入学前夜
レオノール賞授賞式の翌日の新聞は、目論見通り多くの新聞で私の記事が躍った。
特に既製服がメインの『インパクト』と『ティエン・シー』の宣伝効果は絶大だった。
事前に量産体制を整えて準備した在庫も、1ヶ月も持たずにはけて、現在生産が追い付かない状態が続いている。
『マダム・サロメ』のほうでも、デザインの幅がかなり広がった。華やかで女性らしいのだけでなく、クールでシャープなタイプの人気が高まっている。まさに私がファッションリーダー状態。
私が着た軍服ドレスの注文まで複数来ちゃったくらいだ。あれはある意味お祭り用のコスプレであって、ブランドイメージには合わないから、残念ながらお断りさせてもらったけど。『インパクト』と共同の企画ものの体を取ってて正解だった。あとで『インパクト』の方で作ってみてもいいかもしれない。
おかげで入学準備は片手間状態で、とにかく仕事に忙しい日々を送っていた。
私として誤算というか、大いに不満だったのは、新聞で『氷の女王様』のイメージが定着させられちゃったことだ。
女王様!? もっかい言う、女王様!??
それは何か違くない!? なんか鞭とか持ってそうなニュアンスなんだけど!? もうすぐ16歳の女の子捕まえて、女王様って……!? そもそもこの国、影が薄いとはいえ一応王制なのに、どうなんだよ、それ!?
授賞式の時は、一発かますつもりでクール系に行っただけで、私は可愛いのだって好きなんだ。次は絶対可憐系で攻めてやる。今現在、可愛い系がそろそろ似合わなくなってくるラインギリギリな外見になってきてるんだよなあ。あんまり時間的猶予がないぞ。
といいつつ、今私が着ている服は、バルフォア学園の制服。
自分の部屋で、姿見を前に最終チェックだ。
ユーカも言ってた通り、日本の高校生風のブレザータイプの制服。私が学生の頃は修道女みたいなやぼったいワンピースだったから、教師時代に大々的にモデルチェンジしてやった。
紺のブレザーにグレーのボックススカートのオーソドックスなやつ。ああ、青春って感じだわ~。
男子も同じ色のズボンだけと、戦闘系の女子も多いから、女子はどちらでも選択可になってる。ソニアなんかはズボン派で、とっても新鮮だ。そしてスカートは年々短くなって行ってる。
私は制服はスタンダード派だから、ほとんど改造なし。ダーツを多めにとって、細めのラインにしてるくらいかな。みんな同じというのが制服の醍醐味だもんね。中にはかなり大胆な改造をしてる子もいるけど、色形が大体同じなら黙認されてる。
高校時代はセーラー服だったから、ブレザーに憧れがあったんだよな。まさか自分が着ることになるとは思わなかった。権力あるうちに変えとくもんだよな。わはははは。
明日はとうとう入学式。
バルフォア学園に入学する日がやってきた。記憶が戻ってから、もう丸5年になる。早いような長かったような。とにかくいろいろあった。
校長は、ザカライア時代、8歳下の同僚だったフランクリンのはずなのに、健康上の理由で定年を待たずに慌ただしく退職していた。
新校長は13歳下のファーガス・コールマンに決まったらしい。あいつ、堅実できめ細かい気配りは凄いけど、押しの弱いとこあったから、ちょっと心配だな。
バルフォア学園に入ってくる生徒は、若くとも一癖も二癖もある奴が多いからなあ。もう50過ぎだろうし、ちゃんと学園の長らしく、立派に成長してるかな?
教員職員その他の現在のラインナップ調べてみたら、大体4割がザカライア時代の関係者だった。15~6年じゃ、半分ちょっとしか入れ替わりがなかった。ほぼ私立校みたいな感じで、スタッフの入れ替わりが頻繁じゃないんだよな。私自身30年も居座ったもん。
学生で私とザカライアを結び付ける奴はまずいないけど、大人は要注意。警戒が必要なのは、通常なら、学園で受け持ってた30歳以上。それ以下の年齢なら、バレる心配はない。ジュリアス叔父様なんかは入学前で、ザカライアとの個人的接触はなかったもんな。
例外的に最年少では、特別授業で出会ったルーファスとかトロイもいるけど。
まあ変にキャラを作るのも窮屈だし、普通に事務的な感じで接すればいいよな。先生相手ならそれでちょうどいい。
「グラディス、飯だって」
マックスがノックして部屋に入ってきた。すでに1ヶ月前から、うちに引っ越してきている。これから3年間は同居になる。
「何だよ、また制服試着してたのか?」
「明日の朝になってから不備見つけたら困るでしょ?」
くるっと回って見せる。
「どう?」
「……ちょっとブレザー脱いでみろ」
マックスは答えずに別の要望を出す。疑問に思いつつも言われた通りにすると、長い溜息をつかれた。
おい、なんだその眉間のしわは!
「ちょっと、大分失礼な反応なんだけど!?」
「……エロい……」
「は?」
「――エロいっ!! なんで制服でそんなエロいんだよ!?」
「へっ!?」
マックスの予想外の逆切れに、思わず訊き返す。
何だって!? エロいですと!!?
「それは私的には誉め言葉だよ!? ぜひ具体的に!?」
全人生通して初の評価に、テンションが一気に上がる。マックスはますます苦々しい顔。
「ブレザー着てたら胸が強調されるし、ブラウスになったら腰の細さに目が行くし、どうしようもねえよ。もう制服やめろよ。みんな同じ格好してるだけに余計目立つぞ」
投げやりとも本気ともつかない口調。思わず笑いが込み上がる。
「ふふふ。それは望むところだね」
「言うと思った。心配で目が離せねえんだけど」
ぼやくマックスを、まじめに見返す。
「それはダメ。学園は自分を磨くところだよ。必要な時は頼るから、それ以外は自分のことに専念して。それができないなら、学園内ではマックスと話さない」
「――分かってるよ」
前から私に再三言われてることだから、マックスも渋々頷く。私が成長の可能性を縛り付けるわけにはいかない。そもそもこの私が、10代の小僧どもなんかに、どんな面でも不覚を取るわけないじゃないか。
思わず、わざと論点をずらしてからかってしまう。
「大丈夫だよ。学園は貴族の跡継ぎだらけだから、王城並みの結界が張ってあるんだよ。我が家より安全なくらいだから」
「――だから、そういう意味じゃねえよ」
「はいはい、ちょっと待っててね」
憮然とするマックスを、笑いながら部屋から追い出す。手早く着替えて、一緒に食堂に行った。
ふふふ。マックスが心配するような甘酸っぱい学園生活、できるといいんだけどね。きっと私には難しいかなあ。
でも、久し振りの古巣。心配より、楽しみが大きい。
青春を、目いっぱい味わえるといいな。これでもティーンエイジャーの女の子だからね。