変化
「なんか押しかけちゃったみたいでごめんね」
私は通された応接室で、迎え入れてくれたルーファスにまず謝った。
「いえ、お気になさらず。私もお会いできて嬉しいですから」
ルーファスは笑顔で答え、着座を促してくれる。
「ありがとう」
アヴァロン公爵家の王都別邸で、ルーファスと向かい合う形でソファーに腰を下ろした。
前々からルーファスから話を聞く機会をうかがっていたけど、お互い忙しくてスケジュールが合わなかった。社交シーズン直前、本格的に忙しくなる前に、やっと今日の訪問がかなったところ。
普段のルーファスは王城の騎士宿舎に詰めているから、目立たずに会うのがなかなか難しい。お互い人目に付く性質なのも、こういう時は考え物なんだよな。
ロクサンナとの友人関係だってオープンにしてるし、別に今更ルーファスとの交友が知られても特に不都合はないんだけど、今日の用事は秘密の話だった。
日本人少女ユーカについてだからね。
あの子が召喚されてから5か月、アイザックとの手紙のやり取りでそれなりの情報は得ていたけど、報告書みたいな内容じゃなくて、もっと身近な話が聞きたかった。それで、警護でたまに接することのあるルーファスに訊くことにした。トロイに直接ってわけにはいかないし。
お茶を用意したメイドを下げさせて、完全に二人だけになってから、早速本題に入った。
まずはユーカの現状。
現在、もっとも警護の厳重な王城の客間で、この国で生活していく上で必要な知識を学んでいる最中だ。私がアイザックに頼み込んだこともあって、軟禁状態ながらも、丁重な客人扱いを受けているらしいからまずは一安心。
「もう大分、こちらに馴染んできたようですよ。本人が前向きなのもありますし、気さくなので世話係の面々と良好な関係も築けています。最初の頃は、警護の我々にまで構わず話しかけてきて困りましたが」
「まああの年じゃ、しょうがないでしょ。職責とか身分とかの概念もないだろうし」
ルーファスの語る印象に、苦笑する。まあ、護衛対象から気さくに対話を求められたら、SPも確かに困るだろうけど。
「言葉は?」
「トロイの指導もありますし、何より熱心に学んでますから、片言ですが大分意思の疎通はできるようになっています」
「それは凄いね。どんな様子?」
「元気で明るくて、何にでも意欲的に取り組む感じでしょうか」
「……」
思わずため息をつく。
「何か、問題が?」
「あまりいいとは言えないね」
自分自身の経験、教師としての経験、どちらからも好ましいとは思えない。
「いい子過ぎるよ。今はがむしゃらに目の前のことに取り組むことで、自分を持たせてる状態なんだろうね。今、どんどんストレス溜めこんでるとこだ。感情を抑えすぎると、後からだんだんきつくなる」
友達でもできれば、少しは違うんだろうけど。
「トロイはどうしてるの?」
「珍しく、距離を置いてる感じですね。軽いのはいつも通りですが、どこか事務的というか……」
「……ああ、そっちはそっちで拗らせちゃったか。悪いことしたな……」
思わず頭を抱えた。そうだよな。私が自分の葛藤をトレースしてるように、トロイだって思うところはあるだろう。まして目の前で彼女の苦悩を見せつけられてたら。
でも、他に方法が思いつかなかった。
「なんか、グダグダだ……」
珍しくちょっと自己嫌悪。そんな私を、ルーファスはもの言いたげに見ている。
「いいよ? 聞きたいことがあるんでしょ?」
さすがに聞くだけ聞いてご苦労さんとはやらないよ。
「あの少女が現れた時、どうしてあんなに怒ったんですか?」
ルーファスは真っ直ぐに見つめてきた。その目には、すでに答えがあった。
「もう、分かってるんでしょ?」
少しの間の後、ルーファスが頷く。
「初めてザカライア先生に会わせた日、トロイが嬉しそうに言ってました。先生は僕と同じだと。トロイは今、あの少女……ユーカと同じ国からの転生者だと、認識されています。……だから……」
「うん、そうだよ」
生徒の解答に丸を付けるように、認める。
「あの子を見てると、昔の自分を見てるようだった。あんな目に遭わせた奴に、無性に腹が立った。私だって日本語は喋れるのに、トロイに世話を押し付けたのは、耐える自信がなかったからなのかもね」
