無自覚乙女
「グラディス?」
上からのぞき込んでくるキアランと、目が合った。
「ああ、キアラン。ありがとう。もう大丈夫みたい」
「――そうか、よかった」
キアランが、私にガッチリ固定されていた手を、焦ったようにさっと引き抜いた。
おおっと、私としたことがこれはとんだ大失態だ。腹黒系美少年の膝枕で、真面目系美少年に胸を触らせるとか、どんなハーレムプレイだよ。
「いやあ~、ノアもごめんね?」
見上げながら、てへぺろ、とばかりに謝る。
「とりあえず起きて」
「あ、そうだね」
さっきまでベロンベロンだったとは感じさせない動作で、隣に座り直す。いや、美少女を膝枕できて感謝しろとまでは言わないけど、そのジト目はやめてください。私のラッキースケベなんて、本来あり得ないんですよ!
「君、これから自宅以外でアルコール口にするの、禁止ね?」
「ええ~~~~!!!」
「ええ~じゃないよ。君のためだからね?」
「あと、お前がアルコールに異常に弱いことは、人に知られないほうがいいな」
「うん、それ絶対だね。知ったら悪用する奴が必ず出るから」
キアランとノアが、私を放ってどんどん話を進める。
悪用か。まあ、言いたいことは分かる。女の子にそういう類の悪さを企む奴は、どこの世界にもいるからなあ。
でも、二周目でもそうだったけど、私に毒殺は不可能だからね。アルコールを毒物と認識すれば、私が密かに盛られるようなことは、まずあり得ない。まあ、確実に周囲が鬱陶しくはなりそうだから、あえて公表することはないんだけど。
それにしても、なんかやだなあ。お酒くらい好きなとこで好きに飲みたい。
「あ、いいこと考えた! キアランとかマックスとかソニアとか、魔法が使える友達がいるとこならいいんじゃない? 解毒出来たら、お酒弱くてもそれなりに飲めるでしょ? やった、これで下戸問題解決!」
「ダメだ」
「ダメだね」
二人がそろって、即却下。
「その選択肢で安全なのはソニアだけだ」
「マックスって、マクシミリアンだっけ? ギディオン公の葬儀でグラディスの隣にいた義弟君だよね? 絶対ダメだね」
「え、なんで!? マックス、すごく頼りになるよ? この前露天風呂で倒れた時なんか、すぐ駆け付けて助けてくれたし。何かあったら、大体何とかしてくれるんだよ!」
「「……露天風呂?」」
いかにマックスが頼れるかを力説すると、二人は別のとこに食いついて、声を揃えた。おっと、ここは誤解を解かないと。
「ちゃんとタオルは巻いてたからね。マックス、オバちゃんたちに誤解で吊し上げられて大変だったんだよ。あんなに的確迅速に対処してくれたのに」
「「……」」
微妙な表情で顔を見合わせる二人に、私も首を傾げる。
「そもそもたかがお酒を飲むだけの話だったよねえ。何が問題なのか分からないんだけど」
アルコールに弱くたって、信頼できる人と飲んでれば問題ないじゃん。なんで安全だ何だという話になってんの?
キアランが真面目な顔で答える。
「お前が他人に油断するとは思ってない。問題にしてるのは、仲間内の方だ。いくらなんでも警戒心を解き過ぎだ」
「さっきの君、本当にヤバかったからね? 普段クールで隙の無い気まぐれ猫が、いきなり無防備に甘えてきたみたいだったからね」
ノアも続けて言う。なるほど、その例えは分かりやすい。もしそんな状況があったら、テンション爆上げで即確保して、嫌がられようが無理やりでも可愛がり倒すな。
う~ん、つまり問題は――。
「いわゆる、『酒の勢いで』とか、『酔ったはずみで』ってやつを心配してくれてるわけ?」
「「――」」
返答に困ったことが返事になるね。中二真っ盛りな14歳の少年に露骨な言い方をしてスマンね。なんせ生来ガサツなオバちゃんなもんで。
前世は酒に強かったから、そういう発想はなかったなあ。話には聞くけど、私には全く無縁のものだった。特に二周目なんて、ガッチリ警護固められてたし。そもそも女扱いされたことがなかった。
でも確かに今回は、前とは違う。しかも外見は超絶美少女。それが前後不覚の状態とかになったら、なんかそういう感じになっちゃう危険度は高いのか?
