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幕引き

 高級住宅地で起きた爆発テロじみた破壊活動に、周囲はまだ騒然としている。一周目で言うところの警察やら消防やら救急、医療関係やらお役所やら、さながら災害現場のように色々入り乱れている。家屋崩壊なら、まあ、確かに災害現場なのか? 主にトリスタン一人による人災だけど。


 そんな中、私たちラングレー家御一行は、腫物のような扱いで総スルーされた。一応誘拐された被害者なんだけど、現状、問答無用で加害側な気もする。ただ権力も腕力も最強の加害者だから、誰も手が出せないのかもしれない。


 外から改めて見たハンター邸は、ドールハウスみたいにぱっくりと中身が丸見えになっていた。4階分丸ごと端っこがなくなってて、ちょっと面白い。中をうろつく人たちが人形みたい。確かにこれをやらかした当人と思えば、関わるのは嫌だろう。


 正面玄関が吹っ飛んで、素通りできる状態になってるけど、こっちはマックスの仕業だ。玄関で奮闘するユーカを助けるための強行突入の結果だから、褒めてやらないとだ。


 私は、トリスタンの馬に同乗して、マックスも一緒に、そのままラングレー家の別邸に戻った。普通は、いろんな聴取とか手続きとかに煩わされて、直帰なんて有り得なくないか?

 でも私たちは、やることなすこととにかく素通り。とうとう自宅まで何の障害もなかった。


 我が家の玄関ホールに入るなり、出迎えてくれたジュリアス叔父様を見て、その理由に納得した。


「叔父様! ただいま戻りました! 私のためにいろいろ骨を折ってくださったのね。ありがとうございます」

「お帰り、グラディス。大したことはしてないよ。無事でよかった」


 叔父様はいつも通りの穏やかな笑顔で、何事もなかったように私を抱きしめてくれた。

 そのまま家族四人で楽しい晩餐を取り、お風呂で一日の疲れをじっくり癒して、ぐっすりと眠った。


 私が事件の顛末を知ったのは、翌日の新聞でのこと。


 特に話題を集めたのは、誘拐事件そのものよりも、その後の出来事。ぶっちゃけ、ラングレー兄弟の暴れっぷり。


 グラディス・ラングレー公爵令嬢(と、異世界人のフジー・ユーカ)が誘拐された。


 激怒した兄は、14区内のアジトと疑わしい地下室のある物件を数軒破壊した挙句、実際のアジトだったハンター公爵家別邸を真っ二つにぶった切って、愛娘の奪還に成功した。

 キレた弟は、パーティ会場に居合わせた者を、貴族もろとも一人残らず監禁し、国王を脅し上げ、人質の捜索、救出、犯人捕縛の緊急配備を異例の速さで遂行させた。


 ラングレー家って、五大公爵家の中でも、比較的穏健な方と世間には認識されてたはずなんだけど。一気にハンター家と並ぶ無頼一族のイメージ付いたわ。

 

 『ラングレー公爵、ハンター公爵邸を襲撃!』って、よく考えたらとんでもなくインパクトのある見出しだな。スポーツ新聞かっての。なんだかプロレスのノリを思い出す。さすが体育会系。

 しかもトリスタンのやつ、すぐ私を見付け出せたようなこと言ってたけど、実際は無関係の屋敷をいくつも破壊してやがる。完全に無差別テロじゃねーか。


 そして『ジュリアス・ラングレー氏、エリアス国王に経済圧力を示唆か』の見出しに、叔父様の愛を感じる。エリアスよ、強く生きてくれ。

 新聞を見ながら、これでグラディスに手を出す愚か者は減るだろうと、優しく微笑む叔父様が素敵だった。


 そう、私の後ろには、途轍もなく恐ろしい人たちが目を光らせているのだと、クオリティーペーパーで広報されたようなもの。私に手を出せば、即破滅! まさに『強者が正義』を地で行くラングレー家。


 タブロイドと違って、どっちも誇張ナシの事実ってとこが、スゲエよな。


 この事件関連のニュースは連日続き、数日後『ラングレー公とハンター公が鉢合わせ! 素手喧嘩(ステゴロ)で城内南回廊全壊!』の見出しが新聞に躍ることになる。もちろん勝ったのはトリスタンだ。ああ、観戦したかった。ちなみに居合わせたイングラム公爵は、速攻で逃げたそうだ。