自嘲的に呟く私に、ルーファスは穏やかに微笑んで見せた。
「あなたは、随分変わられたんですね」
「――変わろうとは、思ってるよ……」
その結果、持て余した感情に時々振り回されて苦労してる。それでも、前と違って、すごく生きている実感を持てるから、このままでいこうと思える。
「私はずっと、あなたを神のような人間離れした存在だと思っていたんです。私など、到底及びもつかないような、全く別の次元の人種なのだと。子供の頃の印象が強過ぎたんですね。目の前のあなたをちゃんと見てみれば、馬鹿馬鹿しい考えです」
「がっかりした?」
「いえ。今のあなたの方が、ずっといい。……私の先生を変えてしまった人物を、妬ましく思いそうなくらいです」
「君は、私に教師を求めてたんじゃないの?」
「いつまでも先生に頼る子供じゃありませんよ。もう、私を生徒扱いする必要はありません。あなたはあなたらしくあればいいと、今は思います」
私を思いやるように答えるルーファスに、心の中のモヤモヤが少し晴れた気がする。本質は変わらないのに、人は成長するものだな。あの小さな子供だったルーファスが、今は立派な青年になって私を励ましている。
嬉しさを感じながらお茶を口にしようとして、手を止めた。口を付けずにソーサーに戻す。
「どうかしましたか?」
「これ、ブランデー入ってるね」
「ああ、以前のお好みだったと記憶していたのですが、今は違うのですか? ではすぐに変えさせましょう」
ルーファスがすぐに人を呼んで、指示を出す。速やかに私の前の紅茶が普通のものに取り換えられた。
それにしてもよく覚えてたもんだな。あの頃は、下手したらブランデーの紅茶割状態だったからかな。
「ゴメンね。どうも私アルコールが全くダメなことが、この前発覚してね。キアランとノアの前で、とんでもない醜態見せちゃったんだ」
「――先生の醜態……興味があります」
「青少年を赤面させちゃったとだけ……で、自宅以外で絶対飲むなと、厳命された」
「……なるほど」
ルーファスはそれ以上の追及はしなかった。どこかほっとしたような、面白くないような、複雑な表情をする。
「前からお見掛けして、薄々気づいてはいましたが、グラディスを変えたのは、やっぱりキアラン王子ですね」
「ああ……言われてみれば、確かにきっかけはそうだね。まったく、あの時は十かそこらの子供にしてやられたよ」
思い出して、思わず苦笑した。
授賞式でのパーティー。あの日まで、感情の揺らぎなんてろくになく、その場限りにただ生きてきた。思えば、あの時泣けたから、今の自分がある。少しずつ変わってきている自分が、私は嫌いじゃない。戸惑うことは多くとも。
「この私が、泣かされたんだよ。信じられないでしょ」
「――やっぱり、嫉妬しそうです」
「なに? 今頃、口説きたくなってきちゃった?」
軽い冗談に、ルーファスは困ったような表情をした。
「そういうわけにはいかないんです。残念ですが」
否定は予想通りだけど、残念とな?
「実は、来年度から、週2日ですがバルフォア学園で戦闘訓練の教官をすることになりましたので」
「おお、君、先生になるの!?」
「そういうことです。たぶん、王都に滞在する予定の数年間は続けるはずです」
「じゃ、君が先生で私は生徒になるわけだ」
思わず笑ってしまった。学園に入ったら、教師陣に教え子がいることも想定はしてたけど、まさかルーファスもか。
「それじゃ、教え子には手を出せないねえ。ルーファス先生」
「はい、残念です。離職するか、卒業までフリーだったら改めてチャレンジします。待っていてもらえたら嬉しいです」
「……あんたは、どこまで本気でどこまで真面目なんだか、よく分からないねえ」
「私は大体いつも本気で真面目ですが」
うん、それは分かってるんだけどね?
もう生徒じゃない宣言に、マックスの弟じゃない宣言を思い出した。
でも、私の心が動かないうちは、モテ期が来てもしょうがないしな。猫に小判、豚に真珠、宝の持ち腐れ。昔熱中した物語の中のヒロインはイケメンに意味ありげに迫られるたびに、ぽっぽぽっぽと誰彼構わずときめいてたもんだよな。少しその遺伝子を分けてくれ、マジで。
まあ、実際チャレンジされた時に考えりゃいいか。考えなきゃならないことは、他にたくさんあるからね。




