ファーガス・コールマン(教え子・同僚・校長)
バルフォア学園の校長として初めて臨む入学式。その日が、とうとう明日へと迫った。
ああ、永遠に来なければよかったのに。嘆息が止まらない。
長い学園の歴史の中で、前代未聞の事態が起こる。
それは、五大公爵家の跡継ぎ、そして更には次期国王となる王子、全員の在校。
3年には、ヒュー・ハンター公爵の長男、ガイ・ハンター。典型的なハンターのボスだ。在学中の一族を率いて、一大勢力を築き、戦闘教官にだって引けはとらない。
同じく3年に、クエンティン・イングラム公爵の長男、アーネスト・イングラム。父親に似た冷静な穏健派だが、決して気が弱いわけじゃない。勝負事に関しては絶対の負けん気で、ハンター一派と一歩も退かずに渡り合う。おまけに去年、妹のティルダ・イングラムの加入で、衝突は激化する一方だ。
同じく去年から、戦闘教官にジェローム・アヴァロン公爵の長男、ルーファス・アヴァロンが入って、より複雑になった。階級的には同列なのに、教師と生徒という立場の違いが、特にガイの反発心を呼び起こす。ルーファス先生も生真面目過ぎて依怙地な面があるから、生徒の行き過ぎた無礼は決して看過することができず、無用な軋轢が生じてしまう。
いっそ完全に対等な学生同士の方が良かったのかもしれない。
そして明日、残りの三人が入学する。
ロクサンナ・オルホフ公爵の姪、ヴァイオラ・オルホフ。
トリスタン・ラングレー公爵の甥で養子、マクシミリアン・ラングレー。
エリアス・グレンヴィル国王の世継ぎ、キアラン・グレンヴィル。
想定外のこの状況に、一体この先何が起こるのか、キリキリと胃が痛む。
王家の血統は、戦闘よりもむしろ統率、調停者としての能力に優れる。キアラン王子も、幼い頃から冷静で堅実、人柄も温和で気配りもでき、人と空気を読む才にも長けている。その能力は疑いがないところだ。
ただ、アレクシス王妃の血も引き、武闘派の面もある。すでに騎士になったというから、相当なものだ。
なまじ戦えるだけに、他の次期公爵たちとの関わり方が、前例のないものになるのではないか。学生たちの立場は、みな対等。ただでさえ王家と公爵家に、形式以外での上下などほとんどない。王子だからと、遠慮する者など、5人の中には一人もいないだろう。
あまり取り返しがつかなくなるような問題を起こしてくれるなと、ただ願うしかない。
強力な家系ほど、強さや能力と同様、性質も受け継ぐ傾向が顕著だ。大体の親の性質を鑑みても、一人残らず負けず嫌いで我が強い。そうでなければこの国で公爵など務まらない。
大人になればそれぞれうまくやるようになるのに、学生のうちだと抑えが効かず、激しく対立することが、学園の歴史上証明されている。
かつて一度だけ、3人の跡継ぎが同時に在学した1年間があった。一世代前、現公爵のヒュー、クエンティン、トリスタンだ。
あの時はザカライア先生がいた。私の恩師であり、先輩教師であり、何より国家の最重要人物である、大預言者。
ザカライア先生の介入で、あの3人は対立するどころか、常に協力関係を保っていた。これは奇跡的なことだ。
傍からだとまるで、ザカライアという強大な悪に立ち向かうため、バラバラの騎士たちが一致団結して戦う物語を見ているようだった。
今でも三人は親しい友人同士らしい。
あの戦闘力も個性も強すぎる連中が揃っていた中で、先生がいなかったら一体どうなっていたのか、想像するだけでも肝が冷える。
そして学園史上初めて、5人の次期公爵と、世継ぎの王子が揃うという状況を前に、ザカライア先生はもういない。
更なる空前絶後の事態は、異世界からの召喚者、フジー・ユーカの入学だ。
国家に寄与し得る稀有な能力が確認され、預言者に準ずる扱いでの受け入れが決まっている。異世界人の扱いに一切の経験がない上、謎の勢力に狙われた経緯もあり、その安全に神経を尖らす必要がある。
その上、マクシミリアンの義姉、グラディス・ラングレーという問題児も、無視できない脅威だ。彼女に何かあった場合、ラングレー一族が一斉に牙を剥いて襲い掛かってくることが容易に予想できる。
しかもグラディス本人も、相当扱いづらいタイプらしい。一筋縄ではいかない、奔放で唯我独尊、制御困難な性格。それ以上に特筆すべきなのが、史上最年少でレオノール賞を受賞した経済界の革命児である点。
経済のディンズデール先生など、そんな天才に何を教えればいいのかと戦々恐々としていた。
頭を抱える気持ちは、痛いほど分かる。
私もかつて、ジュリアス・ラングレーの担任を受け持った時に、同じ苦難を味わった。教壇に立つたびに、いつ間違いを指摘されるかとヒヤヒヤしたものだ。
前任のフランクリン校長は、健康上の理由で急な退官となった。
絶対嘘だ。逃げたに決まっている!
私より年長のバロウズ先生は家庭の事情を、マクラウド先生は持病の神経痛を理由に、校長の就任を断った。結局三番手の私にお鉢が回ってきた。
みんなして校長の重責を私に押し付けて、酷いじゃないですか!
ああ、私の胃痛は、断る理由にはならないのか。
この学園の特色として、教師は強者であらねばならない。指導者は、ただ知識や技術を教えるだけの存在ではない。決して学生に弱気を見せてはいけない。怯めば、曲者だらけの生徒たちには瞬時にナメられるのだ。
その意味で、ザカライア先生ほど理想的な教師はいなかった。何者が相手でも、常に不敵で自信と余裕を持ち、学園最強であり続けた。
あの強さの、ひとかけらでも欲しいところだ。
私もひとたび学生たちの前に立てば、不安を押し隠して冷徹な教育者になるだろう。
それでも、憂慮は尽きない。トラブルの種がそこら中にバラ撒かれているようだ。
どうか定年を、心穏やかに迎えさせてほしいと、切に願うばかりだ。




