顔見世
休暇を目いっぱい楽しんでから王都に戻り、あとは仕事と学園の準備で慌ただしく過ごした。
今日は、2ヶ月後に迫る学園入学前に、王城のユーカの元に遊びに来ている。
王城の庭園で、二人だけの女子会だ。
「グラディス、会いに来てくれて嬉しいです!」
ユーカが、会うなり抱き付いてきた。私もハグをし返す。前と違って生き生きとした笑顔だった。
「もう日常会話は完璧ですよ! 読み書きもバッチリです!」
本当に言葉がすっかり流暢になってる。ただし敬語オンリー。
なんと、体育会系のくせに敬語キャラになっていた!
混乱するから、集中的にとにかくそれだけをまず覚えたそう。他人行儀な感じでちょっと寂しい気もするけど、周りは貴族だらけだし、入門編としては正しい選択か。
周りは完全警護が敷かれ、騎士に囲まれながらのお茶会。ユーカもすっかり慣れたようで、ごく自然に振る舞っている。
「ふふふ。すっかり、預言者並みの扱いだね」
「もう誘拐はいやですから。仕方ないです」
誘拐事件以来、また王城から出られなくなって可哀想だけど、それももう少しの辛抱だ。実用に足る移動式結界が完成した。野球ボールくらいの球体で、めんどくさくはあるけど、持ち歩き可能。
原材料は、メサイア林の湧水。私の霊水はやっぱりすごかった!
すでに完成して、ユーカとトロイ、そして私にも持たされている。ホントはカッサンドラからもらった霊石があるから必要はないんだけど。
ちなみにトロイは、現在それなりの警護を付けられて、王城暮らしを強いられている。ナンパ活動が制限されて、嘆いてるかと思ったら、ちゃんと王城内で間に合わせてるらしい。やっぱりある意味タフだ。犯人に襲われるよりも、女性に刺される確率が激増した気がするけども。逆に危険じゃないか?
ユーカは、その可能性を徹底検証された結果、更に大きな特性が見つかった。
魔物と同質の瘴気が、肉体に自然に馴染んでいるせいか、魔物にまったく敵認定されない。というか、認識されないらしい。透明人間状態とか。
魔物だらけのこの国で、これ、けっこうスゴイ特技だよ。
検証はまだ続いてるから、他にもまだ隠れた特性が出てくるかもしれない。
その分、国にとっても重要度が増している。外出に関しては、今後も預言者レベルの制限はかかるみたい。
入学したら、王城と学園の往復生活になる予定。でも、外に出られるだけで開放感が全然違うのは、私も二周目で経験済みだからね。
「制服、届きました。高校のと同じブレザータイプなんですね。学校に行くのが楽しみです」
ユーカが、心から待ち遠しそうに話す。
年齢は一学年上だけど、私と同じく新入生として入るから、スタートはみんなと一緒。ユーカならすぐに友達もできるだろう。
お互いの近況報告の他、色々なおしゃべりで楽しい時間を過ごし、スケジュールに追われて、ユーカと別れた。
今回は別件の用事がある。せっかく王城に行くのならと、ユーカへの訪問もねじ込んだけど、こっちが本題。
案内されて、執務棟へと向かう。その中の、主に経済関係の実務を扱う区画に入る。一般人の出入りも多く、一気に雑多な雰囲気になる。
正直私には王城全体が庭みたいなもんだ。この辺りは、16年振りになるのかな。大きな部分はほとんど変わってない。
ここの一室で、来月に控えたレオノール賞の授賞式の打ち合わせを兼ねた、関係者との懇親会がある。
叔父様も心配して付き添う提案をしたけど、断った。保護者同伴の受賞者なんて、どう考えたってナメられる。
そもそも二周目では国政の中枢にいた大預言者様だからね。交渉事だって、やらないだけで出来ないわけじゃない。
私の最大の戦闘服である派手に着飾った姿で、会議室に案内された。
長方形に配置された長机の周辺に、すでに20人ほどの関係者がいた。知り合い同士でくつろいで会話していたり、資料に目を通していたり、思い思いに過ごしていた関係者の目が一斉に私に向けられる。
目立つのはどの人生でも望むところだ。不敵に微笑んで、挨拶をする。
「初めまして、グラディス・ラングレーと申します。どうぞよろしく」
ざっと見回した限り、知った顔は一人だけだった。
