ペナルティ
「ペナルティ? なんだそれ?」
私の言葉に、ガイは首を捻ってから、緊急親族会議を始める。
「知ってるか?」
「どうだっけ? ガイの代になってから、失敗初めてだもんな。アーネストにだって、初戦は不意を突いて勝てたし」
「まさか負けると思わねえもんなあ」
「あたし、ダンのオジキから聞いたことあるぞ。たしか負けた相手の願いを一つ叶えるとかじゃなかったか?」
「ああ、そういや、俺も親父から聞いた! 大将も昔、そのペナルティで言うこと聞かされたらしいぜ」
「マジか!? なんだよ、親父も負けてんじゃねーか!」
「いや、でも、相手トリスタン・ラングレーだから」
「ああ、じゃあしょうがねえな。ありゃあ、別枠だろ」
「ってか、親子でラングレー父娘に負けてんじゃねーよ!」
「うるせー! ボコるぞ! で、親父はどんな願いを叶えさせられたんだ?」
「確か、当時いたスゲーおっかねー教師退治に協力させられたって話だぜ」
7人で輪になっての話し合いに聞き耳を立てる。
そのスゲーおっかねー教師とは私のことかね? しかも退治はされてないからね? 楽しく遊んであげただけだから。
「そろそろ話はまとまったかしら?」
いつまでも終わりそうにないから、途中で口を挟む。
急かされて会話を中断したガイが、ずいと進み出た。
「おう、話は分かった。ハンター家の掟は絶対だ。なんでも一つ願いを聞いてやろう」
私はにっこりと笑って、取り巻きの一人を指差した。ハンターカラーがよく似合う、少し小柄で口の悪い女の子を。
「じゃあ、その子ちょうだい」
「「「「「「「はあっ!!!?」」」」」」」
7人の声が、期せずして重なった。
「だから、私のパーティーに、その子をちょうだい。なんでも一つ叶えてくれるんでしょう?」
「おい、それは」
「あら、ハンターの掟は絶対じゃなかったの?」
「うっ……」
「これはいいけど、これはダメというのであれば、『なんでも』は言いすぎねえ? 僕のできることだけしてあげまちゅよ~くらいに掟を作り替えたほうがいいのではないかしらあ? 今度お父様に会ったら、ヒュー・ハンター公爵の跡継ぎのヘタレぶりをお話してあげないと」
圧力的な笑みを深めて、ほほほと笑う。ガイの顔色が、さあっと青くなる。
「おい、待て……トリスタン・ラングレーの口からそんな話が親父の耳に入ったら……っ!」
「楽しいことになりそうねえ?」
彼らは友人であると同時に、永遠のライバルでもある。トリスタンは無頓着だけど、ヒューの対抗心は未だ一方的に燃え盛っている。特に負け続けてきただけに、息子が負けた上に掟まで守らなかったなんて不甲斐ない話を、当のライバルから聞かせられるなんて、相当な屈辱だろう。しかも負けた相手が、その娘とか!
確実に展開されるだろう地獄絵図に、ハンター家御一行様が一斉に蒼ざめた。
そして、残りの6人の視線が、一人に注がれる。
「えっ、嘘だろっ、ちょっと待てよ!?」
ご指名の女の子は、不穏な空気にあわあわとする。
「ダニエル、チームが分かれても、お前は大事な従姉妹だぞ」
「そっちに行ってもハンター魂を忘れるな。オジキたちにはちゃんと言っておくから」
「あたしらは一蓮托生だ。あんたの犠牲は無駄にはしないよ」
実に切り替えが早い。一族の皆さんは、口々に別れを惜しみだして、犠牲者ダニエルを見送る態勢に入った。
「お前らあっ、あたし一人に尻拭いさせる気かあ!?」
焦りと怒りで地団太を踏むダニエルの肩を、私はポンと叩いて、優しく語りかけた。
「ダニエルね? これからよろしく。あなたを裏切った彼らを、地獄に叩き落としてあげましょうね?」
「――ちくしょう、くそったれ! こうなったらやったらああああっ!!! てめーら覚えてろよ!?」
ダニエルが自棄になって叫んだ。
傍でユーカがわあああ、とすごいチアリーダースマイルで拍手してくれた。今にも踊りだしそうだ。
よし、殺る気に溢れた掘り出し物一人ゲット!!
一段落したところで、立て続けに次の嵐がやってくる予感。
ちょうどいい。サクサクと次いってみよ~!!
「ちょっと、あなたたち、何をやっているの!?」
「待て! よく見ろ、終わったとこだから! 構うなって!」
ずんずん飛び込んでくるティルダと、なんとかそれを阻もうとしているアーネストが、目の前に現れた。
どうやら、さっきからずっと静観してた兄が、後から通りかかるなり、状況もつかめないまま考えなしで騒動に乱入しようとする妹を、必死で止めている図式らしい。
さすがにクエンティンの息子。アーネストは、今深入りしたらまずいと、空気を読んでいる。でも、ティルダの猪突猛進は止められなかった。
「何だよ、おめえらには関係ないだろ」
ライバルの登場に、ガイが鬱陶しそうな顔をする。部外者扱いされたティルダが、ムッとして言い返す。
「関係はあるわ! 私の従姉妹に何をしているの!?」
「従姉妹?」
一同がきょとんとして、私に視線を向ける。
「ええ、ティルダとアーネストはイトコよ? 私の母は、クエンティン・イングラムの妹だから」
「マジかよ!!」
私としては当然なんだけど、皆さん思った以上に驚いていた。そうか、私が生まれた時にすぐ死んだ前妻の情報なんて、今の子供世代は知らないか。イングラム家とはほとんど親戚付き合いしてなかったし。
実は私はスーパーサラブレッドなのだよ、ははははは!!
ツンデレティルダちゃんは、私がハンター一味に絡まれてると思って飛んできたらしい。自分以外の人間に私がいじめられるのは、気に入らないんだよね。私が誘拐事件から無事助け出された後には、随分熱烈にツンデレな内容の手紙をもらったもんだ。
では、早速次の作戦に取りかかろう。