ダニエル・ハンター(上級生・パーティーメンバー)
最近、仲間に言えない秘密がある。
秘密というより、自分でも自分の気持ちがよく分からねえ。でも、なんかスゲーモヤモヤするんだ。
一族の子供は、親が漁に出てる間は、まとめて育てられる。うちのナワバリは美味い魔物が多い。ハンター領は、海の幸に恵まれて、豊かでおおらか。一緒に育つ幼馴染みの血族は、横の結びつきが特に強くなる。
そうやって大人になったら、子供を預けて自分が魔物を狩りに海へ出る。それが代々続いてきたハンター家の営み。
あたしは今年3年。来年ガイと一緒に卒業したら、ハンター領に戻って、親たちの仕事に参加することが当然のように決められている。疑うこともない当たり前の流れだ。
でも、あたしは疑いを持っちまった。ハンターとして当たり前の将来が、思い描けねえ。みんな早く卒業して、大人たちと稼業に専念する日を楽しみにしてるのに、なんであたしだけ違うんだ。
なんでなんだ? 分からねえ。
おかしいと気付いたのは、去年一番の妹分のジェイドが入学してきてからかも知れねえ。
あたしは学園に入って、世の中にゃいろんなやり方があるって知った。それまでハンター家しか知らなかったから、考えたこともなかった。
初めてイングラムやアヴァロンの奴らに会ったけど、うちとは全然違うのに、スゲー強い。集団戦なら負けねえけど、多分タイマンじゃ敵わねえ。
特にアヴァロン家の鍛錬方法をルーファス先生に聞いた時には、ド肝を抜かれた。
うちみたいな、とにかくたくさん食って、戦いの数をこなして、経験を積み上げろって根性論じゃねえ。
食いもんの内容、いくつもある短時間の反復訓練、最低休息時間とか、とにかく細かい。うちの大雑把さと全然違った。
ガイは興味も持たないし、ルーファス先生のことも気に入らなかったみたいだから、あたしはこっそり、そのやり方を教わりに行ってた。
ルーファス先生は、尊敬する先生に教わった訓練メニューだと言ってた。勉強嫌いの馬鹿なあたしが、そのやり方は面白くてどんどん吸収していった。
下の連中の指導の時に、バレない程度に少しずつ新しい訓練法を試してみたら、目に見えて伸びてくのが分かった。
自分が強くなるより、そっちの方が面白れえ。
兄貴分のガイと同い年のあたしも、ガキの頃から下の面倒を見る側だ。そのことに不満はねえし、あたしには向いてる。
そうだ。あたしは、魔物を相手にするより、人間を相手にする方が好きなんだ。仲間たちほど、強くなることにも戦うことにも執着できねえ。
だから、一年先に行ってた貯金ももうねえ。すぐにジェイドにも抜かれるだろう。それが悔しくねえんだから、あたしはハンターの外れ者だ。
残りはあと一年……こんな気持ちのままで、故郷に戻りたくはねえ。だけど、どうしたらいいか分からねえ。
そんな時に、青天のヘキレキってやつだ。
あたしのデコピン一つでぶっ倒せそうなひ弱なお嬢ちゃんが、あたしをハンターから引き離しやがった。
なんであたしなんだ?
焦ったし、スゲえムカついた。……でも、確かにほっともしていたんだ。
それが余計に腹が立って、飯を食ってからすぐ殴り込みに行った。
騎士でもねえ相手をぶん殴るわけにはいかねえから、いじめてやる。泣かせてやらなきゃ気が済まねえ。お高く止まった公爵家のお嬢ちゃんを、人前で辱めてやらあ!
あのエロいスタイルにはマジで興味もあるしな! ティルダ・イングラムの肉感ダイナマイトバディとは、また別の趣があるんだよ。折れそうなくらい細っこいのに、出るとこはきっちり出てて、あのおっぱいホントに触ってみてえ! 異世界人も同意してくれてる。
グラディス・ラングレーは、事も無げに笑ってOKを出しやがった。なんか、思ってた反応と違う。
いや、だが退くわけにはいかねえ。こうなったらしっかり堪能させてもらおうじゃねえか!
