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帰還

「グラディス! グラディス!?」


 耳元近くで叫ぶ声に、意識が覚醒する。私の顔に、上からぽたぽたと水の雫が垂れてくる。


 目を開けると、髪までずぶ濡れのキアランの顔が、すぐ間近にあった。さっき見たばかりの紫水晶のような瞳に、帰ってきたんだと少し安心する。


 私自身も全身濡れネズミで、湧水の畔に寝かされていた。


「……キアラン、ありがとう……助けてくれたんだね……」

「意識は、はっきりしているようだな。グラディス」


 見上げて微笑んだ私に、キアランもほっと息をついた。


「私、どうしたの?」

「突然、水面に沈んで姿を消したんだ。俺が駆け付けたらすぐに浮いてきたから、10秒程のことだが……」

「……10秒」


 どうやらあの白い空間とは、時間の流れも違うらしい。


「大丈夫か? 起き上がれるか?」


 キアランに訊かれて、初めて気づく。全身が異常にだるくて重い。プールから上がった時の感覚を、もっとひどくした感じ。腕を動かすのがやっとの状態だ。


 あの空間への滞在は、人間の身には相当な負担だったらしい。だからあんなに慌ただしかったわけか。

 ビー玉のような感触のものが、右の掌の中で冷たく存在感を主張している。


 確かに、夢じゃなかった。


「ごめん。ちょっと、無理みたい。具合が悪いわけじゃないけど、普通に動けるようになるまで、少しかかるかも」


 顔に張り付いた髪すら、払う力が出せない。邪魔だと思った傍から、キアランが頬に手を伸ばしてどけてくれた。相変わらずの観察力だな。


 キアランは立ち上がると、荷物をまとめ始めた。


「すぐに帰ろう」

「霊水の採取は?」

「もう終わってるから心配するな」


 サンプルを詰めたリュックを背負い、私の荷物を肩にかけてから、私を横抱きに抱え上げる。


「キアラン? 少し休めば元に戻ると思うよ?」

「回復まで、ずぶ濡れで地面に転がせておくわけにはいかないだろう。お前一人くらい問題ない。これでも騎士だからな」


 そう言って、本当に軽々と、私を抱えたまま、来た道を歩き出した。

 おおっ、確かに、トリスタンに抱っこされてるぐらい危なげがない。


「あれ? キアランって、もう騎士だったっけ?」


 ありがたく身を預けながら、初耳の話に問いを投げる。


 この国では、騎士は別格の存在。

 兵士が人間を相手にするのに対して、騎士は魔物とか、超常のものとの戦いをする、完全な超人。強力な魔法とかもバンバン使う攻撃力の化け物だ。

 それだけに、見習いのうちから国にしっかり管理されて、一定の実力を認められたらその資格を、国家から与えられる。


「成人した時に、師匠から免許皆伝をもらった」

「へえ、すごい!」


 王都外で鍛える実戦の機会も圧倒的に少ないだろうに、才能も努力も本当に大したものだ。

 師匠というと、私のザカライア時代の同級生のダグラスだったか。私とギディオンに負ける度に負けん気炸裂させて悔しがってたけど、あいつ、人に教える方が向いてるのかもな。


「あれ?」


 そこでふと、ある事に気が付いた。


「なんだ?」

「マックス、まだ見習いだったかも!」


 私の発言に、キアランが怪訝そうな顔をする。


「マクシミリアンなら、初めて会った頃からすでに騎士レベルだったはずだが」

「……多分、お父様が忘れてるんだね。お父様から見たら、誰だって遥か格下のひよっこだもん。ちょっと伸びたくらい、誤差の範囲程度なのかも」


 ああ、可哀想なマックス。あんなに強くて器用で気が利くのに。キアランも苦笑いしてる。そういうとこトリスタンに期待しても無駄だから、叔父様に頼んで、学園入学までには何とかしてもらおう。


 夏だし大した問題はないだろうってことで、現状、二人とも濡れそぼったままでの帰途。

 着たままの服や髪を乾かす魔法なんていう、下々が使うべき小技は、王子のキアランにはさすがに経験がなかった。本来坊ちゃんのマックスが、できる方がおかしいんだよな。


 かといって、動けない女子の服を脱がすのは、キアランの価値観的に絶対アウトだ。

 結局、自然乾燥を待つということに。


 服が張り付いて気持ちが悪いけど、乾くまで我慢するしかない。せっかく水着持ってきてたのに、水着だけ乾いてて、服がビショビショとは……。


 しばらくすると、お互いに濡れた服から、体温がじんわり伝わってきた。ちょっと冷えかけてたから、気持ちいい。だんだんと人心地が付いてくる。


「さすがに騎士だけあって、お父様とは言わなくても、マックス並みの安心感があるね」

「――あの立ち位置は、さすがに遠慮する」


 私の感想に、キアランは憮然として応えた。――マックス並みに頼られるのは、ご不満とでも!? どうせ世話焼き体質なんだから、かまわないでしょーが!


「気分は悪くないか?」

「うん、大丈夫だよ」


 キアランがたびたび確認を取ってくる。

 私に負担がかからないよう、可能な限り揺れを抑えて歩いてくれているのが分かる。一人だったら、フリーランニングか忍者張りの身のこなしで、あっという間に帰れるだろうに。


 こうして全面的に世話になってると、時の流れを感じるなあ。


 初めて会ってから、もう5年か。記憶を取り戻して、大人の意識があったからずっと子供に思えてたけど、この世界ではもう成人の15歳だ。大差なかった身長も、いつの間にか見上げるだけの差がある。騎士にもなって、なかなか逞しくなってる。


 どの子もみんな大人になってる。――もちろん、私も。


 今回、カッサンドラとの出会いで、後ろから追い立てられてるような気分になった。いやだけど、いつまでも子供のままではいられないということか……。

 いつ、今の生活が終わっても立ち回れるように、覚悟を固める時がとうとう来た。


「お前は、一体何に巻き込まれてるんだ?」


 私の微かな不安を感じ取ったキアランが、真っ直ぐに目を見ながら問いかける。


「お前の姿は、数秒だが、完全に消えていた。潜って確認しても、どこにも見えなかったのに、突然また水中に現れた」


 私の守護石と同じ色の瞳を、間近に見返した。


「――いつか、話すよ。その時は、助けてね?」


 王家と五大公爵家は、異界の侵略者との戦いのために確立された、最前線に立つ血統。いずれ、一緒に戦う時が来るんだろう。戦闘力のない私の、剣として、盾として。


 だから、それまでにもっと強くなってて。


「――分かった」


 キアランは一言答えて、それ以上は追及しなかった。

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