反撃
私たちは2階から、最上階の4階まで駆け上がった。
誘拐犯一味の数は、最低で3人。他にいたとしても、そう多くはないはず。秘密保持の面もあるし、そもそも本来はユーカ一人誘拐するだけの計画だったんだから。
階段は中央を貫く一本だけ。左右どちらかの選択で、迷わず左に進む。窓の外を見れば、そろそろ日が傾き始める時刻。まだ『死神』は来ていないからか、それともユーカが側にいるせいか、私の予感に黒い靄の気配はない。
1階からしらみ潰しに捜索されるとして、4階左の最奥から2番目の部屋が、一番最後の終着点になる。
『一番奥じゃないの?』
不思議がるユーカの手を引いて、迷わず部屋に侵入した。見晴らしのいい客間だ。
『部屋をひとつ残らず全部調べてきて、残り2部屋になった時、普通に考えて無力な女の子はどっちに隠れてると予想する?』
『――ああ……一番奥だと思うかな。私も実際そのつもりだったし』
『そう、この部屋が、多分一番最後に調べられる可能性が高い。だから、ユーカはこの部屋に隠れてて。私は一番奥の部屋に隠れる』
私の提案に、ユーカが驚く。
『えっ!? 一緒じゃないの!?』
『実際には、どっちの部屋に先に来るかなんて、その時にならなきゃ分からない。だから先に見つかった方が大騒ぎで暴れて犯人たちをまとめて引き付けて、その隙にもう一人が玄関まで走って、外に助けを呼びに行く』
ユーカは少し考えてから、頷いた。
『分かった。もし私が先に見つかったら、チアリーディングで鍛えた喉で大声上げるから、すぐ逃げてね』
『騒ぎが起こっても、慌ててすぐに部屋から飛び出しちゃダメだよ。多分後から遅れて来る見張りもいるはずだから、奴らが部屋に集まったのを見届けたら合図する。きっと玄関にも見張りがいるから、そいつを攻略すれば、脱出成功だよ』
『――ここって、「正当防衛」とか、ある?』
据わった目で尋ねるユーカの肩を、私は力強く抱き寄せた。
『遠慮はいらない。私とあんたの命の方が大事。あとのことは全部任せて』
『分かった』
この切羽詰まった時、ユーカはごちゃごちゃ言わずに、全面的に賛同してくれた。人と戦ったことなどきっとないだろうに、私の腕の中で迷わず頷いた。
『次に会うのは、自由になった時だよ』
『もちろん』
私も頷き返してから、素早く一番奥の部屋に移動した。
本当は分かっている。最初に発見されるのは私。さっき、今後の展開が見えた。
4階までやってくる男は、全部で4人。あと一人いて、そいつはずっと玄関に張り付いている。
やってきた4人は、一人が中央階段に張り付き、残りの3人で、右端の部屋から順に調べていく。
そして最後の2部屋になった時、一番奥の部屋の私を先に発見する流れ。
私が騒げば、階段を塞いでる残りの一人もこの部屋に駆け付ける。ユーカが脱出するタイミングは、その直後。ユーカには、玄関を見張ってる最後の一人と対決してもらわなければならない。でも根性のある子だから、ベストを尽くしてくれるだろう。
部屋のどこにも隠れず、毎朝の習慣のルーチンで体をほぐした。
久しぶりの実戦だ。今の私には、鍛えた拳も脛も背足もない。ウエイトも筋力も貧弱。何より、決定的な実践不足。複数の男相手に、勝てないことは分かってる。
でも、目いっぱい時間を稼いでやろうじゃないか。勝機は、その先にある。
数十年間続けてきた呼吸法で、精神統一。静かに、その時を待った。
少しずつ近付いてくる気配を感じる。追い詰められた子ウサギを狩る感覚の男たち。気配が隣の部屋――ユーカのいる部屋の扉で止まった。
連中が順番通りに調べていくことは、初めから分かっていた。
ユーカの部屋が最後の捜索場所になると嘘の推測を仄めかしたのは、初めからユーカに、逃げる心積もりを固めさせておくため。引き付け役は、ユーカでは荷が重い。かといって、隙を突いて逃げるなら、一番奥の部屋じゃ不都合。
だから、私が奥、ユーカが二番目の部屋――この配置がベストなんだ。
あとは、敵を私の元に呼び寄せれば予定通り。
私は開いた扉の影に隠れる位置に付く。反対側の部屋の隅に向けて、壁から引っぺがした絵を放り投げた。カタンと、物音が立つ。
よし、気配がこっちに向いた!
やがて、ゆっくりと目の前の扉が開く。最初に入った男は、物音のした方に最初に顔を向けていた。何もないことを確認して、振り返ろうとした瞬間、私の奇襲を食らう。
よし、テンプルに背足直撃! 威力がなくとも、急所を的確に打ち貫けば意識は刈り取れる。今日は急所攻撃の大盤振る舞いだ。死んでも文句言うな!!
最初の一人を一発で確実に沈め、勢いを止めずに二人目の鼻目掛けて正拳突きを繰り出した。ここでもう一人瞬殺したかったけど、残念ながら腕で防がれる。態勢を立て直す前に金的攻撃へと続いたけど、それも体を引いてかわされた。
ただ倒すだけなら、休んじゃダメなとこだけど、いったん部屋の中に引いた。
残り3人、全員部屋に引き入れる必要がある。
「て、てめえ!!」
華奢な小娘の予想外の反撃に、入ってきた男二人は激昂した。
「公爵家の娘を、なめるなあああっ!!!」
威嚇を装い、予定通りの大声を張り上げる。
十数秒後、最期の一人が部屋に駆け込んできた。これで階段はがら空きだ。
私は男達の後ろのベッドの影に向けて、叫ぶ。
「ユーカっ、今!!」
姿が見えないユーカが、そこに隠れてると思わせるために。
男達はユーカの奇襲を警戒して、反射的に視線を後ろに向けた。半身になった瞬間を狙いすまして、一番油断した男の頸椎に、全力の回し蹴りをクリティカルヒットさせた。人形のように崩れ落ちる様子を、次の構えを取りながら確認する。
ああ、いやな感触だ。脛の痛みより、気分が痛い。ケンカで技を使ったことなんて一度もなかったのに。この感覚を避けるために、三周目でも戦闘の道は選ばなかったんだろうなと、今更実感する。
ここの格闘術は、シャレにならない。スポーツではなく、トドメを刺すこと自体が目的の超実践武術。この世界では当たり前の感覚でも、私のメンタルには決定的に合わない。
懐かしい痛みを手足に感じながら、それでも集中は途切れさせない。ユーカが、私の合図と同時に部屋を飛び出したのが分かる。
奇襲はこれで打ち止めだ。二人戦闘不能にしただけで、今の私には上出来。
あとはここで、二人を足止めする必要がある。
ああ、厳しいな。もう油断はないし、仲間を二人やられて怒り狂ってる。二人とも刃物を手に、私を囲む。
とにかく動き回って、逃げを主体に組み立てるしかないか。掴まれたら負けが確定。こんなヒラヒラなドレスと長い髪じゃ、掴まれて即アウトじゃないか。
でも脱いだら脱いだで、確実に別の危機があるからな。
この場をうまく切り抜けられたら、これからはドレスの隠しポケットに、メリケンサックくらい潜ませとくか。




