生贄
20代の男性、トレント・バース?
いくら思い返しても、私の記憶にはない。
「え? 知らない?」
逆にノアの方がきょとんとする。
「ここ何年かで、経済界ではちょっとした有名人になってるんだけど。特に君のとこの『インパクト』と『ティエン・シー』には、かなり頻繁に接触を図ってたはずだよ」
「ああ、それじゃ、きっと叔父様に弾かれて、私のとこまで情報が来なかったんだね。それにしても、『ティエン・シー』にも? 『インパクト』だけじゃなくて?」
商売の人間関係には、まったく関わってない。特にしつこい人ほど、叔父様は警戒するだろうから、私が知らないのはしょうがない。この2年で一気に有名になった『インパクト』に絡もうとする商売人は多いからね。
でも、表向きは別企業の『ティエン・シー』は、まだ開店したばかり。頻繁な接触の目的が分からない。ってゆうか、ノアは当然のように『ティエン・シー』のことも知ってやがった。
「どういう人?」
「どこにも所属しないで、フリーでいろんな企業の経営をアドバイスする仕事をしてたんだ。そんなの聞いたこともなかったけど、彼が手を入れた企業はかなりの確率で経営が好転してたから、けっこう話題になってたんだよ。まあ、『インパクト』はジュリアス様もいるし、君の秘密を守るためにも、必要なかったんだろうけど。本人は、経営コンサルタントっていう肩書を名乗って売り出してた」
「――経営コンサルタント?」
ザカライアの時代から今まで、そんな職種は前例がない。
つまりは、こいつもか。関係者に同郷人がいるとみて、『インパクト』と『ティエン・シー』に探りを入れたわけだ。
あれ? ちょっと待て。
召喚日本人のユーカを生贄に使えなかったから、転生日本人が代用されたってこと?
そこまで考えて、思考が一本に繋がりかける。
――いやいや、それはまだ早計だろう。少し落ち着こうか。
ノアのお土産のケーキはオペラ。カロリー高めのチョコケーキは、普段あまり選ばない。久し振りに食べて、違和感を覚えた。
「あれ? なんか変わった? 前のレシピの方が手間がかかってた。繁盛して忙しいから、複雑なケーキは行程減らしちゃったのかなあ」
「単純にオーナーが変わったからじゃない? 前のオーナー、蒸発しちゃったんだって。今は弟子がお店を引き継いでるらしいよ」
思わぬ返答に絶句する。
「……それ、いつから?」
「1年位前かなあ」
聞きたくなかった事態に、思わず頭を抱えた。
――あれ、『アヤカ』だったのか!!?
「どうした?」
私のあからさまな動揺に、キアランが気遣ってくる。
「――去年の生贄、その蒸発したオーナーだよ、多分」
苦い気分で呟く。頑張っていただろう同郷の転生者が、殺された。それも、二人も。
「どうしてそう思ったんだ? 時期が合うからだけじゃないんだろう?」
「たしか、去年の犠牲者の残された手に、甘い匂いが漂ってたんだよね? パティシエの手って、いくら洗ってもお菓子の甘い匂いが染み付いて取れないらしいよ」
一周目で通い詰めた、チーズケーキのおいしいケーキ屋さんから聞いたことがある。
「その人の持ち物が残ってれば、指紋で確認できるね。おじい様に伝えておくよ」
ノアはすぐに納得したけど、キアランは違った。
「他にも、根拠がありそうだな」
「――それだけだよ」
「……そうか」
それ以上の追及は、してこなかった。本当に、こういう時キアランは困る。他に根拠があることも、それを私が言うつもりがないことも、全部見抜かれてるんだから。
でも、ここでは言わない。私が知っているはずのない情報だから。あとでアイザックに伝えておこう。
去年の生贄が『アヤカ』だったとしたら、生贄の共通点が繋がる。
最初の二人の女の子は分からないけど、ここ最近の三人。
経営コンサルタント。
パティスリー・アヤカのオーナー。
キックボードの開発者。
全員、日本人転生者だと思われた。――とすると、三人目、キックボードの開発者として生贄にされたモンク商会のモンクさんは、完全に私の身代わりだ。情報を操作してなかったら、本来は、私が生贄にされるはずだった。
さすがに気分が沈む。罪悪感もあるし、この先、考えなければならないことも山ほどある。
ああ、でもやっぱり、相当ヘコむわ。
隣のマックスの腕にもたれかかった。最近どんどん大きくなって、叔父様に似てきてるから頼るのに丁度いい。安心感が大分近くなってきた。
「グラディス、大丈夫か?」
「ん~。なんとか」
心配して支えるマックスに、上の空で返す。
緊急で考えなければいけないこと。まず、日本人転生者の捜索。でも下手にやると、逆に敵に次の被害者の身元を教えることになってしまうから、なかなか難しい。
ひっそりと埋もれて生きてる人ならいいけど、元の知識で何か変わったことをやってる人だと、特定されやすい。
正直、今一番ヤバイのって、トロイなんじゃないだろうか。もう完全に、ユーカと同じ場所からの転生者ってのは、王城では周知の事実になってるらしいし。
ああ、ホントにゴメン、トロイ! 私が推薦したせいか!?
トロイの安全対策はユーカに匹敵するレベルで、超至急に講じないとだ。まあ、結局アイザックとルーファスに頼むしかないんだけど。
そして私もつい最近、思いっきりファスナーとマジックテープを世に出してしまった。もうデザイン云々の問題じゃない。完全に技術持ち込んでる。
趣味でやりたい放題やってたつけが、いきなり出てきた気がする。ちょっと手を広げ過ぎたか。
これでまた私の代わりに誰かが間違われて犠牲にでもなったら、目も当てられない。
ああ、頭がこんがらがってきた。結局私が死神に殺される理由は何なんだ? 奴らを抑える役目を持った大預言者だから? 生贄に使える日本人転生者だから?
つーか、なんで私は両方の属性備えちゃってんだよ!
「グラディス、どうしちゃったの?」
切実な思考に沈む私の前で、ノアがマックスに尋ねていた。
「落ち込みから、甘えつつの熟考だな」
「いつもこんななの?」
「大体はジュリアス叔父上の役目だ。身内にくっ付いて甘えてると安心するみたいだ」
「ああ、そういえば、見かける度に、いつも家族の誰かに引っ付いてる印象あるよね。警戒心のふり幅が広過ぎってゆーか」
「前は普通に嬉しかったんだけどなあ……」
「――君も大変だね」
マックスに同情の目を向けるノア。人が黙ってる間に好き勝手言いやがって。少しは空気読んで見守ってるキアランを見習え。美少女に頼られてんだから役得だろーが!
ああ、もうわけが分からん!
とりあえずの緊急第一課題は、身辺が危ない人間の保護だ!
次の夏至までまだ丸々一年あるし、後のことはおいおい考えよう。