政治、経済、軍事関係でも、教え子や知人が多いのは、大体地位が上の方。実地での経済とか商売方面は、前世でもあんまり関わり合いがなかった。官僚も実務レベルの下っ端とは面識なかったし、そもそも上位貴族の商売人自体が少ないんだ。この国の貴族の本分は戦闘だから。
あ~あ、向こうも戸惑っちゃってるよ。私のバックが怖いだろうし、公爵令嬢の扱いに困っちゃってる感じだな。私もかなりキツ目のキャラで通ってるし。
実際この中に入ると、場違い感がハンパない。おっさんおばさんの中に、15歳の着飾り倒したクセの強い貴族の美少女。そりゃ、果てしなく浮くって。私も中身だけは、ここの誰より年上なんだけどね。
その中の一人、唯一知っている奴が、ニヤリと笑って私に近付いてきた。
青い髪にペリドットの瞳という、ファンタジーが過ぎるだろ、と言いたくなるカラーリングを持つ唯一の一族。ただし目の前にいるその色の持ち主は、40近いおっさんだ。
「おう、選考委員のロン・ハンターだ。よろしく頼むぜ」
経済関係者とは思えない鍛え上げられた肉体の大男が、握手の手を差し伸べた。
ああ――この先の展開が読めたわ~。
私は内心苦笑いで、その手を掴んだ。
ロン・ハンターは、ヒュー・ハンター公爵の弟。トリスタンの同級生。当然私の教え子。
五大公爵家にも、それぞれ特色があって、ラングレー家なんかは、戦闘と学問それぞれ両極端な天才タイプが、3対1くらいの割合で現れる。残りの6はバランスが取れたタイプ。当代で言うなら、トリスタン、ランスロット、ジュリアス叔父様の三兄弟で見事に3タイプに分かれてる。
ハンター家は、10割戦闘系。99パーの戦う脳筋か、1パーの戦わない脳筋かしかいない。このロンは、その例外中の例外、1の方。戦わないだけで、戦えば当然騎士級という点では、ジュリアス叔父様と同じ。
学生だった頃には、家に逆らって商売人の道に進む手段を探っていた。当時は私も色々と相談に乗り、陰日向に応援したものだ。
最終的には長兄のヒューと殴り合いの大喧嘩をして、故郷を飛び出した。まあ繋がりの強い一族だから、すぐ和解はしたけど、あくまで自分の道を貫いて、商売で成功した男だ。
私が知る限り、唯一馬鹿じゃないハンター。
そのロンは、お約束通りというべきか、私の華奢な手を容赦なく握り潰しにかかってきた。
ああ、やっぱりハンターの一族。早速マウンティングか。熊みたいな大男が、15歳の女の子相手に何やってやがる。馬鹿じゃないのにバカなんだ。
周りの人たちもひりつく空気に、ぎょっとして固まっちゃってるよ。
当然私は予想していた。この一族とは半世紀の付き合いだからね。
微笑んだまま眉一つ動かさずに握り返し、右足でロンの顔面に全力のハイキックを見舞った。フルコンタクトで顔面とかありえないけど、ハンターの男なら猫騙し程度のもんだ。そもそも不自然な態勢からの蹴りで、ろくな威力もない。あっさり、左手で防がれた。
でも、こいつ相手に大切なのは、腕力じゃなくて、あくまでも強気と自信。揺るがない意志。そもそも商売人相手に、戦闘力を求めても意味がない。実力は結果で見せるしかないから、後回し。
要は、とにかく気合。動物と同じで、一瞬でも怯めば格下認定だ。
「余計なお世話だったかしら? 手の離し方を忘れたのかと思って、お手伝いしたのだけれど? あなたのお兄様、去年私のお父様にボコボコにされたそうよ。あなたもお揃いの顔になる?」
「――ああ、今、思い出した」
ロンはクックッと笑いながら手を離した。
「さすがはトリスタンの娘だな。あの工場の仕組み、本当にお前が考えたのか?」
「私としては、一番効率のいい合理的な方法を実行しただけよ。まさかこんなに騒がれるとは思わなかったわ」
「天才の姪は、やっぱり天才か」
「そのようね」
わはははは。
ふふふふふ。
私たちは声を揃えて笑った。周りがドン引いててもかまわない。ムードメーカーのこいつを掴めば、あとは簡単。
浮き気味だった私も、その後すんなりここの空気に受け入れられて、打ち合わせと懇親会はスムーズにいった。
年齢も性別も立場も関係ない。良くも悪くも。
ただ、自分なりの強ささえ示せればいい。おっさんのダチ2号だな。
これだから、ハンターは付き合いやすいんだ。