ティルダ・イングラム(従姉妹)
何あれ!? ダンスをしてたはずのグラディスと異世界人が消えた!? ……と思ったら、トリスタン叔父様がそこに飛び込んできた!!
もう、何がどうなってるの!!? わけが分からない! グラディスはどこ行っちゃったのよ!?
「全員そこから動くな!!!」
二人が消えた場所に仁王立ちした叔父様は、身がすくむほどの殺気を込めた怒号を発した。普段のとらえどころのない雰囲気なんてどこにもない。ヤダ、怖くて動けないわ。会場中が、凍り付いてる!
「ジュリアス!!」
叫んだ直後には、すでにジュリアスさんが叔父様の隣にいる。あら、お父様もいつの間にか、ちゃっかりあっちに混ざってるわ。私たちは一歩も動けないのに!
「おい、一体何が起こってんだよ」
お父様が、会場全員の疑問を代表して言ってくれた。そうよ、何が起こってるの?
「兄上、グラディスは?」
ジュリアスさんは冷静に周りを一瞥して、トリスタン叔父様に訊く。
「さらわれた」
え!? さらわれたって――まさか、誘拐!? 二人とも、誘拐されちゃったの!?
「どのように?」
背中しか見えないけど、いつも穏やかなジュリアスさんの声、抑揚がなくなった?
トリスタン叔父様は、二人が消えた場所を指差した。
「この場所に魔法陣が現れた。直径36センチ高さ184センチの紫色の光が0.1秒光った瞬間、ダンスの最中のグラディスともう一人が包まれて消えた」
「おそらく、700年ほど前に失われたという、フラナガンの転移魔法陣と推測します。だとすれば、転送先は半径6.5キロ圏内、まだ王都内にいるはずです。直ちに封鎖の手配を要請しましょう」
「もっと絞れないか?」
「転送先の可能性として高いのは、長期間地脈の魔力が安定している2区か14区が考えられます。また、地上よりは地下の方が更に安定度が高いかと」
「とりあえず14区から当たってみる。お前ら、あと頼む」
凍りそうな沈黙の中、二人の声だけが響いてる。ちょっと、ラングレー兄弟だけで勝手に話進めないでよ!
「お、おい、あと頼むって!?」
聞き返すお父様を放って、トリスタン叔父様はさっさと出て行ってしまった。
「マクシミリアンも行きなさい」
「はい!」
あ、義弟もいたのね。当然のようについてったわ。
残ったジュリアスさんが、こっちを向いた。うわ、こわっ! あの人、笑顔以外の顔できるの!?
「皆さんにお願いがあります」
無表情で、会場の人たちに語り掛けてきた。
「この魔法陣は、目視の元で行われる種類のものです。つまり、犯人はこの会場内にいます。グラディスの無事が確認できるまで、ただの一人もこの場から動かないでいただきます。ぜひご協力をお願いします」
トリスタン叔父様が去ったことで金縛りが解けた私たちに、けっこうとんでもない要求突き付けてきたわ。
冗談じゃないわよ。なんでグラディスなんかのために、私がそんな目に遭わないとならないのよ。私だって捜しに行きたい! ずっと魔術は磨いてきてるのよ! 私の凄さを、あの生意気な女に見せつけてやるんだから!
「いくらなんでも、それは横暴ではないか!?」
「何の権限があって我々を拘束するつもりです!?」
当然の反応がちらほら返ってくる。ジュリアスさんは一人一人と目を合わせて、笑った。いつもとは全然違う笑顔だわ。
「では、自己責任でお願いします。この会場から一歩でも出た方は、後日ラングレー家の総力を挙げた報復を受けていただきます。これは決定事項です」
こ、こっわ~~~~~~~!!!! どストレートの脅迫!?
また会場中が金縛りになってる!! 全員顔は覚えたからな、って幻聴が聞こえたわよ!?
しかも拳に闘気を纏ってるわ。最初から誰一人一歩も出す気ないじゃない! 出ようとしたらみんなの前でボコられて、無様に沈められた挙句、後日報復まで受けるってこと!?
弟の方もヤバイわ! ただの学者じゃなかったの!?
いつもグラディスを囲んで甘い顔してるだけの連中じゃなかったの!? ラングレー家って、どいつもこいつも頭イカレてるわ!!!