 口より拳で語り合ったほうが早い脳筋どもは、慣れた役人に破壊した施設の補償を折半で請求され、そのまま呑みへと流れたそうだ。


 誘拐犯も捕まり、主犯と思われる『死神』の包囲にも成功し、一気に事件解決か――との期待は、残念ながらあっさりと裏切られた。


 関係者は、その夜のうちに全員死んだ。


 まず誘拐犯一味が死んだのは、王城に運び込まれる途上でのこと。手足を縛り上げられて、むき出しの馬車の荷台に揺られながら、5人全員が眠るように息を引き取っていた。

 後日遺体を調べた結果、全員、脳みその一部が欠損していた。解剖した頭蓋内部には、はっきりと魔法陣の跡が焼き付いていたらしい。

 遠隔操作か、時限式か、脳内に極小の地雷が予め仕込まれていた。


 やっぱり彼らは使い捨ての駒だったということだ。


 そしてパーティー会場にいたと推定される術者――死神の特定は、残された300人を超える人たちの中から、あとは絞り込んでいくだけと思われた。


 ところが、王城から送り込まれた役人や取調官が到着する前に、給仕の男が毒を飲んで死んだ。ポケットにはハンター邸の鍵があり、少なくとも一味の一人だとは見なされた。転移魔法陣を行使した術者本人であるかは、公式判断ではまだグレーというところか。

 身元を調べると、この春、ハンター邸で臨時雇いされた下働きだった。古くからハンター邸で務めてきた管理人の遺体が、敷地内の使用人部屋で発見され、その殺人も誘拐犯一味が鍵を奪うための犯行と断定された。


 今回の事件で、急遽とんぼ返りで王都に駆け付けたヒュー・ハンターは、事件への関与を疑われた上、身内を殺害されたことに激怒し、犯人を徹底追及することを正式に表明している。


 そう、誰も納得はしてないのだ。その給仕の自殺で、ひとまず決着の形はついたとしても。


 私は確実にダミーだと思っている。死んだ給仕は一味ではあっても、きっと主犯ではない。まして死神であるはずがない。自殺かすらも怪しい。

 でも、釈然としない終わり方だけど、これ以上の究明も難しかった。パーティー会場にいた全員、身元は全て記録されてるから、今後も警戒だけは続けられるはずだ。リストの中に、あいつがいる可能性は消えてはいない。


 きっと来月の夏至には、何事もなかったように恒例の魔法陣の儀式が行われるんだろう。

 それに対抗し得るユーカの可能性については、すでにアイザックとエイダに伝えた。

 たとえわずかでも、黒い靄への干渉力があるなら、値千金の価値がある。直ちに検証に入ったらしい。


 死神の正体までは届かなくても、次の儀式現場が絞り込めれば、十分な働きだ。それに関しては多分私がやっても大差ないから、わざわざ出しゃばるつもりもない。エイダたち現役預言者チームの仕事。


 そして現在の私は、屋敷に軟禁状態。仕事場に行けないし、来客もお断りしてる。

 少なくとも次の夏至が過ぎるまでは、大事を取ることになる。この待遇は、特に叔父様が心配しちゃってるから、甘んじて受け入れる。1ヶ月の辛抱だ。


 ユーカも、王城で同じ目に遭ってるらしい。何しろあっちは本当に生贄予定だったもんね。どんなに注意してもし過ぎじゃない。


 さすがにトリスタンはいつまでも領地を空けておけないから戻ったけど、今回は特別にマックスが私のガードに残った。


 でも残念なことに、私の誕生日は夏至のすぐ前。

 家にこもりきりなんて、冴えない誕生日になりそうだな。一応15歳の成人になるんだけど。でも珍しくマックスもいるし、3人でのお祝いパーティーしてもらおう。


 屋敷で出来る仕事に専念しながらちょっと腐ってたけど、すぐにキアランとノア、ソニアの他、ルーファスやティルダ、ロクサンナからまでお見舞いの手紙や品が届いた。誕生日の当日には、たくさんのプレゼントも。

 面白くない気分も吹っ飛んだ。みんなも心配して、今も私を気にかけてくれているのが分かる。

 嬉しくなって、みんなにお礼の返事を書いた。


 そして1ヶ月後、夏至が過ぎて、警戒がひとまず解除された直後、新しい友達からの手紙が届いた。


 送り主の名前は、習いたてのたどたどしい文字で、フジー・ユーカと記されていた。 

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