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転機

「レオノール賞?」


 叔父様の書斎に呼ばれて、唐突な話に思わず聞き返す。


「そう、君にどうかと打診されてるんだけど、どうする?」


 『インパクト』関連の手続きを任せてる叔父様が、訊ねてきた。


 学問の功労者に与えられるハーヴィー賞に対して、レオノール賞は経済の発展に貢献した人に与えられる。

 経済界では国内最大の名誉ある賞で、授賞式はハーヴィー賞並みに盛大に行われる。


 工場制手工業のシステムを発案し、製品の生産能力を飛躍的に向上させた功績が評価されたそうだ。ここ1~2年で、うちと同じやり方を採用する工場がジャンル問わず急速に増えて、社会的にかなりの影響を与えていたらしい。

 いや、発案したの、私じゃないんだけどね。ちょっと後ろめたいぞ。


「君も成人したし、その気があるならそろそろ表舞台に出てもいいと思うけど」


 君に悪意で接した人間がどうなるかは、世間に広く知らしめられたしね、と叔父様は付け加える。もちろん誘拐事件の時のことだ。


「叔父様は、どう思います?」

「ふふ、私に訊くのかい?」


 ちょっと悩む私に、叔父様が面白そうに答える。


「来年度、学園に入学したら、三年後には卒業だよ。その後の君の進路次第だと思うね。本格的に仕事として携わっていくつもりなら、もらって損はない勲章だ。もし事業を拡大するつもりなら、業績は段違いに伸びる。若く美しい公爵令嬢の天才経営者とくれば話題には事欠かないし、君自身が最大の広告塔となることで、今までよりずっと流行も作りやすくなるだろうね」


 今まではデメリットの方が大きかったけど、成人したことで公表した場合のメリットが増えたようだ。しかも超恐ろしい後ろ盾がいることが浸透してるから、怪しい奴が近づいてくる可能性も激減してる。

 確かに単純に仕事の面で考えれば、そうなんだろう。


 ただ、私には別のリスクがある。


 『インパクト』の創始者として、今まで素性を隠していた私が表舞台に立つと、私が日本人転生者だと、分かる人間には分かってしまう。

 そしてきっと、死神は分かる側だ。私を生贄にするために、狙ってくるかもしれない。


「ちょっと、保留にします」

「そうだね。よく考えるといい」


 答えを決められないまま、話を切り上げて部屋を出た。次の予定がある。


 慌ただしくマダム・サロメへと向かった。


「ずいぶん成長しちゃったものねえ~」


 相変わらず年齢不詳のゴージャス美人サロメが、下着姿の私を採寸しながら、体を嘗め回すように眺めて感心した。正体がアラフォーおじさんでも、中身は永遠の乙女だから問題ない。


 今日は学園用の制服を頼みに来た。バルフォア学園には貴族から庶民の奨学生まで、色々な身分がいるから、一口に制服と言っても、質がピンキリになる。

 デザインは決まってるから、それに沿って仕立ては各自でどうぞ、って形。節約したい庶民は、学園に申し込めば、安い既製品や中古が購入できる。


 もちろん私はマダム・サロメでの仕立て。ラングレー家の娘としては一流を使わないと、逆にいろいろと面倒だからね。


「グラディスちゃんの努力の賜物ね。完璧なスタイル。私も作るのが楽しくなっちゃう」


 サロメが絶賛してくれるけど、私は姿見の自分を見て、少し眉根を寄せる。


「そうかな……なんだか、育ちすぎな気がする」


 視線は、自分の豊かなバストに。

 15歳現在、なんとEカップにまで育ってしまった。これ、入学時には確実にFに到達してる。巨乳用ブラジャーを開発していてよかった!


 二つの前世でどっちもAカップだった身としては、大きくなれよ~、と調子に乗り気味で楽しみにしてたものの、とにかくこれはどうなんだろう? 確かに細身の巨乳は、ある意味一つの到達点ではある! でも、これ以上はちょっとマズくないか?


 豊かな実りに感謝どころか文句を付けるのも贅沢な話だけど、あまりバストが成長しすぎると、ドレスのラインを美しく出せない気がする。


「ふふふ。さすがのグラディスちゃんも、自分のことは客観的に見られないのかしら? スタイルに悩むなんて、普通の女の子みたい」


 サロメは笑うけど、やっぱり大きければいいってもんじゃないよ~!?


