アーネスト・イングラム(従兄弟・上級生)・1
――まったく、完全にしてやられた!
最終学年の俺にとって最後の新歓バトルロイヤルは、あのとんでもない従姉妹のせいで初っ端から波乱含みだった。
ティルダをかっさらわれた時点で、嫌な予感はしていたが、まさかここまで引っ掻き回されるとは。
これほど非戦闘員にいいように荒らされたのは、おじい様の代の大預言者以来じゃないか?
異常に気が付いたのは、一番最初に装備の点検をした時。通信トラブルの判明で、真っ先にグラディスが浮かんだ。いや、考え過ぎだろうかと、打ち消しかけた直後、突然の校内放送。
聞き違いようもなく、グラディスの声。
それで全てが繋がる。全参加者の通信を妨害した上での、放送ジャック。もう、別行動を取ることはできない。いきなり作戦行動を制限された。
グラディスの校内放送による、おそらくは仲間への一方的な暗号。つまりは別行動を取っている。それで何故、指示が出せる?
つまりは監視システムも把握されているということ。これはまずい。全情報がグラディスに握られているということか?
イベント規約では、監視系の魔法は禁止されている。全てのパーティーがそれをやると、互いの術が干渉しあって用をなさなくなるため、結局全面的に禁止になった。だが、失格判定を受けていない以上、何か抜け道があったんだ。
戦場の全情報を扱っているのは、学園の運営。――すると、現在地は職員室か。
そんな所からスタートした例なんて聞いたこともない。まったくなんて奴だ!
監視システムもハッキングされた可能性は高いが、最初は情報量が多過ぎて、手持ちのモニターでは処理しきれないだろう。
移動する30分以内に対処しないと、坂道を転がり落ちるようにどんどん不利になる一方だ。
だが、職員室に駆け付けた時には、すでに窓から逃げられていた。そこいたのは、ただ言葉もない教師たちのみ。
そして直後に始まった前代未聞のイベント『ハンター狩り』には、俺も絶句した。
開始一時間で、優勝候補の一角が沈み、学内に激震が走る。
ガイとは一勝一敗で、今年こそ決着をつけるつもりだったのに。
グラディスの奴、ショーギの駒のように他人を動かして、自分の手を下さずにハンターを排除しやがった! ありえないだろ。腹が立つほどえげつない。
そして開始約2時間――例年と明らかに様子が違う。通常は5時間はかかる長丁場なのに、すでに戦場に人が見当たらない。想定外に速いペースで生存者が減っているようだ。まさかとは思うが、もう終盤戦に入っていると考えていいのか?
全てはグラディスの掌の上か――。
ここまでやる奴が、俺への対策をしていないわけがない。もう動き回るより、有利な陣地で敵襲を待つ方がいい。
だが、その判断は遅かった。
マクシミリアン、キアラン、ヴァイオラ、ソニア、ダニエル、おそらく遠距離からはティルダという、反則みたいなメンツの奇襲。
勝負は一瞬で着いた。反射的に攻撃を避けた直後、残り10人を報せる鐘の音が響き渡る。
やられた! 俺を残して、あっという間の全滅。まさか本当に、最終局面だったのか。
直ちに次の行動に移る。
今まで居場所が掴めなかったグラディス。今なら確実に予想できる。
決戦の場、校庭だ。
俺たちを潰す傍ら、すでにポイント回収に入っているはず。攻撃力を全部こっちに回した無防備な今なら、見付けさえすれば確実に潰せる。
真っ先に校庭に駆け付ける。校庭の隅寄りに、カードを拾うグラディスを見つけた。
少し意外に思う。非戦闘員はもう一人いたはずだ。もう脱落した? いや、そんなミスを許すとは思えない。だとしたら何故、ユーカではなく、グラディスが危険な仕事を単独でしている?
懸念はあるが、敵の攻撃陣の追跡は後れを取っている。グラディスを仕留めて、迎え打つ体勢を整える猶予くらいはある。警戒するより、迷わず攻撃一択だ。
ティルダや、ガイの攻撃を見切るグラディスの勘の良さを考えれば、直接攻撃が一番迅速で確実。躊躇なく目前まで踏み込み、急所に突きを食らわせた。
防御魔法が発動し、苦もなく死亡判定。
あれほど参加者全てを振り回した元凶の、呆気ないほどの陥落だった。
グラディスは、俺に気付いてはいても、対処に体が追いつかない。信じ難いが、本当に肉体能力は普通の一般人なんだ。
――え?
俺の攻撃を受けたグラディスは目を閉じ、華奢な体はそのまま糸が切れた人形のように、ぐらりと後ろに倒れ込んだ。
反射的に背中と腰に両手を伸ばす。抱き止めた瞬間、しまったと思った。
もう遅い。一瞬の隙で、遠距離からの魔法攻撃。この威力と正確性はティルダだな。あっさりととどめを刺されて、俺も脱落した。
「交戦中に、敵の心配したらダメでしょ?」
腕の中で、グラディスがその青い目で俺を見上げ、嫣然と微笑んだ。
「――まったくだ」
女騎士と戦闘したことはあっても、か弱い少女を殴ったことなんてない。防御魔法は発動したのに、倒れたグラディスに思わず焦った。
本当にどういう頭をしてるんだろうな。一瞬でそういう計算が浮かぶのか。完全に俺の未熟さを突かれた。現に、視界の端に映ったルーファス先生は、その瞬間微かに苦笑していた。グラディスの企みを瞬時に看破していたのだ。素直に自身の敗北を認めるしかない。
「この上、まだ猿芝居を続けて、俺を利用する気か?」
思わず、憮然と呟く。グラディスはまだ、俺に抱き止められたまま、気絶の真似事を続けている。
腰に回した手を膝の裏に持ち替えて、そのまま横抱きに抱え上げた。
「あら? 協力してくれるの?」
グラディスがおかしそうに囁く。
「どうせなら、妹のチームに勝ってほしいしな。せめてもの援護射撃だ」
本当にこいつは性格が悪い。俺を追ってきたキアランチーム、グラディスチーム、それぞれの攻撃メンバーたちが、俺たちの後ろで直ちに戦闘を開始していた。
「お前がよほど心配らしいな。マクシミリアンの動きが明らかに精彩を欠いてるぞ」
「ふふふ。交戦中に、敵の心配したらダメよね?」
「まったくだ」
「なんならもっと熱烈な感じで抱きかかえてくれてもいいんだけど」
「……いろいろと後が怖いから、遠慮しておく」
まったく、普段からあれだけ用心深いくせに、なんでこういうことを平然と言うのか。女子だけのパーティーを作る辺りを見ても、警戒心は高いはずなのに、一方で完全に男をナメている。ラングレーの男どもが、チヤホヤし過ぎなんじゃないのか?
「お前に惚れた男に同情する」
「――同感よ」
グラディスが、どこか自嘲的に口元だけで笑った。観察していると、時々こういう表情をすることがある。
行き当たりばったりなようで計算高く、感情豊かなようで何を考えているのか分からない。酷く複雑でアンバランスな人間だ。
こんな恐ろしい女にハマったら、とんでもない目に遭う。俺は絶対に御免だ。腕と胸に伝わる感触も匂いも、すぐに忘れてやる。
グラディスを抱えたまま、戦域外へと移動した。
「ああ、マクシミリアンを立て直したな。キアランは、さすがに冷静だ。いい指揮官だな」
「はあ~、やっぱりキアランには通用しないか。――残念」
「……」
グラディスが笑い飛ばしながらも、どこか落胆したように呟いた。




