職員室の神
「先生方、ごきげんよう。しばらくの間、間借りさせてもらいますわね?」
私をガン見して唖然、呆然、愕然とする先生たちににっこりと挨拶をし、職員室に設えられた監視用モニターを早速チェックした。
おー、いるいる。猛者どもが、早速見つけた獲物を狩りだしたぞ。
懐かしいね。ザカライアの時は、この監視室に変貌した職員室から、ある程度数が減るまで観戦を楽しんだもんだ。
先生たちは、最初は驚いたものの、一言も発さずに、すぐに私同様モニター監視に戻る。
そうそう、お仕事に専念してください。
基本このイベントでは、大人はみんな野球の審判と同じ。いったん始まれば、石ころ扱いだ。参加者に干渉できない。たとえ内心ではどんなにドン引きしていても。
さて、私もお仕事に専念しましょう。スクロールタイプの魔道具を広げて、目の前の監視モニターと照らし合わせて確認作業。
分割された戦場の地図が、次々切り替わる。地図上には、合計300弱の光点。つまりは現在の生存者。
騎士は青、魔導師は赤、非戦闘員は白い光で表わされている。
私のスクロールを覗き見た魔術師のチェスター先生が、ぽかんとして呟いた。
「……まさか、ハッキング、したのか……」
あり得ない作戦に、職員室中が一瞬ざわめく。
はい、事前準備で同期させてもらいました。この地図情報は、そこのモニターと同じものもらってます。
任意のモニターを見られるけど、生存者数が多いうちはスクロール一画面じゃめんどくさいから、最初だけ職員室にお邪魔した。ついでに光点の位置と、それが誰であるかの個人特定も、今のうちに職員室モニターで照合して、一致させておく必要がある。
「おかしいわ? 通信機が、使えてないの?」
監視業務に努めていた仕事熱心な事務方のベリンダさんが、怪訝そうに指摘する。
パーティーにとって、通信の魔道具は必需品。作戦の連携にも、二手に分かれた後の合流にも必須で、必ず各自携帯している。
監視モニターでは、連絡が取れずに混乱する生徒たちの姿が、ちらほらと確認できた。
先生たちの視線が、一斉に私に集まる。
はい、通信のジャミングしてます。開始と同時に、敷地中にもれなく設置した妨害装置を作動させました。これで分裂したパーティーは、もう合流は実質不可能です。
でも、これ、ブーメランじゃないかって、思ってるでしょ? 別行動してる私たちだって、連絡取れないじゃないかって。
そこはちゃんと対策してるんだよ。
ポケットから、手のひらサイズの魔道具を取り出す。それに向かってしゃべりかけた。
「あー、テステス。ただいまマイクのテスト中」
私の声が、職員室の拡声器を通して私の耳に届く。それだけじゃない。モニターに映るすべての参加者が、突然の放送にびくりと驚いていた。よし、ティルダ、よくやった。全部の仕事が完璧だ。
職員の目は、またもや信じられないものを見るような目で、私に一斉に注がれた。
はい、校内放送乗っ取らせてもらいました。これで、私から一方通行の指示が出せます。それで充分です。
さて、だいたい把握した。早速仕事にかかろうか。
モニターを見ながら、日本語で指示を出す。
『S、南階段、騎士2、攻撃用意。3、2、1、ゴー』
私の声に完璧に合わせた動きで、通路で気配を消して待機していたソニアが準備開始。ちょうど階段から姿を現した二人の騎士を、完璧なタイミングで風魔法一閃、ターゲットをまとめて屠った。二人とも即、死亡判定! 奇襲で一瞬にして脱落した二人は、事態が把握できずにぽかんとしている。
モニターに起こった出来事と私を、見比べる先生たち。私が何をやっているか理解し、何度目かの驚愕の目を向けてくる。
ふふふふふ。このための暗号として、簡単なユーカの母国語をメンバーに暗記させたのだ!
校内放送を駆け巡る私の指示は、仲間にしか分からない!
情報を制した者が、戦いを制するのだ!!!
よっしゃ、この調子! 次行ってみよ~!!!
『T、2-9、騎士1、狙撃』
ティルダとダニエルは、訓練場として使われる裏山で待機している。私の指示に合わせて、ダニエルが遠距離のターゲットを発見、ティルダが高火力の魔術でヘッドショット一発。死亡判定。
『T、D、2-8に離脱』
すぐに次の指示。地図を将棋盤のように細かく区切って、みんなには把握させている。二人は直ちに、人気のない指定先に避難した。
わはははは、まさに人間将棋だな。ただし指し手は私だけ!
『V、Y――Hが接近。5-6に退避』
声に合わせて、ヴァイオラがユーカを守りながら移動する。二人は、ホールとか格闘場とか、施設が立ち並ぶ区域に潜んでいる。今はまだハンターと戦える状況じゃない。
それより、その先にヴァイオラ一人で倒せる程度のパーティーがいるから、そっちを片付けよう。
『V、5-6、並木裏、騎士1、魔導士1、戦外1、殲滅』
ヴァイオラの圧倒的戦闘力で、3人が一気に死亡判定。
それから、今までのパターンで、ナンバーカードが隠されてそうな場所にもアタリを付ける。
『D、2-7、井戸確認』
指示を受けたダニエルが、素早く古井戸の桶に隠されたナンバーカードを手に入れた。
大預言者の力を使わなくたって、事前の準備と作戦次第でやりようはあるのだ!
しばらくはこれで、サクサクと片付けるぞ!!
この調子で、順調に数を減らしていく。現在撃破数ぶっちぎりだ!!
おっと、アーネストの動きがやばい。初期の段階で私の居場所には気付いていたようだけど、万難を排して、とうとうこっち方面に動き出した。ちょうどいい、そろそろ時間だし、移動するか。
このイベントのルールの一つに、30分ごとの場所移動がある。そうしないと、最初から最後まで巣穴に閉じ籠る奴が出てくるからね。移動を告げる短い鐘が鳴ったら、戦闘中以外は全員場所替え。しなければ即時失格。
最初の30分で、大体3割が脱落した。雑魚パーティーはすでに淘汰されてる。
『S、Gに合流。窓、中庭、職員室窓へ』
指示を出しながら、席を立ち、3階の職員室の窓を開く。
ソニアは、すぐに人のいない安全ルートを指示通りにたどり、開けた職員室の窓に飛び込んできた。
「グラディス! 面白いくらい敵を倒せるわ! 他のみんなはどう?」
ソニアが笑顔で、駆け寄ってきた。
「全員順調よ。丁度いい頃合いだわ。次は、アレを潰すわよ」
モニターの中央に映っていたのは、ガイ・ハンター。周囲が息を呑む。
さあ、番狂わせを見せてやろう。