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誘拐

 体がブラックホールにでも吸い込まれたかのような錯覚。それも一瞬で消え、さっきまでのパーティー会場とは違う静寂が耳に届く。

 私の腕には、堅く目をつむり、身を縮こまらせたユーカがいる。


「うわっ!?」


 男の声が近くで聞こえ、そちらに目を向けた。


「マジかよ。ホントに現れた」


 3人の男が、私たちの方を見て驚いていた。一目見て、まともな職種ではないと分かる。っていうか、いかにも下っ端のチンピラだな。


「いや、だが一人多いぞ。どっちだ?」

「黒髪の娘って話だろ?」


 連中が戸惑った会話をしてる間に、状況確認をしとこう。


 私たちの足元に、特殊なインクで書かれたらしい魔法陣がある。ここに出現するように設定されていた転移魔法陣だろう。私たちはあのパーティー会場から、一瞬で誘拐されたんだ。

 ちなみにこの世界には、瞬間移動的な魔法はない。大昔にはあったらしいけど、すでに失われてる。残ってれば、馬車で何日も移動する必要なんてなかったのに。


 扉も窓もない部屋。階段が天井に向けて伸びている。備え付けの魔道具の照明で、普通に明るい。結構広いけど、飾り気はない。たくさん並んだ棚には、大小さまざまな木箱が並び、大きなものには白い布がかぶせてある。


 それだけで、この場所がそれなりの貴族の屋敷の地下倉庫だろうと予想が付く。

 むき出しで見える品の質が高いし、使用頻度の少ない備品置き場に、高価な照明が常備されてるだけでも、高い経済力が分かる。


「グラディス、様……?」


 ユーカが恐る恐る目を開けた。その目には、明らかな恐怖がある。この世界に召喚された時のことを思い出したんだろう。


「転移魔法で誘拐されたわ。でも、必ず助けは来るから、それまで頑張って」


 耳元でささやくと、今度は絶望の色に変わる。そりゃそうだろう。誘拐されて連れ込まれた異国で、それでも生活を立てようとなんとか必死に頑張ってるとこで、また誘拐とか。しかもその目的は生贄にするため。――ちょっと酷過ぎる。


「大丈夫よ。私が付いてるわ。今はこの場を切り抜けることだけ考えて」


 根拠なんてなくても、そう言うしかない。ユーカは必死で気力を振り絞った顔で頷いた。

 むしろ、今ヤバいのは、私の方なんだけど。


「とりあえず用があるのは、黒髪だけだ。お前はこっちにこい」


 話がまとまったらしい。男の一人が下卑た顔で近寄ってくる。

 ああ、やっぱり! 来ると思ったんだよ。こういう時美少女はヤバイ。本気で貞操の危機を感じる。


 私の腕を掴もうしたその手を、蹴り上げる。


「てめえ!!」

「私はあなたたちの雇い主にここに送られてきたのよ! 勝手なことをすれば、報酬はもらえないわよ!? 疑うならあの黒いフードの男に聞いてみなさい!!」

「旦那が?」


 男が聞き返した。よし、アタリだ! 喰いついた! 更にハッタリで畳みかける。


「あいつはいつここに来るの?」

「こ、今夜中には来るはずだが……」

「そう、だったら、それまで現状維持に努めたほうが利口だわ。私はグラディス・ラングレー。トリスタン・ラングレー公爵の長女よ。何かに利用するつもりで誘拐したのに、あなたたちのような下働きが勝手な真似をしてもいいの?」

「……グラディス・ラングレー……?」


 男たちは私をじろじろ見ながら、再び相談タイムに入る。私の悪評は、この容姿とともに広く知れ渡ってる。滅多にはお目にかかれない美貌と衣装と高飛車な態度から、偽物とは疑われないだろう。何の意図もなく公爵令嬢を誘拐してきたなんてはずはない。普通に考えれば。

 まして、実際は自分から飛び込んできた招かれざる珍客だなんて、思うほうがどうかしてる。


「旦那が戻ってくるまでだ。ここで大人しくしてねえと、痛めつける理由ができるからな」

「分かったわ」


 脅してくる男に、内心『よっしゃ~!』と叫びながら、気丈な風を装って頷く。


 ひとまず時間稼ぎは成功だ。

 しかもカマをかけたおかげで、いくつかの情報も入った。


 私たちが、転移なんて逸失魔法で現れたことに、半信半疑で驚いていた男たち。まともな情報を持たされてない。仲間どころか、必要最低限の指示しか受けていない雇われ者だ。下手したら、使い捨ての手駒でもおかしくない。


 だからまず『雇い主』のキーワードを出してみて、手応えを探った。本当は何も知らないのに。更には、ためしに『黒いフードの男』も。

 実は転移魔法を実際我が身に食らった瞬間、はっきりと黒いフードのローブのイメージが頭に過ぎっていた。目深にフードをかぶった全身黒ずくめの、まるで死神のような姿。その中身がドクロでも驚かないくらいの、禍々しさ。

 術者があの男本人である確信があった上での誘導だ。


 男たちの反応からも、この誘拐事件に、前世からの懸案事項『黒いフードの男』――私にとっては死神同然のあいつの関与が確定した。それはつまり、生贄魔法陣事件の犯人とイコールになる。

 更にはあいつがこの男たちの雇い主であり、『旦那』と呼ばれて、面識があることも判明した。


 私の敵である黒いフードの男――めんどくさいから『死神』と呼ぼう。あいつの、一連の魔法陣事件との関連が、疑念からやっと確信に変わった。だとすれば、私を殺す動機は、グラディスだからではなく、大預言者だから、の可能性が高い。


 あいつが、夜にはここにやってくるという。正直、怖い。二周目の最期の記憶に残る、私が殺されるビジョン。私の『死神』。


 私は予言の年齢に届いたのだろうか。あいつが来たら、ここで殺されるのだろうか?

 私の本領は危機回避であって、回避し損ねた場合、打つ手があまりない。守りをすべて失った王将の気分だ。どこまで逃げられるだろう。


 いや、弱気は駄目だ。ユーカが不安そうに見ている。


 あれだけの注目の中で誘拐されたんだ。すぐに捜索は始まるはず。助けが来るまで、時間を稼ぐんだ。


 今夜中と言っても、範囲は広い。少なくとも夜まで、あと5時間はある。男たちは、私とユーカを縄で縛りあげてから、倉庫を出て行った。


 二人だけで残され、私たちは思わず床にへたり込んだ。力を抜いて長い息を吐いた私の横で、ユーカがこらえきれずにとうとう泣き出した。


「ごめんなさい……悪い人、黒髪、言った。目的、私です。グラディス様、ごめんなさい……」


 号泣しながら謝るユーカ。私を巻き込んだと思ってるんだ。こんな時まで、いつまでいい子を続ける気だ。


 私は自由になる頭で、ユーカのおでこに頭突きをした。


『いったあ!?』


 ユーカは思わず、日本語で叫ぶ。


「今気にすることはそれじゃないわ。お父様たちが、総力を挙げて私たちを捜しているはずよ。いざという時、すぐ動けるように覚悟を決めておきなさい」


 努めて落ち着いた声で、涙目のユーカに言い聞かせた。

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