「おいおい、ジュリアス~……」
「可愛い姪の危機ですから、当然イングラム家もご協力いただけますよね?」
「お、おう……」
お父様、よわっ!! いや、でも、アレは逆らっちゃダメよ。この場で力で勝っても、なんか後が怖そう。さすがの私も、挑む気も起らないわ。
あら? でも、ジュリアスさんのとこに誰か行った。勇気ある招待客ね。
「ジュリアスさん。我々フジー・ユーカの護衛班は、直ちに対象の捜索に向かいたいのですが」
あ、あれ、アヴァロン家のルーファス様だわ! 護衛? 異世界人の私服警備に入ってたのかしら。珍しく、とても焦った顔してる。目の前でかっさらわれて任務失敗じゃ、カッコ付かないものね。それとも、そんなにユーカとやらが心配なの? 少しはグラディスの心配もしなさいよ。私はしてないけど!
でも、反応は芳しくなさそうね。ジュリアスさんの笑顔が消えたわ。
「もう一人というのは、ユーカ嬢のことでしたか。申し訳ありませんが、ここにいるすべての者が容疑者です。ルーファス君も例外ではない。招待客も、護衛も、使用人も、一人残らずここに留めおいていただきたい。それが一番、グラディスとユーカ嬢の安全に繋がります。強力な術師を、確実にこの場に足止めできるわけですからね。その許可は、これから直接陛下と宰相に掛け合ってきますからご心配なく。これは特殊な魔法陣ですし、ユーカ嬢が関わったことからも、例の魔法陣事件と関連する可能性は濃厚です。今まで全く手掛かりのなかった犯人に直結するのですから、快くご協力いただけるでしょう。その邪魔をする者は、むしろ事件の関与を疑われても、やむを得ないところです」
全くよどみなく不許可。相手がルーファス様でも取り付く島もない。しかも異論を唱えたら、誘拐事件どころか、魔法陣事件の犯人扱いされるってこと?
「一つ疑問なんだが、誘拐犯の狙いは、グラディスと、そのユーカ嬢とやらの、どっちなんだ?」
あら、お父様。重い空気の中、うまい具合に緩く割って入ったわね。
「ユーカ嬢です」
ジュリアスさん、迷わず断言。ホント、天才ってのはよく分からないわ。後から来たんだから、何も見てないんじゃないの? 召喚された異世界人か、公爵令嬢か……どっちもありそうなのに。魔法陣事件関連だから、ユーカってこと?
「根拠は?」
「自分の危険だったら、グラディスは一人でさっさと逃げます」
「――ああ、納得した」
「なるほど、確かに」
お父様もルーファス様も、あっさり受け入れ過ぎじゃない? なに? グラディスは一人で逃げ出す卑怯者ってこと? どう解釈すればいいの? まさか、ユーカの危険に、わざわざ付き合ってあげたとでもいうつもり?
「では、直ちに王城へ向かいます。クエンティンさん、ここはお願いします。一人も外に出さないでください」
「それはいいけど、俺はいいのか? ラングレーの人間以外、全員容疑者なんだろ?」
出て行こうとするジュリアスさんに、お父様が尋ねた。そうよ、なんでお父様だけ信用されてるの? ズルいわ。えこひいきよ。私だって血の繋がった従姉妹なのに!
「兄が動くことを許した時点で、白と判断します。理由は兄に聞いてください」
時間が惜しいとばかりに、ジュリアスさんはさっさとホールを出て行ってしまった。
「あああああ……」
ん? 私の横で、うずくまって呻いてる男がいるわ。確か、異世界少女ユーカのパートナーだった軽薄男ね。パートナーが誘拐されたら、当然責任も感じるでしょうね。
「デートの約束がああああ……」
――クズね。ザマミロご愁傷様。と思ったら、なんかこっち見てる。
「ああ、美しいお嬢さん。傷心の僕を慰めていただけませんか? 新しい出会いに、乾ぱ、げふっ!」
とりあえずヒールで蹴り飛ばした。なんか、これもご褒美とか言ってる。気持ち悪いわ。
とにかく、一つ学習した。ホントにヤバい奴は、普段そうは見えないのよ。これから気を付けよう。もう子供じゃないし、ケンカ売る相手はきちんと選ばないと。
それにしても、グラディスときたら!! 誘拐されるなんて、たるんでるんじゃないの!? この私以外に負けたら許さない! ふらふらしてないで、さっさと戻ってきなさいよ!
私はまだ踊り足りないのよ。あんたより絶対うまくなって、今度こそ悔しがらせてやるわ!