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ドラゴン

 多分、この世界とは違う特別な空間。


 頭の中に、男とも女ともつかない声が響いてくる。


「やっと会えたね。()()()()()()、グラディス・ラングレー」


 ドラゴンは、感情のない淡々とした調子で、私に語りかけてきた。

 微動だにもせず、ただ高い場所にある深紅の瞳で、私の顔を見下ろしながら。


 これほど巨大な存在なのに、何も感じない。目を瞑れば、いるのかすら分からないほどに。今にも空間に融けて消えてしまいそうだ。


 恐怖はない。むしろ覚えるのは、懐かしさだった。


 何者かは、すぐに直感した。霊峰カッサンドラ山の北東、我がラングレー領の峡谷に封印されているというドラゴン。300年前に、2代目大預言者デメトリアに再封印されたという。


「それは違う。私は、封印されているわけではない」


 私の思考を読んで、ドラゴンは否定する。


「この時が止まった聖地で、約300年ごとの大異変のために霊力を積み上げているのだよ。そして時が来れば、人の戦いのサポートをする。前回は、デメトリアだった君を支えた。敵勢力の情報操作が入るから、長い年月の間に歴史はねじ曲がって伝わる。私が人の敵対者であったかのように」


 ――デメトリアだった、君……。


「あなたは、何者なの?」


 震える声で尋ねた。


「君と同じだよ。この世界を司る超越した何者か――人の概念で言えば『神』に当たる存在に、役割を持たされた者。この世界を、異界の『侵入者』から守る役割を負わされたもののひとり。君は『執行者』。私は『支援者』。人が世界を守れるよう、私はこの場所から様々な支援をする。情報の隠蔽や攪乱、瘴気を抑える霊力の拡散が平常時の私の役割」


 一言一言が、記憶と心に沁み込んでいく。カッサンドラ山に霊力があるのではなく、このドラゴンが霊力の源ということか。


 その全てが事実だと分かる。いや、魂の底に沈む記憶を、思い出しているのだろうか。


「『執行者』? ――私の役割って、何?」

「この世界で、総合的に最も強い存在が人間。それゆえ神に、異界の侵入者の侵攻を防ぐ役割を、人間は持たされている。多くの人間が、大なり小なり使命を負う。その中から、異界のゲートが開き得る地点に『執行者』が立てられた。力と役割を、その魂に最も強く深く刻まれた人間が『執行者』――つまり君だ。私は『支援者』として、ずっと君の魂を見守り、代々の君を支えてきた。情報を与えるのも私の役目だ。私は死なないが、人は転生を繰り返す」


 一言の質問に、それこそ10倍の回答。ありがたいけど、頭が混乱する。

 ああ、でも、私が一番気になっていたことへの答えがあった。


「――やっぱり私は、もともとはこちらの世界にある存在だったんだね。ずっとこの世界で、転生を繰り返してきたの?」

「人の魂は皆そうだ。ただ、一番重い役割を背負う君は、この地に魂が縛り付けられている。大異変の時期に合わせて必ずこの地で、特定の血統に転生し、力とともに記憶も引き継いで生まれることになっていた。知識と経験の積み重ねは、戦いを有利にするはずだったから」

「過去形? 今の私に、デメトリアやガラテアの記憶なんて、ない」


 あるのは、大預言者ザカライアと、日本人大学生としての記憶だけ。


「気が遠くなるほど続いてきた長い攻防の間、果てしない試行錯誤があった。記憶を引き継ぐ人間の魂は、疲弊がひどく、役割の執行にしばしば支障を来たすようになった」


 その意味は分かる。私は、たった一つ二つ前の前世の記憶があるだけで、心を閉ざして歪みかけてた。代々の記憶を引き継いで積み重ねていくなんて、想像もできない恐怖だ。


「そこで私は、異界のゲートを、逆に利用する方法を試してみた。ゲートは、侵略者の世界だけではなく、他の異世界にもつながっている」

「――それはつまり、私やトロイやユーカがいた場所と時間――あの時代の日本の、私の町に繋がっているということ……?」

「そうだ。使命を負わない異世界で生まれると、記憶も力もリセットされることが分かった。『執行者』の魂をそこへ逃がし、ただの人間として人生を送り、魂を癒す。そして再び侵攻の時期が来た時に、この世界に戻し、新たに生まれて使命を果たす。積み重なる記憶は、日本人としての前世の分で収まる。徐々にそういう仕組みを創り上げることで、『執行者』は、異世界の知識をも併せ持って、より実力を発揮できるようになった」

「でも、私は今、二人分の前世の記憶がある」

「――あまりに、イレギュラーな出来事があったせいかもしれない。日本での前世の記憶で留まらなかったのは」


 今まで明快に答えていたドラゴンが、確信がなさそうな物言いに変わる。


「本来は、普通の日本人として70歳まで生きて、天寿を全うするはずだった。落雷による死亡は、完全に想定外だ。老齢の精神なら、人生のやり直しも受け入れやすいのだが、君の魂はまだ若く、未練を残した未熟な精神のまま、予定より50年も早くこの世界に戻ってきてしまった。それが、精神面で不安定なザカライアの存在に繋がった。残りの寿命分をザカライアとして生き、強力な血統である公爵家の元に、本来の予定通り転生しなおしたわけだが……あるいは、落雷での死は『天の配剤』なのかもしれない。厳重な警護を常に受けていたザカライアが、最期の時だけ、不自然に一人になったことすらも、おそらくは。ーー長い歴史の中で、事態が膠着した時、稀に超越した何ものかの介入を感じることがある」


 つまりザカライアの存在は、イレギュラーだったってこと……? それにも、何かの役割はあったんだろうか?

 私はザカライアの人生で、何をした?


 ドラゴンは、その後も、私の疑問について、説明を続けてくれた。


 それによると、異界のゲートは非常に脆く、普段は弱い魔物程度しか通り抜けられない。この世界に蔓延している通常の魔物がそうだ。


 けれど約300年周期で、異界とこの世界の繋がりが強くなる時期がある。侵入者はその時期に、更にゲートを強化してこの世界への進出を目論み、それを食い止めるのが人間の役割となる。


 その舵を取る、目となり頭脳となり、人の旗頭ともなる存在が『執行者』――私の役目。


 その使命を果たし、やがて生を終えた『執行者』の魂を、ゲートを通り抜けた、更に先の、偶然繋がった異世界へと送り込む。魂だけなら、ゲートの隙間を潜り抜け、異界の何ものにも捕らえられることなくたどり着けるから。


 ゲートの奥の異世界――侵入者のいるだろう次元の、更にその先。そこが一周目の私が生きた場所、日本。


 ただ、私の魂が何度も往来しているせいで、時折現地の魂が巻き込まれ、私の軌跡を遡ってこの世界にやってくることがあるという。そして魂の質が違うのか、ここでは前世の記憶を残す確率が低くないとか。


 つまり、トロイや他の日本人がこの世界に転生したのは、完全に私のせいか。

 頭を抱えたくなるけど、それこそ私にはどうにもできない。私自身が、思っていた以上に壮大な運命に翻弄されてるっていうのに。


 ドラゴンの説明は、その後もしばらく長く続いた。

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