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素顔

「……わざと、ですか?」


 少しの沈黙の後、ユーカが涙がにじんだままの目で訊いてきた。


「私を心配で、一緒に、来たですか?」


 この半年、無理に無理を重ねてコントロールし続けてきた感情に入ったヒビが、徐々に広がっているのが分かる。


「私、厄介者! いない、なっても、誰も困らない! だから、偉いグラディス様、一緒にっ……」


 誘拐犯の元という極限状態で、かぶった仮面がポロポロとはがれていくみたい。

 心の中に押し込めてきた本音が口を突いて出るさまを、私は無言で見返す。


 ユーカの言葉は全部事実。みんなユーカの存在を持て余している。どういう存在なのか、どう扱えばいいのか。いなくなれば、ほっとする部分は間違いなくある。私が一緒でなければ、無事であることを前提とした、真剣な捜索がなされるかすら怪しい。


 言葉も文化も違う。家族も、心から頼れる存在もない。今まで身に付けてきた、あらゆるものが役に立たない。誰も、自分を本当に大切に思ってはくれない世界。

 どれだけ心細いことだろうか。

 いい子でいなければ、扱いやすい無害な好人物を演じ続けなければいけない――そんな強迫観念に、苛まれていただろう。少しの隙も見せられない。

 機嫌を損ねて見放されたら、この世界で、一人で生きていけない。


『なんで、なんで私ばっかり、こんな目にっ……世の中、不公平だあっ……!!』


 ユーカは、こらえきれずに日本語で絶叫した。


 やっと言葉にしたね。本当の、気持ちを。きっとそれを認めたら、崩れ落ちたまま立ち上がれなくなると、必死で自分を奮い立たせていたんだろうね。


 私は縛られた体でにじり寄って、泣き崩れるユーカにぴったりと身を寄せた。


「大丈夫。私は、あなたの支えになる。絶対に見放さない。倒れても、立ち上がれるまで手を貸すわ。あなたが、この世界でちゃんと生きていけるように。たとえあなたが()()()でなくても。だから自分を偽らなくてもいいの。私は、本当のあなたと、友達になる」


 ユーカは、否定的な表情で首を振った。


『グラディス様は、あなたは、全てに恵まれてるから、そんなことが言えるんだよ! 良いおうちのお嬢様で、すごくきれいでスタイルも良くて、家族もいて、芯が強くて性格も良くて、みんなにも好かれてて……そんな漫画みたいな人が実際にいるなんてっ……本当に、世の中不公平だっ! お嬢様が気まぐれでそんなこと言ったって、きっと機嫌を損ねれば、すぐに私を嫌いになって見捨てるに決まってるじゃない!』


 高ぶる感情のままに、ユーカは本音を言い返す。伝わらない日本語だから言える、って部分もあるんだろう。私には分かるんだけど。


「あなた、一つだけ勘違いしているわ」


 にっこりと微笑んで、黒い瞳と視線を合わせて言った。


『私、性格はそれほど良くない』


 日本語で。


『いつもじゃ困るけど、たまになら八つ当たりも受けてあげるよ?』


 涙がピタリと止まったユーカが、唖然とした顔で私をまじまじと凝視した。


『私もトロイと同じ、日本人からの転生者なんだ。これ、内緒ね?』


 しばらくぽかんとしていたユーカは、やがて脱力した。


『なに、それえ……は、はは……』


 呟いて、そのうち声を上げて笑い出した。張り詰めた緊張の糸がいい意味でプツリと切れ、やっと深く息が吸えたように。


 笑うユーカを、私は微笑んで見ていた。

 ユーカの表情が、造ったものじゃない、自然なものに変わっていく様子を。


『少し、落ち着いた?』


 しばらく待って、聞いてみる。本来のんびりしてる状況じゃないからね。ちゃんと事態に対応できる精神状態になってもらわないと。

 ユーカは、しっかりと気を取り直して頷いた。


『うん、大丈夫。私のことを、理解できる人がいると分かっただけで、なんだかすごく心が軽くなった』

『トロイは?』

『あの人は、基本親切なんだけど、あまりお近づきになり過ぎたくはないというか……私の周りの女の子、片っ端から口説いてるんだもん』

『ああ、目に浮かぶわ』


 二人で顔を見合わせて、笑った。


『さて、久し振りの日本人とお喋りを楽しみたいとこだけど、それは後にしよう。まずはこの状況を何とかしないと』


 両手両足を縛られた状態で、もぞもぞと立ち上がる。ユーカもそれに倣う。


『せっかく倉庫にいるんだから、縄が切れそうなもの探そう』

『分かった』


 二人で手分けして、棚にぴょんぴょんと跳んで行った。捜しながら、小声でお喋りを続ける。


『グラディス様、戦える人?』

『グラディスでいいよ。ユーカと大差ないかな。ダンスで鍛えてる程度』

『え~、魔法とか、剣とか使えないの?』

『まったく。前世なら空手で世界一になったこともあったんだけどね。こっちでは戦ったことなんて一回もないな』

『空手で世界一!? スゴイ! 私の町にもいたんだよ。もしかして知ってるかなあ? 格闘4兄弟とかってテレビにも出てて、結構有名だったの。その末っ子の女子選手なんだけど、私が召喚される前の日に、落雷直撃で死んで、すごいニュースになってたんだ。ああ、でも世代が違うかな? グラディスの転生は十何年も前ってことだよね?』

「……」


 ちょっと待て。それは私だ。


 私、この世界に来て、合計70年は経ってるんだけど、召喚直前のユーカにとっては前日の出来事?

 偶然なわけがないな。ここと、日本のあの町のあの時代は、繋がってるってことか? 私の他、トロイとかパティスリー・アヤカとかユーカとか、日本人率高過ぎと思ってたけど、もしかしてみんなほぼ同じ時と場所から来てるってこと?


『グラディス?』

『ああ、なんでもない。これ、使えるね』


 頭を切り替えて、棚の上の壺を顎で示した。後で考えればいいことだ。


『な、なんか、もの凄く高価そうなんだけど……』

『うん、200年前の一流陶芸家エヴァンスの晩年の作品だね。漂う風格が違うよね』

『……それは、超高いってこと……?』

『命さえ助かりゃ、どうとでもなるよ』


 カッコ悪いのも構わず、頭と肩を駆使して、えっちらおっちら棚からなんとか壺を落とした。ガシャンと床に音を立て、骨董品がガラクタに変わる。


『ほら、破片拾って』

『う、うん。……グラディスって……もしかして、かなりガサツ?』


 引き気味のユーカの質問には、答えなかった。

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