしまう。


 だが、なんだろう――? 苛立ちか? 確かにキアランは常に平静を保っているが、何も気にしていないわけでもなさそうだ。


 ――まさか……?


 いや、俺が考えることじゃないな。こいつに深入りしたくない。親父の気持ちがよく分かる。


 現在校庭では、バトルロイヤルの華、真っ向勝負が繰り広げられている。大舞台に立つのは、マクシミリアン、キアラン対ヴァイオラ、ソニア、そして後から駆け付けたダニエル、ティルダの6人だ。残り2人は、おそらくノアとユーカ。どちらも非戦闘職だから、出てくるのはルール限界まで後になるだろう。


 2対4の戦闘ながら、キアランとマクシミリアンには付け入る隙が無い。グラディスが少しでも足を引っ張ろうとする理由がよく分かる。


「ああ、敵に回すと、うんざりするほど強いわね、マックスは」


 俺が意地でも口にできない感想を、グラディスが漏らす。


「だったらなんで弟と一緒のパーティーにならなかったんだよ」


 ガイがバカにしたように当然のツッコミを入れた。グラディスは声をあげて笑う。


「私とマックスが組んだら、誰も勝てないわよ?」

「けっ! ふざけたことを抜かすんじゃねえ!」


 ガイの反射的な否定は、虚勢もありそうだ。今日の戦果を見れば、あながちただの大口とは言い切れない。


「それとね……ダニエルと同じ」


 仲間の戦いに目を向けたままで、グラディスが続ける。


「成長のためには、離れたほうがいい場合もある」


 その一言に、ガイが珍しいくらい苦虫を噛み潰した顔になる。


「……あいつ、来年どうするつもりなんだ?」

「きっと、ハンター領には帰らないわねえ? 今から覚悟しておきなさい」

「――マジでか……?」

「ちゃんとフォローしてあげてね? 次期ハンター公爵」

「ちっ、余計なお世話だ! ――てめーに言われなくたってっ」


 ガイが実に不愉快そうに、自分の腕にしがみつくグラディスを見下ろす。


「てめえ、どんな魔法使いやがった。ダニエルの奴、すっかりてめえに心酔してやがる。まったく頭に来るぜ!」

「ふふふ。私に魔法は使えない。ただ、見るだけ。目の前の人を、ずっと深くまで」


 そう言ったグラディスは、どこまでも遠くを見ているような目をしていた。


 2人の会話の実際のところは、俺には分からない。でも、ガイに共感する部分はある。


 あの我儘で聞く耳を持たず、まったく手に負えなかったティルダが、グラディスと関わってから、別人のように変わった。性格はそのままなのに、怠惰から勤勉に、増長は研磨に、まるで180度反転したようだった。

 そして口で何と言おうと、ティルダはグラディスが大好きだ。多分、媚びも畏れも呆れもなく、まっすぐ自分自身を見て相手をしてくれた、初めての友達なんだろう。もうティルダが取り巻きを引き連れることはない。


 きっとダニエルにも、同じ事を起こしたのだろう。そして今、マクシミリアンにも同様に。


 ありがたくもあり、悔しくもある。身内の俺たちにもどうにもできなかったことを、変えてしまう何かを持っている。人を振り回しながら、振り回された者に向上をもたらす。より高みへと押し上げる。

 学園の教師よりも、はるかに質の高い教師のようだ。


 とても年下とは思えない、全く不可解で底の読めない人間――見ている分には興味深いが、不用意に近付くべきじゃないな。余程の覚悟がない限りは。

 だから、むき出しの二の腕を、俺の腕に巻き付けて寄り添うのも、本当に勘弁してほしい。胸を当てるな。


 見下ろすと、グラディスが戦場から目を逸らした。その視線を追うと、野次馬に埋もれるように、潜伏していたはずのユーカの姿が確認できた。


 なんで、このタイミングで出てきた。何か、様子をうかがっているようだ。


「グラディス。最後のカード集め、どうしてお前が捨て石になった?」


 そうだ、この疑問の答えはまだ出ていない。こいつはこれで、そうとう合理的な人間だ。グラディスではなく、ユーカを残した理由が必ずある。


「あとひとつだけね、ちょっとした仕掛けを用意してあるの」

「てめーっ、まだ悪巧みしてやがるのか!?」


 グラディスの返答にガイが目を剥いた。俺も全く同じ感想だ。この期に及んで、まだ場外から何かやらかす気か。

 グラディスはいたずらめいた表情で、俺たちを見返した。


「可愛らしい悪戯みたいなものよ。あの2人を正面対決で落とすのは至難の業だから。それは、ユーカに任せた仕事。引っかからなかったら、多分うちの負けね」

「お前の言う悪戯……余程悪質なものとしか思えないな」


 俺の率直な見解に、くすくすと笑い声が返る。


「そうね、知らなかったら、ちょっと驚くかもね。私もどうなるか楽しみなの。まあ、見てて」


 再び、仲間たちの戦闘に視線を戻す。


 異世界人とはいえ、ユーカも非戦闘員のはずだ。あの高レベルの激戦を前に、一体何ができる? 本当に、この従姉妹は何を考えているのか予想が付かない。


 それだけに、何が起こるのか、楽しみではあるが。


 バルフォア学園年度最初のイベント。その最終決戦に相応しい戦い。


 最高潮に盛り上がった瞬間――その異変は起こった。


 この皮膚を逆撫でるような不吉な感覚。覚えがある。


 あれはおじい様の葬儀の日――出棺のため離れていて実際に目撃はしていないが、間違いようのない気配。


 俺もガイもお祭り気分を吹き飛ばし、直ちに意識を戦闘態勢に切り替える。


 それは魔法陣から出現する、黒い瘴気をまとった変異型の魔物の気配――!!!

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