表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/378

トロイ・ランドール(同郷人・魔導師)

 僕の人生は、消化試合みたいなものだ。


 12歳の時、家族旅行に出かけるところで、自動車事故に遭った。多分、あの時死んじゃったんだろうな。どうせなら旅行帰りだったらよかったのに。


 そしてなぜか、剣と魔法のファンタジー世界に転生してしまった。生まれた家は由緒正しい魔導の大家のランドール伯爵家。母親はアヴァロン公爵の妹。チートとは言わないけど、ランドール家の跡継ぎとして十分以上に相応しい魔力を持って、何不自由ない環境に生まれた。


 ただ、物心つく前から、やらかしてた感がある。前世と今世の記憶がごっちゃになってて、4歳頃まで、日本語とこの国の言葉をちゃんぽんでしゃべっていたらしい。

 謎言語を喋り、謎文字を書く幼い我が子を持った両親はさぞ困惑しただろう。

 ある意味救いなのは、この世界では転生は現実のものとして、普通に受け入れられていることか。そういう事例は、昔からそこそこ確認され、記録にも残されている。そのおかげで、周囲の理解にも恵まれた。


 やがて前世の記憶がはっきり覚醒した僕は、どうしようもないほどの望郷の念に支配された。この世界の両親だって不満があるわけじゃない。

 でも理屈じゃないんだ。一緒に事故に遭った元の家族はどうしたんだろう。無事だっただろうか? お父さんとお母さんと妹に会いたい。


 だから僕は、魔法の研究をした。魔法の力なら、不可能を可能にするかもしれないから。僕の産まれた家は、優秀な魔導師を代々排出する家だったのも、それに拍車をかけた。


 帰りたい一心でそればかりになったから、家族や親せきを凄く心配させたけど、自分でもどうしようもなかった。

 でも従兄弟のルーファスも似たようなものだったし、それほどおかしいとも思わなかった。


 ところが、ルーファスは、半年くらいで別人みたいになってしまった。バルフォア学園で、本業が大預言者の先生と出会ったせいらしい。僕にまで無理やり会わせようとしつこくされた。仕方なく1回だけのつもりで学園の特別授業に行ってみた。


 その人は、僕と同じ日本人の転生者だった。


 僕と同じ境遇の人がいたことに、最初は単純に喜んだ。しかも人知の及ばない力を持った大預言者。

 日本に帰る方法を、先生と一緒に研究することを楽しみにしていた。幸いランドール家は魔術の名門。埃をかぶってる古文書を片っ端からひっくり返して、次の講義の日に持っていくつもりだった。

 

 でも、結局は無駄だった。ルーファスみたいに仲良くなるヒマもなかった。会ったのはたったの一度きり。先生はすぐに事故で亡くなってしまった。


 正直、どん底に突き落とされた。自分のこの先の人生を見せつけられたようで。

 きっと僕も、二度と元の世界には戻れない。先生と同じように、ずっとこの世界で生きて、年を取って、トロイ・ランドールとして死んでいくんだ。


 だから、僕は諦めた。残りの人生は消化試合。勝負はついたから、あとはだらだらやり過ごすだけ。


 でも同じ生きるなら、楽しいほうがいい。面白そうだと思えば、気兼ねなく手を出す。

 いわゆるワルイ仲間と悪さをすることもあるし、気楽な女の子をとっかえひっかえしたり、たまには真面目にアヴァロン公爵家の魔物狩りに参加して、磨いた魔術を思う存分ぶっ放したり……まあ、適当な人生をのらりくらりと送っている。

 中身はないけど、そこそこ面白ければいいんだ。退屈よりはずっと。ルーファスほどじゃなくとも、顔も家柄も才能も恵まれてるおかげで、女の子は入れ食い状態だ。


 大体は楽勝なものだから、失敗の方が強く印象に残る。2年くらい前、とんでもない美少女に声をかけた時なんてけんもほろろだった。本当に運命は感じたんだけどなあ。なんか初めて会った気がしなかった。あんな子とだったら、ここで人生やり直すのもいいんだろうに。諦めグセが付いてる僕でも、もう少し年齢が釣り合ってたら、もっと頑張ってたかも。でも、いつかまた会える気はするんだ。勝手な妄想なのかな。


 どうせ消化試合の人生だから、ほどほどでいい。適当に学園を出て、魔導師長の父さんのコネで適当に就職。宮廷魔導師として可も不可もない規定通りの仕事をして、余暇は仲間や後腐れのない美人と過ごす。


 それで十分なのに、なんで今更、『日本人』の世話係?


 昔、まだトロイとしての人格が安定する前の幼児期に、日本語を乱発していたことが災いしたらしい。僕が異世界の転生者らしいという、身内だけのものだった認識は、すでに王城内で公然のものになっている。

 実際、魔法陣の上に立ってた女の子と、初対面からすぐ日本語で会話できたからね。


 本当はあまり関わりたくない。彼女を見てると、すでに諦めたはずの思いに胸がかきむしられそうになる。


 この世界に召喚されてやってきたのは、藤井悠華ちゃん、16歳。

 昔、妹の少女漫画で読んだような、絵に描いたヒロインみたいな子だった。


 友達との待ち合わせ場所に向かう途中、突然召喚術に巻き込まれて異世界に。生活が保障された現在は、初期の混乱も大分落ち着いた様子だ。


 突然の不運にもめげず、手を貸してくれる周囲の人間に感謝しながら、今できること……つまり言語と、この世界の生活習慣の学習に、全力を注いでいる。特別な力はないけど、気立てがよくて元気で前向き。ポニーテールがよく似合う、活発で可愛い女の子。

 本当に漫画みたい。色々とめんどくさいことになるから、手を出す気は起きないけどね。


 でも、物語みたいにはいかないよ? まだ現実が見えなくて、無駄な希望を持ってるみたいだけど、二度と元の世界には戻れない。

 ある意味一番物語の主人公じみたチート持ちの大預言者だって、結局何を残すこともなく、ただ生きて死んでいったんだから。

 君の一生は、ここで終わるんだよ。この、冗談みたいなファンタジー世界で。僕のようにね。


 王都内だけでも、転生者の匂いを感じさせる存在にはたまに遭遇する。ケーキ屋さんとか、おもちゃ屋さんとか、洋服屋さんとか、経営コンサルティングなんて職種の人もいたな。

 きっと彼らはみんな、故郷を諦めて、この世界に根を下ろして生きてくことを決意してるんだよ。


 ポジティブな頑張り屋の君が諦めるのは、いつのことなんだろう? そこだけは少し興味があるかな。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] てっきりトロイがフードの男だと思ったのだけど。ザカライアが死んで心が壊れてしまったのかとね。5年後の夏至の約束とか、ぎりぎりでトロイに触れなかったこととか。心壊して多重人格の可能性もあるけ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