学園入学・2
バルフォア学園入学式の朝。制服に身を包み、マックスと二人、馬車で学園へ登校した。
馬車から降りて正門をくぐると、懐かしさが込み上げてくる。半世紀前と、同じ空気。
あの時は一人だった。今は、弟も友達もいる。新しく始まる学園生活に、すごくワクワクしてくる。
「キアラン! ノア!」
入学式会場のホールで、二人の姿を見かけて歩み寄った。
全員同じ制服を着てるのに、私の傍の男子三人だけ、全然違う。なんかアイドルユニットみたいだ。沈着冷静なカリスマと、甘い綺麗どころと、精悍なスポーツマンと、それぞれお好みをどうぞって感じだ。
護衛もなく貴族らしい装いもなくとも、周りから自然と注目されてるのがよく分かる。
「みんな、制服がすごく似合ってるね。かっこいいいよ」
「グラディスも、完全に自分のものとして着こなしてるよね。みんなと同じ制服とは思えない」
ノアが、さらっと感想を言うけど、微妙に褒めてない気がする。
「マックスの感想が、一言『エロい』だったんだけど」
「あ、はっきり言っちゃったんだ」
「レオノール賞の授賞式のドレスよりはずっといいから、気にするな」
ノアはあっけらかんと答え、キアランは一応は褒めたつもりらしい。別に気にしてはいないけど。だって制服なんだから、どう見えるかは不可抗力でしょ!?
「グラディス!!」
遠巻きに見られてる私たちに、弾んだ声で近付く女子がいた。
「ユーカ!」
相変わらず元気いっぱいな感じだ。
お互いの姿を確認し、当然のようにハグ。ああ、このノリ。やっぱいいわ~。
「グラディス、制服がすごく色っぽくていいですね!」
ユーカがニコニコと褒めてくれる。これだよ、コレ! 私が欲しかったのは!
「ユーカも可愛いよ。さすがに違和感なく似合ってるね」
「『高校』の制服もブレザーでしたから!」
お上品なお貴族空間の中で、突然女子高生ノリを展開してみる。これはこれで非常に楽しい。
ちょっと呆気に取られるキアランたちに、早速紹介した。
「会うの初めてだよね。こっちから、キアラン、ノア。マックスとは前に会ったよね」
「はい! あ、マックス君、ユーカです。この前は助けていただいてありがとうございました。あの時はお礼を言い忘れていてごめんなさい。キアラン君もノア君も、よろしくお願いします!」
「お、おう……」
「ああ、よろしく頼む」
「よろしくね」
三人ともユーカの勢いに気圧され気味で、手短に応じた。まあ物珍しいだろうな。この国の坊ちゃんたちにこのノリは。基本体育会系な子だから、すぐ慣れるだろうけど。
でもこれ、確実にキアランが王子だと気付いてない。ノアとマックスが結構な身分だとも。どうせ学園では全員対等だから、気にすることもないんだけど、『普通の日本の女子高生が、いつそれに気付くのか』のリアルモニタリングにはちょっと興味がある。面白そうだな。
「他に知り合いいないでしょ。まずは入学式だから、クラス分けまで一緒にいなよ」
「はい、ありがとうございます」
「ユーカは私の友達だから、仲良くしてね」
よっしゃ、早速同級生の女子友達ゲット! いつも周りが男子ばっかりで、なんとかしなきゃとは思ってたんだよな。ソニアもティルダも1学年上だし。
ユーカを引き入れて、説明会の時と同じく最前列の席に座った。この学園では消極的なだけで侮られる。もともと目立つ私たちは、特に意識してガンガン目立ち倒してやらないといけない。
新入生たちが集まり、時間になると、壇上に校長が現れた。
あっ、ファーガスだ! 私の教え子であり、後輩教師でもある。いつまでもペーペーな感じだったのに、すっかりなかなかの貫録じゃないか!
ファーガス校長は中央に立つと、拡声の魔法で新入生への挨拶を始めた。
「校長のファーガス・コールマンです。まずは入学おめでとうと言いたいところですが、おめでたいかどうかは、君たち次第になります。すでに君たちは全員成人ですから、今までのような家での甘えは、この学園では一切通用しないと思ってください」
温かみも人間性も感じさせない爬虫類じみた冷淡さで、新入生をぐるりと見回し、いきなりガツンとぶちかます。
おお、そのキャラで行くのか。内心ヒヤヒヤものだな。頑張れファーガス! ひよっこどもに立派な冷血ぶりを見せつけてやれ!
「この学園で学ぶ唯一の真理――それは、『強者が正義』。ただ、これだけです。それは武力とは限らない。腕力であり、魔力であり、知力であり、経済力であり、情報収集能力であり、交渉力であり――他者を制圧するあらゆる手段こそが、この学園の求める強さです。是非この学園の三年間で、自分に合った強さを見つけ、磨き上げてください。学園は、学生たちに高い自治を望みます。ルールは厳格ですが、職員は学生たちの関わりにいちいち干渉はしません。君たちが弱者として、踏みにじられないことを願います」
つまりは全部自己責任だよと。弱いと大変な目に遭うよと。学生たちに自覚と覚悟を促している。ブートキャンプ方式はより効率的に改めても、学園の厳しさ自体は変わってない。全ては自分の実力と才覚しだいだ。
周りの反応を見ると、望むところだってやつは、1割もいないな。もうここからスタートしてるんだけど。
ファーガスは、まだ覚悟の曖昧だった新入生たちに、拭い去れない恐怖を叩き込み、言うだけ言って壇上を去っていった。
よく頑張ったぞ、ファーガス! 見事、立派な冷徹校長を演じあげた!
元教え子にして同僚の立派な成長ぶりを、心の中では拍手喝采で見送った。
「何だか、怖そうな先生です」
ユーカは、日本式とのあまりの違いに、不安そうな顔をした。
「ここの教師は、大体あんな感じだよ。元の基準と比べないほうがいいね。まあ、すぐ慣れるよ。『鬼コーチ』みたいなもんだからね」
「ああ、なるほど。それなら慣れてます」
お気楽な答えに、ユーカは素直に納得した。
あえてそう見せないだけで、基本的にみんな教育熱心ないい先生たちばかりだからね。
きっと「つかみはOK!」と、ファーガスが舞台袖で胸を撫で下ろしてるだろうことは、言っちゃいけない。ここの教師は一人残らず鬼軍曹、鬼教官がお約束の伝統だからね。
式が終わってホールを出ると、入り口の掲示板にクラス名簿が張り出されていた。
目を通して、思わず苦笑いする。
私のクラスメート。特に目に付いたのが、キアラン、ノア、マックス、ユーカ、そしてヴァイオラ・オルホフ。担当教諭が、あのライナス・デリンジャー。
「やりました! みんな一緒のクラスです!!」
無邪気に喜ぶユーカと、素直に抱きしめ合いながら、その意図を計る。
厄介そうな連中をひとまとめにして、百戦錬磨のライナス・デリンジャーに一手に抑え込ませる。露骨にそんな思惑が透けて見えるクラス割だ。
よく考えたら、学校側も大恐慌だったろうな、と今更気が付く。私がいた30年の間でも、次期公爵と次期国王が揃ったことなんて一度もなかった。多分学園600年の歴史上初めてのはず。
この先どんな波乱が起こるのか――それを考えると、なんだか楽しくなってきた。