表舞台
「お前、本当にそのドレスで行くのか?」
レオノール賞授賞式の当日、マックスが恒例の確認をしてきた。やっぱり気に入らないらしい。もう馬車から降りて、会場の控室に向かうとこなのに、往生際の悪い奴だ。
「もちろん! 受賞者は3人もいるんだよ。今日は私が一番目立つからね!」
私は自信満々で宣言して、見送りのマックスと別れた。
今日のために仕立てたドレス。これで話題をさらって、大宣伝をかましてやるのだ!
関係者以外立ち入り禁止の控室には、先日の懇親会で親睦を深めたメンバーがすでにいる。
「おう、グラディス。今日はまた、気合が入ってるな」
私の入室に気付くなり、ロン・ハンターが開口一番に指摘した。もちろん私のドレスを見ての感想だ。
「当然でしょう! 商売するなら、目立つ時には、全力で目立つものよ! この日のために、マダム・サロメとインパクトの共同制作の形で作ったの。私の単独ショーにして、明日の新聞、一面を飾ってやるわ!」
「タダでいい宣伝になるな。敏腕経営者だぜ」
すっかりマブダチ感覚で語り合う。控室の人たちも、私の見慣れないデザインのドレスに釘付け。この反応なら、会場でも話題独占で行けるはず!
私の晴れの舞台、一番目立つ衣装は何か――それはもう、頭を悩ませた。
『謎の天才経営者は、15歳の公爵令嬢!』『前代未聞の史上最年少でレオノール賞受賞!』――裏から手を回して、世間で散々煽ってきてるのだ。生半可な姿では出られない。
こうなったらド派手な宣伝広告をしてやると調子に乗り過ぎて、正直自分の首を絞めてしまった気がする。
私の場合、普段から目新しい最新のドレスで目立ってるイメージ持たれてるから、ちょっとやそっとじゃそのハードルは越えられない。
そこで悩み倒した末、ついにあのジャンルに手を出すことにした。多大な憧れはありつつも、着どころの想定ができないまま、ずっと保留にしてきたあのジャンル。
――そう、それは、ミリタリー!!
っていうか、軍服? あのかっちりした感じの奴!!
全身覆ってて、なんでそんなに色気があるんだ! というやつをやってみたいのだ!!
私とサロメの10年に渡る啓蒙活動の結果、それなりに肌を出すドレスが近年は浸透してきている。
そこであえての逆! 人の逆を突かなきゃ、目立てないからね!
でもただ目立てばいいってものじゃない。やっぱり素敵でなければ、気分がアガらないもん。
この世界にも軍服はある。騎士の正装が、ほぼそれに近い。
そのイメージを下敷きに、形としてはミディ丈のフレアワンピースドレス。私のプラチナブロンドによく映える、漆黒の騎士服。上品な銀の縁取りと刺繍。詰襟で限界まで首を隠し、開いた喉元は薄い水色のスカーフでリボンをのぞかせ、堅さの中にも華やかな女性らしさを演出。同色の手袋で、指先までも隠す。10センチピンヒールのロングブーツで、足も見せない。
その上で、磨きをかけにかけた体のラインを、限界までさらす。すらりと伸びた腕、内臓のありかが心配になるほど細い腰、とうとうFカップに届いてしまった胸、ヒール込みだと8頭身に届くとんでもないバランスの華奢なスタイル。
そして一番のポイントは、顔以外すべてを隠してると見せかけて、歩いた一瞬だけ、前の合わせからちらりとのぞく絶対領域! 黒ずくめなだけに、ショートパンツから伸びる白い太腿が残像に残るという目算だ!
華やかな色合いのご婦人方のなか、ただでさえ黒というだけですでにバカ目立ち。
これで、老若男女の目を釘付けにしてやろうじゃないか。
「どうかしら? こんなにデザインに悩んだのは久し振りで。目立つ自信あるけど、狙ったクールな色気が出てるか、自分では分からなくて。サロメは絶賛してくれたけど、叔父様たちの反応はいまいちなの」
太腿をチラッと見せながら訊いてみる。
「わはははは。お前はあいつらのお姫様だからな。あいつらの反応が悪い時ほど最高と思っとけばいい。なんなら俺の愛人になるか?」
「全力でお断りよ。お父様の同級生の愛人って、何の罰よ」
そもそも私お前の先生だからな!? お前の馬鹿げた学生時代の若気の至りとか、全部覚えてるからな!!
まあ軽口を叩き合ったけど、とりあえず評価は上々らしい。
「そうか、残念だ。じゃあ、プレゼンターはキアラン王子だぞ。あの堅物を悩殺してやれ」
「あら? そうだったの? それは楽しみね」
別に悩殺するつもりはないけど、反応は気になる。お堅いキアランを照れさせたら本物じゃない?
よし、目標はキアランを赤面させることだな!
我ながら馬鹿げた目標を定め、いざ授賞式へと臨んだ。
一人ずつお立ち台よろしく舞台に呼ばれ、功績を讃えられて、正賞を受け取る。私トップバッターだったはずなのに、急遽、トリになった。
理由を聞いたら、ロンに「お前が先に目立ちすぎたら、後の二人が霞んじまうからだろ」と、可笑しそうに言われた。
これはなかなか武勇伝的お墨付きだ。あとでまた宣伝に使おう。
そしてとうとう私の番がくる。
今日のテーマは氷の女将校。徹底して優雅に、クールに振る舞ってやるのだ。
壇上に上がった瞬間、ざわめきが起こる。よし、掴みはOK。階段を上る時、壇上のキアランだけは、私の絶対領域が見えていたのも確認済み。期待した反応は、全くなかった。
賞を受け取る時に、「まったく、お前というやつは……」と、私にだけ聞こえる声で呆れられるのみ。表情一つ変えさせることはできなかった。なんか、ちょっとがっかりだなあ。
さて、この中に死神はいるんだろうか。下がる時に観衆の方を向いて、会場全体を一瞥する。
ノアとソニアを見つけて、ついちょっとだけ微笑んじゃった。おっと、クールビューティー計画にヒビがっ……!
無表情に戻り、階段を降りる。ここで初めて観衆は私の太腿に気付き、更なるざわめきが起こった。
会場の話題をかっさらうことには確実に成功してる。でも、なんか思ったほどいい気分にはならなかった。拍子抜けというか。
キアランを赤面させる目標達成に失敗したせいかな? ――くだらないなあ。負けず嫌いにも程がある。
さて、これで表舞台に立ったぞ。私は前世の知識を使って仕事をする日本人転生者だと、分かる奴にだけ認定された。
ここから、事態は何か動くだろうか。とりあえずトロイにもバレたろうなあ。他に市井に潜んでる転生者とかいたら、接触してくるかもしれない。それはそれで、保護できるからありだ。
守護石と移動用結界で、転送魔法陣での誘拐の可能性はなくなった。普通の襲撃に関しては、私には大体回避可能。守護石の効果で、予言の精度も上がっている。
とりあえず大預言者――というか、執行者? とだけバレないようにすればいいはず。
いろいろと考えながら引き上げた私に、またロンにからかうように話しかけられた。
「よう、王子は悩殺できたか?」
「眉一つ動かせなかったわ。ちょっとお小言もどきをもらっただけ」
なんとなく面白くない気分で答えると、豪快に笑われた。
「わはははは。罪な女だぜ」
――意味が分からない。でも、それ以上追及する気は起きなかった。