時間稼ぎ
今の私は、確かに昔ほどの戦闘力はない。
その代わり、経験とそこそこ回転の速い頭脳は手に入れてる。
最終的に、この窮地から助かるための道筋も見えてる。まず、地下室からの脱出は絶対だった。あとは、いくつかのビジョンの中から、ゴールへ向けてのプランを選んだ。今のミッションは時間稼ぎ。
目的がそれなら、何も拳で語るだけが芸じゃないね。人数も半分にできたし、下手に痛い思いをするのも遠慮したい。少しでも可能性の高い方法に、方向性を切り替えよう。
何より私、負けるのは大っ嫌いだからね。最近競うことがなくて意識してなかったけど、いくつになっても筋金入りの負けず嫌いは変わらない。
「あなたたち、自分の命が風前の灯火であることに、気付いている?」
私を部屋の角へ追い詰めようと囲む二人の誘拐犯一味に、強気で話しかける。要するに、腕力から口先の使用に変更。
「お前一人で俺たちをぶっ殺してやるってか!? もうその手には引っかからねえぞ! 油断さえしなけりゃ、負けるわけがねえんだ!」
「そうではなくて、あなたたちの雇い主、黒いローブをまとった男のことよ」
交渉事で弱気は禁物。さも切り札を握っているかのように、さあ事実を教えてやろうとばかりに、虚実織り交ぜた話を続ける。
「あの男が何者か、知ってるの? 目深にかぶったフードで、顔もろくに知らないんじゃない? あの特殊な転移魔法陣を見せられて、気付かなかった? ここ数年王都を騒がせる生贄魔法陣、それから巨大なアリの魔物を召喚した魔法陣――その両方をしでかした第一級の凶悪犯よ? 黒髪の少女は、生贄にするために誘拐したの。本当に気付かなかった?」
思いもよらなかった私の話に、男たちは目を見開く。
「あなたたちは現時点で、世間的にはあの魔法陣事件の共犯者ってことになってるの。国が保護していた異世界から召喚された少女を、あなたたちは誘拐した。あなたたちの捜索が、今まさに国を挙げて始まっているはずよ?」
「はあ!? ま、まさか、あの黒髪が噂の異世界人だってのか!?」
「黒髪に黒目の人なんて、今まで見たことないでしょう? 顔立ちだって違うじゃない」
やれやれ、しょうがないわね、とこぼしながら一部空想を交えて断言する。
「あなた方は今や、王国中から追われるお尋ね者。ただの三下から、国家的犯罪者に大出世ね。捕まったら、きっとひどい拷問が待ってるわよ? ちゃんと提供できる情報は持ってる? 雇い主の手掛かりや風体くらい証言できるかしら? そうしたら、せめて極刑は免れるかもね」
「じょ、冗談じゃねえ! 俺たちは今回娘一人さらう手伝いに雇われただけだ! 魔法陣事件なんて知らねえ!」
目に見えて動揺し始める。ははは。事実君たちは国家に追われるお尋ね者だよ。なんせ公爵令嬢の私を誘拐したんだからね!
「あら、それは良くないわね。今までの生贄の誘拐には、あなたたちは関わってないってこと? そうすると、今まで誘拐に関わってた人たちは、どうなっちゃったのかしらねえ? どうしてあなたたちが、新しく雇われたのかしら? もしかして国より、あなたたちの雇い主の方が、遥かに恐ろしいのではない? 全ての仕事が終わった後、本当に望み通りの報酬はもらえるのかしら?」
口封じされちゃったんじゃないの? と仄めかしてやると、はっきりと顔色が変わる。もしそうなら、それは自分たちの未来図でもあるからね。
でも私の想定では、死神が人を雇ったのは、今回が初めてなんじゃないかと思う。
なにしろターゲットは、王城から出ることがほとんどない上、出ても厳重に警護されるユーカだった。そのせいで、転移魔法なんて特殊な大魔法を使わざるを得なかった。転移の瞬間、魔法陣の光の中で、あいつの存在を感じた。きっとあの場にあいつは居合わせたはずなんだ。
だから、転送先でユーカを確保する人員が必要になって、今回だけ雇い入れたんじゃないか。
でも、それを目の前の連中に教えてやる必要はない。目いっぱい脅し上げてやるだけだ。
「あれほどの大魔法が使える犯人だもの。きっとあなたたちが束でかかっても、敵うわけないわ。牢屋行きか、雇い主に殺されるか、その両方から逃げるか……選択肢は多くないわね」
交渉中の私の脳裏に、ユーカのビジョンが飛び込む。知恵熱を出した預言を受けて以来、私の力は前よりも上がっている。
ユーカは現在、玄関に居座る男相手に、通路に飾ってあった剣を振り回して格闘中だった。その見張り一人倒せば、外に助けを呼びに行けるからと、腹をくくってくれたんだ。
ああ、あんまり無理するな。でもスゴイぞ、頑張れチアリーダー。ひょっとしてバトンとかもやってたか。もう少しだからね。その頑張りが、必ず勝利を引き寄せるから。
「ああ逃げるなら、あの男が来る前に急がないとじゃない? 夜には帰ってくるんでしょう? もう、時間がないわ」
素知らぬ顔で、畳みかけるように唆し続ける。
剣を構えながらも、男たちは戸惑っていた。真剣に検討する余地がありそうだと思い始めている。それだけ、雇い主は胡散臭かったんだろう。何しろ見るからに真っ黒な死神だし。
「口車に乗せられてんじゃねえ!」
最初にテンプルに蹴りを食らった男が、床に手を突きながら叫んだ。あ、意識回復したか。やっぱりパワー不足だな。でも脳震盪でフラフラじゃん。寝てればいいのに。余計なこと言うなよ、もう!
「と、とにかく、考えるのはこいつを縛り上げてからにしよう」
「そうだな」
ああ、冷静さを取り戻しちゃった。急所に一撃を食らった前の二人の轍を踏まないよう、男たちは慎重に近寄ってくる。
「覚悟はできているの? それ以上私に近寄ると、命の保証ができないわよ」
開かない窓際まで追い詰められた私は、今度は淡々とした口調で告げる。男たちがイラついた顔で怒鳴った。
「だから、そのハッタリはもう通用しねえんだよ!!」
叫んだ直後、向かい合った私たちの真横の壁一面が、轟音を立てて一瞬できれいさっぱり吹き飛んでいた。
4階の、かつて壁だった場所から、心地よい風が吹き込み、なかなか遠くまで見通せる絶景が現れた。
目に優しいきれいな夕焼けが、張り詰めていた私の緊張を溶かしていく。
突然の理解不能な出来事に、男たちは愕然として、為す術もなく立ち尽くした。
「やあ、待たせたかい、グラディス」
屋敷を守る結界ごと、4階建ての建造物の端っこをぶった切ったトリスタンが、私の隣に立っていた。
「そうだね。今回は、あくびが出るほど待たされた」
笑顔で飛びつくと、トリスタンはいつものように私を抱き上げてくれた。