特別教室棟の悪魔
「それではお邪魔しました。ごきげんよう」
開いた口が塞がらない状態の職員室の皆さんに、お別れの挨拶をする。
それからすぐソニアにお姫様抱っこされた状態で、3階の窓から飛び降りた。直前まで確認してた職員室のモニターでは、アーネストがちょうど本校舎3階に到達したところ。危機一髪だった。
ふわりと中庭に着地したソニアは、私を抱えたまま、私の示す安全ルートをたどって、第二の穴場へと潜り込んだ。
新しい潜伏場所は特別教室棟。この辺は雑魚の潜伏場所になりやすいため、最初の段階で一通り偵察され、一掃される。戦闘自慢はインドア戦を好まないから、実力者ばかりが残る後半になるほど、人は減り、索敵されにくくなる。
例年通り、最初の30分で雑魚を狩りつくしたこの辺の生存者は、ほとんどが次の戦場へと移動している。
ここでソニアを護衛につけて、逃げ回りつつ、次の仕事に取り掛かる。
スクロールを開いて、現在の生存者の状況を確認する。数が減ったおかげで、主だったパーティーは完全に把握できた。
マイクを手に取り、全生存者に向けて、通常言語での放送をした。
「生存者の皆さまにお知らせします。ただいまより、ハンター狩りを開始します。現在、ハンター1、ハンター2の2チームは、連携を取り、第二闘技場入り口前を狩場に展開しています。あなたの手で、ガイを倒しませんか? 随時ターゲットの状況をご案内します。皆さま、ふるってご参加ください」
これぞバトルロイヤルの醍醐味、ザ・数の暴力!! まずは最強を、参加者で力を合わせて潰すのだ!!
放送直後のガイ・ハンターをモニターでチェック。音声は聞こえないけど、口が「ふざけんな、グラディス~~~~~!!!」と叫んでた。
ハンターの強さは、個々の実力もさることながら、何よりそのオオカミの群れのような連携にある。ガイというボスを司令塔に、一族が完璧な手足となって動く。馬鹿だからこそ、狩りの本能が積み重ねた経験で研ぎ澄まされている。
まだ生存者の数が多いうちに叩いておかないと、あとになるほど厄介だ。今の時点で生き残ってるレベルの連中なら、それを理解している。
たとえ『謎の声』の主に利用されていると分かっていても、これは絶好のチャンス。
最大勢力である分、大勢から恨みも買ってるし、何より大物食いをやりたい猛者を、我がバルフォア学園は大量生産しているのだ。
有力パーティーが次々と、第二闘技場に足を向けている様子が確認できる。
ガイ君、大人気だね!! たまには狩られる気分も味わうといいよ!!
ちなみにうちの御一行は、下手に関わって巻き込まれたくないから、ティルダとダニエルは遠巻きに待機。
ヴァイオラとユーカには、引き続き他の場所でポイントと撃破数を稼いでもらう。
「現在8チームが参加。早い者勝ちです。標的2チームとも、最大速度で2時方向に離脱中。ソルが先行して噴水前、しんがりにリューが厩舎裏を、今通過しました」
逐一現況報告をする。群れから離れた奴からどんどん削っていけと、露骨に催促してみる。
ハンター狩りの参加者はさすがの実力者揃いで、前出の二人が速やかに落とされた。
「ソル、リュー、脱落です。続いて、ジェイドの現在地が……」
ターゲットがどこに逃げても、私の詳細な現在地報告は途切れない。ハンターチームの人数は、少しずつ確実に削り取られていった。
櫛の歯が欠けるように次々と仲間を失い、追い詰められていくガイ・ハンター。すでに追う側は、誰がガイを落とすか、競争の様相を呈している。いくらガイが単独でも強かろうが、ここまで多勢に無勢はさすがに厳しい。
とうとう仲間を全員失い、自分一人を狙う敵に、完全包囲された。それでも諦めず、ガイは脱出の隙を狙って息を潜めていた。
かつてハンターチームがこれほど蹂躙されたことがあっただあろうか。いや、記憶にないな。その様はまるで落ち武者狩りだ。
「……う~ん……」
なんだか私、もの凄く悪役気分だな。影の黒幕的な?
強者から潰すのはセオリーでしょ。私悪くないよ!? なのに、なんでだろうね?
自分は指一本動かさずに、高みの見物してるせいかな。
でも、事前の下準備と計画立案は、もの凄く頑張ってるからね。今の作戦指揮だって、相当頭使ってるし。楽してるわけじゃないからね。
自分の安全空間を保ちつつ、全部の局面把握して、同時進行でうちの分隊それぞれにも指示出してって、けっこう大変だよ?
これが私の武器ってことで、立派な自己紹介だよね、うん。
さて、そろそろ仕上げだ。 日本語で、ティルダに指示。
『T――G、狙撃』
悪いけど、優勝最有力候補はうちがもらうよ。
と同時に、潜んでいたガイは、ティルダの超遠距離射撃魔法弾で沈んだ。
何しろうちには、ダニエル・ハンターがいるからね。生まれた時からの付き合いのガイが、どんなにうまく隠れても発見して、狙撃ポイント見つけてくれちゃうんだよ。
「只今、ハンターチーム、全滅です。以上をもって、ハンター狩りを終了とします。皆さま、お疲れ様でした」
最後の放送は、学園中を震撼させた。
どんな強敵だろうが、人間一人相手に、派手な大魔法なんて必要ない。頭か心臓を打ち貫くだけで、死亡判定。取り囲んでた追跡者たちも、ガイ本人も、何が起こったか理解できないままで、呆気なく終了を迎えた。
ただ、オイシイとこを持っていかれたことだけは、分かったようだね。ものすごい不満顔で、皆さん次の戦いへと散っていかれました。
ハンターをこんな序盤で全滅させたことを広報したのは、うちのパーティーを警戒させるため。勘のいい奴なら、すでに誰のシナリオかは気付いている。ちょっと目立ち過ぎた。今度は矛先を、集団でこちらに向けられたらめんどくさいからね。
うちに対しては慎重に対処しないと、痛い目に遭いますよ、って脅し。実際には、わらわらと猪突猛進される方が厄介。うちの絶対的有利は、先手必勝にあるからね。
最後の10人に残るまでは、このスタンスを続ける。
みんなが去った中、ただ一人、脱落者としてその場に残ったガイ。悔しさが溢れ出る大絶叫が、その場に長く木霊した。
「畜生、グラディス、覚えてろよ~~~~~!!!!!」
うん、今忙しいから、また後で遊ぼうね。