あの酔っぱらった状態でいかがわしいことをされたら、いくら私でも回避できないもんなあ。ましてそういう状態に、気を許さない人間の前では、私は絶対ならない。一緒にいたのがキアランとノアでなかったら、そもそも弱体化の元を口にすることもなかったはず。
だから信頼できる人の方が、確かに私には厄介なのかもしれない。まあ、絶対に安全だと知っているから、油断もできるわけなんだけど。そういう子たちじゃないのは、さっき実際に証明されてるわけだし。
なのにキアランは、自分すら安全ではないという。困りながらもちゃんと対処してくれたそばから。
要するに、たとえ身内でも、そういう意味で男を全面的に信用しすぎるなと。キアランだろーがマックスだろーが、常に正しく対応するとは限らないから。
さすがの私も、男の心理なんて分からないもんなあ。我慢できなくなって、ついオイタしちゃったりとかするのかな? そこは素直に、男本人の意見を受け入れとくしかないか。
お年頃になってくると、いろいろめんどくさいなあ。
おお、でも私のお色気も順調に育ってるってことならOKなのか? 果たして経験値ゼロ恋愛脳皆無でも、色気とは出るもんなのかね?
「なんか、言いにくいこと言わせちゃってごめんね? 心配してくれてありがとう。できるだけ気を付けるね」
「――ああ」
「うん」
なんとか納得した私に、二人はあからさまにほっとした様子だった。うん、いい友達を持ったものだよ。私の人生経験は、長くても著しく偏ってるから、すっぽり抜け落ちてる部分を忠告してくれるなんてありがたいよね。
一周目は空手漬けだったし、二周目に至っては大預言者にエロトークなんて、誰もしかけてくるわけもなく。
考えてみたら、私、そっち方面完全に無知かも。雑誌もネットもない世界で、みんなどこで知識仕入れてんだ?
「次はちゃんと気を付けて出すから」
ノアが苦笑いしながら、無情に皿を下げさせた。
「……ああ、せっかくのデザートが……」
皿に残ったサヴァランを未練がましく視線で追い、がっかりと肩を落とした。おいしかったのに、半分も食べてない。
「ノア、入るぞ」
メイドと入れ違いに、アイザックが突然室内に入ってきた。
「おじい様?」
「グラディス嬢、君が倒れたと聞いたのだが……?」
やって来るなり、元気な私を見て確認する。
そりゃそうだよね。よそのお嬢さんに自宅で倒れられたら、責任問題だもんね。
「申し訳ありません。ちょっとお菓子の隠し味のラム酒に酔ってしまって。すぐキアランに治してもらったので、もう大丈夫です」
礼儀正しく謝罪した。さすがに保護者のジュリアス叔父様へは連絡しなくちゃだろうから、正直に答えた。医者を呼ばれても困るしね。
「――そう、か……菓子の、アルコールで……。大事なくて、よかった」
抑揚のない社交辞令を2~3、口にして、アイザックはくるりと背を向け、速やかに部屋を出て行った。
その時に、私は確かに見た。目が、絶対に笑っていた。
――あいつ、気付いてやがる!!!
思わず唖然とする。
そうだよ、ギディオンだって気付いてたんだから、十分その可能性あったじゃん!
昔は飲み比べで全勝だった私が、今は下戸だと知って、内心大笑いしてるんだ!!
扉の向こうで、おそらく笑いをかみ殺しているだろう幼馴染みに、心中で地団駄を踏んだ。
ち、ちくしょうっ、くやし~~~~~~~~!!!
なんと100話です。感想有難うございます。