 この世界には、金髪巨乳は頭とお尻が軽い的な偏見は特にない。まあ、他人にどう思われようが気にしないけど、でも、やっぱりバランスは大切。一周目なんて、わざわざ手術で小さくするセレブだっていたんだし。

 せっかくセクシー系に挑戦できる年齢に近付いたのに、イメージ通りに着こなせないのは悔しい。


「大丈夫よぉ! 平均的な体形だと太って見えちゃうこともあるけど、グラディスちゃんの身長と細さなら、素晴らしいメリハリよ。断然超攻撃的な武器にしかならないから! どんな男も一撃よ!」

「それ、フォローになってない! 男はどうでもいい。私は自分を一撃にしたいの!」


 自分の完璧主義が憎いわ~!!


 かといって、お腹を引っ込める努力はしても、胸を引っ込める努力はしたくない。なんか、豊穣の女神様とかからバチが当たりそうだ。不作よりはマシと割り切るべきか。

 ああ、まさか、育ち過ぎで悩むときがこようとは……大預言者様にも分からない未来はあるんだよ。……ちくしょう。


「ところで、もう成人したわけだし、そろそろうちの正式な広告塔兼デザイナーとして公表する気はない?」


 サロメが真面目に提案してきた。実にタイムリーな話題だな。


「サロメはどう思う?」

「私は昔から公表推進派よ! グラディスちゃんがただのバカ娘みたいに世間に思われてるのは我慢ができないわ! いっそ、『インパクト』の方とセットで、全部ぶちまけちゃえばいいのよ。今のあなたなら、誰もが納得するわ。商売的にも、利点しかないし」


 叔父様と違って、こっちは凄く熱心に勧めてくる。


 私は自分の胸の谷間に、視線を落とした。金具を付けてペンダントにした守護石が、淡い紫にきらめいている。

 肌身離さず持てと言われた、ドラゴンから託された霊石。

 この護りがなかったら、今まで通り迷う余地もなく断ってたんだろうけど。


「少し考えとく」


 結局ここでも、返事を保留にした。更に、次の予定がある。今日は忙しい。


 今度は『インパクト』の商品倉庫で、工場から納入された服を、チェックしている。たまにイメージと違う出来に仕上がってることがあるから、欠かせない作業だ。


 本来はアシスタントのオルガと一緒にやる予定だったのに、あいつまだ来ないぞ? オーナーより遅いとは、いい度胸だな。


「あの子、今まで遅刻なんてしたことないんですけど。風邪でも引いたのかしら?」


 代わりに入ったチーフアシスタントのマクシーンが、作業を進めながら、大遅刻の部下の心配をする。


「すいません、遅れました!!」


 直後に、オルガがバタンと開けたドアから駆け込んできた。


「とりあえず元気そうね。何かあったの?」


 訊ねるマクシーンに、オルガが半泣きでしがみついた。


「誰かに後を付けられたんですよぉ~~~! 気味悪かった~~~~!!」

「後を付けられた?」


 私は手を止めて聞き返す。オルガは興奮して、頷いた。


「そうなんです! 気のせいかと思って、ちょっと遠回りしたり、変な順路でジグザク行っても、なんか気配がするんです! ホント、怖かったですよぉ~~~!」

「オルガもストーカーにあってるの?」


 マクシーンの一言に、耳を疑う。


「オルガもって?」

「実は、私も先日から、付け回されてるような気がしてて……。店長も同じことを言ってました」

「デラも!?」


 つい声を荒げてしまった。


「ちょっと、他のスタッフにも確認してみて!?」


 仕事中なのもかまわず、すぐに指令を出す。『インパクト』のスタッフを追い回す存在? 産業スパイとかヘッドハンティングとか、仕事に関わることなら、まだいい。


 でも、私の身代わりで生贄になったモンクさんが、頭をよぎった。


 オルガが直ちに店内を回り、20分後には結果を持って帰ってきた。


「今日出勤してる他の8人中、5人が心当たりがあるそうです!」

「――」


 内心で呻きながら、私はレオノール賞を受ける決意をした。

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