使命
今までの疑問が少しずつ解かれていく。でも、分からないことはまだまだ山ほどある。
私はドラゴンを見上げて尋ねた。
「それで、私はこれから何をすればいいの?」
結局はそれに尽きる。
侵略者を防ぐという最終目標は分かった。で、具体的にはどうするの? って話だよね。
大体いくら大預言者の力があるったって、今の私は普通の女の子として場当たり的に生きてるだけだし……って、あれ?
「そもそも、大預言者の力じゃなくて、執行者の力ってこと?」
『執行者』というのは、この国では『大預言者』と呼ばれてるわけだよね? その上、今は表立った身分がないから『大預言者』ではなくて、実質的にも『執行者』ってことで……ああ、ややこしい!
「試行錯誤してきたと言ったろう? そのシステムを作り上げたのは、初代大預言者、ガラテアだ」
こんがらがってきた私の疑問に、ドラゴンは淡々と答える。
代々の私は、その戦いの都度、より使命を果たしやすい環境づくりにも努めてきたという。
初代ガラテアの時代は、強い力と使命を持った仲間達――今の王家と五大公爵家の先祖で、国を作った。それが今の私たちの国、ハイドフィールド。
ゲートが閉じている間も、強くない魔物は絶えず侵入してくる。それをより効率的に駆除し続けられるように国づくりをした結果、こんな体育会系な王国に仕上がってしまったわけだ。
使命を持った五大公爵家は、魔物狩りの専業家として、代々この地を守り続けていく。約300年ごとの戦いで、執行者とともに戦えるよう、力と技術を受け継ぎながら。
その手段の一つとしてバルフォア学園を作り、戦う貴族教育を徹底させてきた。
同時に強力な旗頭として、『大預言者』という肩書をぶち上げた。執行者がこの世に生まれた時、速やかに国家の中枢に立てるようにと。強力な血を持つ公爵家の血統から、『私』が生まれるという情報は、時とともにやがて失われてしまったけれど。
効率的な戦闘集団を形成するための魔力検査――通称子供狩りを、国家で義務付けたのが、2代目のデメトリア。力ある者を余さず集め、騎士や魔導士として鍛え上げるために。
特に『預言者』を捜す体制を整えた。『支援者』はドラゴンだけでなく、もちろん人間にもいる。エイダのような一般の『預言者』もまた、私を支えるための役割をもたらされた魂の持ち主。力が劣る分、数は多い。
このシステムのおかげで、国家の中枢に、人間の『支援者』が常に複数待機する状態が保てる。いつ、『私』が生まれてもいいように。いつの間にか、一生独り身なんて余計なオプションが付いたのは、まったく腹立たしい予定外だった。
更には、異界のゲートの活性化を抑える効力を持った祝詞を確立し、毎年の儀式として行う伝統を作ったりもした。
遥か昔から、代々の私はそうやって、敵との駆け引きや対応策を講じ続けてきたらしい。
そう考えるとザカライアの時って、何にもやってないな。そもそも使命感もなかったし、大体平和な時だったし、なんなら副業の教師の方に熱中してたもんな。
思考がそれた私をよそに、ドラゴンは説明を続ける。
「試行錯誤は、向こうも同じなのだ。打つ手は互いに、常に変わる。今回あちら側は、人間を手先に使い、魔法陣を多用して、数年がかりの儀式で、ゲートの強化を図る方法を取っているようだ。さしあたりは今まで通り、手足となって動く人間を探ることだろう」
その人間の手先、というのが、『死神』ということか。
「それってやっぱり、大預言者として名乗りを上げて、国の中心に戻った方がいいってこと?」
「それは、君が決めること。情報の隠蔽もまた重要だ。君の思う通りにやるのが、結局一番いいだろう。君はそういう存在なのだから」
その返答にほっとする。
ドラゴンが私に接触を持ったのは、きっとその時が、遠くない未来に迫っているからなんだろう。
でも、もう少し、今のままでいたかった。私は後どれだけ、普通の女の子でいられるんだろう。
ドラゴンは、私の感情を完全に把握していて、言葉を継ぐ。
「案ずることはない。――本当に必要なことは、その時になれば、分かるようになっている」
「――それは、前回ラングレー領で受けた『預言』で?」
「歴代の記憶も含めた、あらゆる情報の塊だ。やるべきことは、その都度必要に応じて、答えが与えられるはずだ」
責任の大きさに、思わず溜め息が出る。
「カミサマもそんな面倒な仕組みを残すくらいなら、ゲートを塞ぐとか敵を全滅させるとか、超常の力で完全に片を付けてくれればよかったのに」
ついぼやいてしまう。『私』はずっと長い間、使命通りに、異界の侵入者を防ぎ続けてきたんだろうか。記憶がないのが本当に救いだ。たとえ戦いには不利でも。
「立ち向かう手立てを、永劫に渡って残されただけでも、この世界の福音というものだ。君には、守りたいものがあるのだろう?」
「たくさんね」
観念した気分で頷く。そうだ。無力な私に、立ち向かう力があるのは幸いなんだ。
異界の侵略者を、より効果的に抑える目的で作られたこの国。私はいつか、目的を果たすために、その手段を使う日が来るんだろう。
「これを――」
気が付くと、目の前に光る石が浮いていた。1センチくらいの紫水晶のような球体。――キアランの瞳を思い出した。
ドラゴン同様まったく存在感がない。手に取ると、ひんやりした感触を伴ってコロンと手の平に転がった。
「私の力と繋がっている霊石だ。肌身離さず持つといい。メサイア林の霊水とは比較にならない守護になるだろう」
「ありがとう。きっと代々の『私』に渡してきたものだね?」
ありがたく受け取った。まだ謎はたくさんあるけど、そろそろお別れらしい。
「そういえば、あなたの名前、まだ聞いてなかったね」
「『君』以外、呼ぶ者もないが……太古の昔、最初の『君』はカッサンドラと呼んだ」
「そう――カッサンドラ山の由来は、あなただったんだね」
カッサンドラは、どこか懐かしい目で私を見下ろした。
「私はまだ動けない。ここから君のサポートをし続けよう。健闘を祈る」
「ありがとう、カッサンドラ」
答えたのと同時に、私の意識は途切れた。