感触を楽しめるように上着を剥いて、豊満な胸の谷間に顔から飛び込んでやった。両手でワキワキとしてやる。
おお、やわらけえ! すげーボリュームだ! どうだ、羨ましいだろう!? ガイたちに全力で自慢してやるぜ!
ちらっと周りを見ると、男どもは絶句か赤面、ヴァイオラは苦笑で、他の野次馬も大体そんな感じか。
異世界人だけキャーキャー喜んでる。あいつ、おもしれえな。
で、肝心のグラディスは、平然としている。恥じらいとか全然ねえ! なんだよ、このどっしり感。まともに戦場に出たこともないくせに、心臓にごっそり毛が生えてやがる。
こんなにか細いのに、故郷の母ちゃんみたいに揺るぎねえ。ホントに2コも年下かよ!?
おっぱいから手を離して、腰に手を回した。なんだよ、この細さ!? ちょっと力を入れただけで、本当に折れそうじゃねえか!
――なのに、やっぱり母ちゃんみたいだ。昔、母ちゃんの胸に顔を埋めて抱きついたのと似た気分になる。
なんか、全部分かっていて、受け入れられてるみたいな……。
「……なあ、お前、なんであたしを選んだんだ? ジェイドでなく……。お前は、分かってんじゃねえのか?」
ジェイドの方が、強くなることを。
抱き付きながら、つい訊いちまった。すげえ、モヤモヤする。なんで、弱いほうのあたしを選んだ? 戦闘で、勝つことにこだわれねえあたしを……。
すぐ頭の上で、笑う気配がした。
「あなたが、あの場所を飛び出したがっていたから」
「!!?」
思わず、顔を上げた。グラディスが、柔らかく笑ってあたしを見下ろしている。
「な、なんで……?」
「私の友人に、ロン・ハンターというのがいるの」
「知ってるよ! ソルの親父で、あたしのオジキだ」
「彼と、同じ目をしていたわよ?」
言葉が、出なかった。
ロンのオジキは、家業を捨てるために大将と大乱闘した人だ。
グラディスは、あたしを優しく抱きしめ返してくる。
「巣立つハンターも、たまにはいるのよ? それは恥じゃない。ただ、自分の一番を選択するだけ。仲間から少し離れて、一年間よく考えればいいわ」
「……何だよ、それ……」
なんで、あたしの一番欲しい言葉が分かるんだよ。――なんで、あたしよりあたしを分かってんだよ。
「ハンターは、自由奔放なようで、誰より一族に縛られている。でも、あなたの仲間たちは、あなたが思ってるより偏狭じゃない。ロンという前例もいるしね。――あなたを、素直に差し出してくれたでしょ?」
「……え?」
「ダニエルが本気で嫌がっていたなら、彼らは全力で拒否したはずよ? たとえどんなにヒュー・ハンターの機嫌を損ねたってね」
「――あいつら……」
言葉が続かねえ。またグラディスの胸に顔を押し付けた。ダメだ、しばらく顔を上げられねえ。ハンターのあたしが、人前で泣くわけにはいかねえからな。
グラディスがあたしの背中を撫でてくれてる。
ホントにどうなってんだ、お前。マジで年下かよ? なんでそんなに大きいんだよ。やっぱ母ちゃんじゃねえか。
でも、いいなあ。すごく自由になった気分だ。
きっとお前が、誰より自由なんだな。公爵家に生まれたのに、戦いもしねえで堂々と好き勝手やってるやつだもんな。
いいよ、もう肚は決まった。
――この一年は、本気でお前の槍になってやろうじゃないか。自由気ままに、ハンターどもを蹴散らしてやるぜ!