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始動

 閉じ籠った約1か月の間、大分デザインを書き溜めた。


 すでに高級店として、ベビー服専門店『ティエン・シー』は、貴族や富裕層の間で話題を呼んでいる。何しろファスナーと並行して開発していたマジックテープが完成したからね。早速、専用の生産工場も立ち上げ中。


 マジックテープのベビー服は、便利すぎる画期的商品として、我が子に、贈り物にと、飛ぶように売れて生産が追い付かない状態。お店に顔が出せないから、あくまで報告の上では。


 当然マジックテープを縫い付けた最初の完成品は、大量にロレインとクリスに贈っている。早く着ている姿を見たいものだ。


 ちなみに『ティエン・シー』の名前の由来は、一周目でよく対戦した中国人選手が、愛犬の画像を見せては天使天使と呼んでたのを覚えてたから。なんか人名っぽくもじってみた。ネーミングセンスの才能までは持って生まれなかったようだから仕方ない。


 そして私は今、デザインにますますのめり込んでいた。

 ファスナーとマジックテープができただけで、デザインの幅がまあ面白いくらい広がることと言ったら。

 今まで、技術が追い付かずに保留にしてた服が製作可能になって、楽しくて仕方ない。


 今まさに、ベビー服業界と、更にはファッション業界全体に革命を起こしてる真っ最中だ。


 マダム・サロメ、インパクト、ティエン・シーと、それぞれのデザインを書き起こすだけで、忙しくも楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまった。


 仕事に明け暮れたまま、とうとう夏至の夜は明けた。


 翌日の新聞にはやっぱり、恒例の生贄魔法陣の、新しい事件が報じられた。


 それによると、ユーカの存在は大いに役立ったそうだ。今までは王都のどこで事件が起こるか、まったく予言できなかった。それが今回は、かなり狭い範囲まで、絞り込みに成功したという。そのおかげで戦力の分散がかなり抑えられ、例年になく速やかな対処ができたと。


 ユーカは、自分の価値を世間に示した。まずは第一歩。なんだか自分のことのように嬉しかった。


 この半年、昔の自分を顧みることが多かったし、ユーカの苦悩と、立ち直ろうとする姿も間近に見た。ユーカを救う行為はきっと、昔の自分の心を救う行為でもあったんだと思う。

 今は、前よりもずっと、心が軽やかになっている気がする。


 さっきユーカから届いたばかりの手紙には、私への感謝と、今の心境が素直につづられていた。まだ細かい表現は無理でも、気持ちが本当の意味で前向きなのがよく分かって、少し肩の荷が下りた。

 

 来客が解除されるなり、早速キアランとノアがお昼過ぎからお見舞いに来てくれた。数日後には領地に帰る予定のマックスと一緒に迎え入れた。


「わざわざありがとう。この通り元気だけど、来てくれて嬉しいよ」

「ああ、心配していたが、前よりずっと生き生きしてるようだな」


 キアランが私を見るなり、安心したように感想を漏らした。出たな、メンタリストめ。なんで分かっちゃうんだろうなあ。


「ふふ。ユーカと友達になったんだよ。落ち着いたら、あとで王城に会いに行っても大丈夫かな?」


 アイザックは表沙汰には使えない。王子のキアランのコネに頼ってみた。


「外には出せないが、お前が訪ねるのは構わないだろう。話はつけておこう」

「ありがとう」


 よっしゃ、これで普通に会いに行ける。一緒に誘拐事件を乗り越えた仲だから、親しくしても誰も不審には思わないだろう。


「あ、そういえば、マックスとノアは初めてだったっけ?」


 ふと思い出して隣のマックスに問いかけると、頷いてノアに目を向けた。


「ああ、マクシミリアン・ラングレーだ。よろしく」

「ノア・クレイトンだよ。よろしくね」


 ノアも笑顔で応じた。普通に友好的で、ちょっとほっとする。マックスは私の男友達は警戒するかと思ったけど、考え過ぎだったか。そういえば、アーネストに対しても、そうでもなかったもんな。キアランに対してだけなんかライバル心を感じるけど、どういう基準なんだろう?


「あ、これ、いつもの。ちゃんと()()なのを選んだから」


 ノアがパティスリー・アヤカのおみやげを手渡してくる。

 安全とは、私が酔わないやつということか。くそう。


 いつものようにザラに渡して、みんなで庭に移動した。天気もいいし、とにかく外に出たい気分だ。やっと外出解禁になったしね。


「ずっと閉じ籠って仕事ばっかりで、さすがに飽きちゃった。ホント、歓迎するよ」

「ソニアも来たがってたんだがな」

「しょうがないよ。学園に入学したばかりで忙しいでしょ」

「僕たちも来年だよ」

「全員一緒だね」

「あれ? マクシミリアンもだっけ?」

「ギリギリ同学年だ」

「じゃあ、同学年ではお前が最強だろう。競争に張り合いが出るな」


 おしゃべりを楽しみつつしばらく散策してから、東屋に案内した。


 来年には同級生で、かつライバルになる。特に騎士コースなら、確実にしのぎを削り合う。キアランはバルフォア学園卒業までは自由にするつもりらしいから、絶対戦闘科選ぶだろうとは思ってたけど、今の発言で確定だね。

 これはちょっと面白いカードだと思う。1対1なら正規の騎士でもマックスにはかなわないのに、集団戦になると、キアランが率いるチームが善戦しちゃう。前に見た王城での模擬戦を思い出す。

 お互い更に力を上げてるし、1年後が楽しみだ。


「いつもならこの時期、魔法陣事件の情報交換となるとこなんだけどねえ」


 すでに用意してあったお茶を飲みながら、ノアが話題を変える。


「いくらなんでも一昨晩のことだ。まだ、新聞以上のことは分からないだろう。まあ、去年同様被害は生贄の一人だけですんだようだが」

「今年は20代くらいの男性だったよね?」

「去年と違って、遺体がきれいなまま残ったから、身元はもう分かったよ」


 まだ新聞にもない最新情報をノアが開示する。


「なんとトレント・バースだった」


 知ってて当然のように言われて、首を傾げる。


「誰?」


 まったく聞き覚えのない名前だった。

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