ダンス
大分最近まで勘違いしていた、残念な事実がある。
ソニアと一緒にバルフォア学園に入学するものだと思ってたら、ソニアは一周目で言うところの早生まれだった。私より1か月年上なだけなのに、私より1年先に入学してしまうとは……。ちょっとがっかり。
おかげで入園目前の準備で忙しいらしく、今年の社交シーズンで予定が全く合わなかった。
同じく今年入学のティルダは、あちこちの茶会やらパーティーやらにちょこちょこ出てるらしい。あんた、準備はいいの?
私を負かしてやると意気込んでるようだけど、その前に、ソニアというデカい壁が間違いなく立ちはだかってるからね。
文武両道容姿端麗、おまけに魔法もかなりのものだから、私よりよっぽどバランスいいのに。世間的には私、公爵家の直系なのに魔法も剣も使えない、ただの浪費家我儘お嬢様だし。
魔力が強い分ティルダの方がよっぽど有利なのに、やたらライバル認定してくる不思議。まあ、去年のお遊び以来、一年経っても火が消えないんだから、ある意味もの凄い執念と根性の努力家だわ。
約半年ぶりに会ったティルダはナイスバディに磨きをかけて、15歳にしてすでに、ほぼ理想的なセクシー体型になってた。
今日のパーティーで私とバッティングして、さっきから絡んでくる。
「あんな離れた場所から姿を見つけるなり、わざわざ私の元まで来てくれるなんて、よっぽど私のことが好きなのねえ」
思わず感心した。私は嫌いな人間にはそんな情熱をかけられない。興味がなければここまで絡めないんだけど。
「相変わらず、自分に都合のいい考えしか持てない残念な頭をしてるわね! 目障りだと言ってるのよ!」
ティルダは顔を真っ赤にして怒る。隣にはお目付け役の兄、アーネストが困った顔をしている。でもアーネストもマックスも、女の戦いに介入する蛮勇の持ち合わせはないらしく、お互いのパートナーの隣で黙って観戦中。
「あら、あなたも大分目立ってるわよ? やっとご自分に似合うドレスをご理解なさったのね? 今日のはとっても素敵」
細かい点はいろいろあるけど、及第点をあげると、ティルダの頬がピクリと動く。
「ふ、ふん! 今更ご機嫌を取ったって手遅れよ!」
あら、嬉しそう。私にちゃんと褒められたの、初めてだもんね。分かり易くて可愛いなあ。この子の指導は鞭9・飴1くらいがちょうどいいか。すぐ調子に乗るけど、やればできる子だから、もっと磨いてみたくなる。
「あとはダンスよねえ。せっかくの素敵なドレスが泣いてるわ」
さっき見たけど、アーネスト相手に辛うじてドタバタやってる残念な感じだった。私はマックスと踊りながら、もの凄くもったいなく感じていた。せっかく妖艶な雰囲気なのに、あれがいわゆる残念美人というやつなのか。
「ちょっといい加減にしてちょうだい! 今度はダンスなの!?」
ティルダは思わず、といった様子で金切り声を上げる。
体型を貶されてダイエットをし、正面対決で負けて魔力を磨き、似合わないと馬鹿にされた衣装問題も今回クリア。と思ったら新たに出されたダンスの課題。悲鳴を上げてしまうのもわからなくはない。
あれ、それにしても、ホントに頑張る子だな。これは従姉妹としても、是非自分磨きの応援してあげねば。
「ふふふ。私、ダンスは得意なのよ? なんならリードしてあげましょうか? 今よりずっと素敵に踊れるわよ」
「あんたがリードですって!? やれるものならやってみなさいよ!」
私の他愛ない挑発に、ぱくりと食いつく。なんだかはしゃぎすぎる愛犬に、右に左にとフリスビーを投げつけてる気分だ。ダメな子ほど可愛いというやつか。
「ティルダ、いくら何でも、それは……」
「一度言い出したら、もう無理だから」
「……ああ、うちもだ」
制止しかけたアーネストは、マックスの諦観した助言にため息をついた。どちらも大変な姉妹を持ってご愁傷様です。
「お嬢さん、お手をどうぞ」
「下手なリードだったら許さないわよ」
私がリーダーになって、ティルダとホールドを作る。数年前とは段違いに細くなった腰に手を添えた。
おおう、このダイナマイトに、ちょっと興味があったのだ。私は長身のモデル体型だから、ティルダより10センチは目線が上にある。私も結構なものだったつもりなんだけど、それ以上に谷間がなんかすごいことになってる。ああ、ちょっと顔を埋めてみたいかも。そして是非『インパクト』の下着のモニターをお願いしたい。
音楽とともに、ステップを踏み出した。
突如始まった美少女同士のダンスに、ホールの視線が一斉に集まるのを感じる。しかもどちらも公爵令嬢、注目度マックスだ!
ああ、楽しー!!
ティルダが隙あらば私の足を踏もうとしてるけど、そんなのに捕まるわけないでしょ。諦めてダンスに専念しなさい!
今日のドレスは膝丈で、足さばきも快調。優雅ながら男性的な身のこなしを、意識的に演出してみる。強調した重心移動で、フォローしやすくしてやったら、ティルダの動きが目に見えてスムーズになった。
元来戦闘一辺倒の武骨なイングラム家には、ダンスの名手なんていないだろうからなあ。ほら、新しい世界を開いてやろうじゃないか。
ティルダが驚いたように、私の目を見上げる。
「ふふふ、リーダーが上手だと、ダンスが楽しいでしょ?」
「ふん! ぜ、全然よっ。相手があんただってだけで、マイナスなのよ」
不満そうな言葉とは裏腹に、なんかすごい笑顔なんだけど。本人気付いてないね。
これが世に聞くツンデレか。前にノアに言われた、クールな猫が甘えてきたってやつ。これは確かにたまらんわ。思わず抱きしめたくなる微笑ましさだ。
曲の終わりとともにフィニッシュを決めたところで、周囲から歓声が上がった。
ティルダが思わぬ拍手に、目を丸くした。照れて緩みかける表情を、無理やりつんとさせる。ああ、これはハマったな。
「楽しかったでしょう?」
「別にっ! ……でも、たまにだったら、また踊ってあげてもいいわよ」
「ふふふ、じゃあ、それまでにもっとうまくなっていてね。基本が大事なのは魔法と一緒よ」
君は努力を惜しまない子だからね。本当に次が楽しみ。
体を離して周りを見ると、トリスタンとクエンティンが遠くから拍手してた。父親同士も一緒にいたのか。ジュリアス叔父様は姿が見えないから、何かの商談で別室にいるんだろう。
マックスの元に戻ろうと動かした視線が、ある一点で止まった。
笑顔で私の元に歩み寄ってくるトロイ。その横には、一度だけ見たことのある、黒髪の少女がいた。