酔っ払い
今日はノアの屋敷で、もはや恒例行事になった情報交換会。
いつものようにクレイトン家の応接間で、ノアとキアランと3人で、今年の生贄魔法陣事件の資料を囲んでいた。
全員14歳になって、もう少年探偵団感は全然なくなっちゃったけど、もうやらないと収まりがつかない感じ。私たちにできることなんて特にないんだけど。
それにグラディスとしては必要ない情報も、大預言者的には取りこぼしを少しでも避けたほうがいい。予言が当てにならない以上、どんな情報が役に立つか分からないんだから。それにノアはかなりの情報通だし。
今年も夏至の時期は、去年とほぼ同じ展開をなぞった。国を挙げて、事前に万全の態勢を整えて迎え撃ったから、去年同様大きな被害や犠牲は出なかった。
生贄の一人を除けば。
「今年の生贄は、20代から40代くらいの成人女性だったって。身元は分からない」
ノアがその資料を提示する。
「結局去年の犠牲者は、モンク商会会頭のマシュー・モンクさんで間違いないんだよね?」
「うん、残ってた指で指紋が取れた。モンク氏で断定」
私の質問に、ノアが頷く。指紋鑑定は、私がザカライア時代に取り入れさせた捜査法。まさか時代を超えて今、私の役に立つとはね。
今回の被害者は、発現した魔物に丸かじりされて、右腕しか残らなかった。その腕から、辛うじて成人女性と分かるだけ。指紋が取れても照会元が分からなきゃ、どうしようもない。
よっぽど特殊な特徴でもない限りは、調べようがないだろうけど、資料にはそういう記述はない。強いて挙げるなら、甘い香りが残っていたくらいか。
「被害者が使ってた香水を特定して、そこから探ることってできないの?」
「この調書がまとめられておじい様の元に上がった頃には、腐敗が始まってて無理だった。匂いに気が付いたのも、この証言をした兵士一人だけで、もう正確には覚えてないって」
おお、さすがアイザック。やれることはやってるわけだな。それでもいろいろとお手上げなんだろうな。もう全部が後手だもんな。
前回嫌な予想をした通り、生成されて発現する魔物は倍々で増えるみたい。去年は4匹だったのが、今年は8匹。すると来年は16匹? しかもどんどんパワーアップしていく。早いうちに元を断たないと、数年後には国中の総戦力で迎え撃っても対処できなくなるんじゃない?
過去3ヶ所の現場に関しては、研究を進めて、霊水を利用した厳重な封印をかけたおかげで、魔物の再発は防げている。そうでなかったら、現時点ですでに、けっこうとんでもない状況になってるとこだ。
「生贄の基準が、ますます分からなくなってきたな。エインズワース家は一族挙げてソニアの警護を固めていたんだが」
正面の席のキアランが、複雑な顔で感想を漏らす。キアランの従姉妹のソニアは、黒髪に緑の瞳だから、特に心配してたもんね。だからってソニアの危険度が下がったわけじゃないけど。
「そうだねえ。最初の二人が黒髪に緑の目の女の子。次が50過ぎのおじさんで、今回が成人女性って、何か共通点はあるのかな?」
「せめて今回の被害者の遺体が残ってればねえ。もう来年は、王都民全部を対象者として警告するしかないんじゃない?」
ノアがちょっと気が遠くなりそうなことを言う。確かにこれじゃ絞りようがないもんな。アイザック頑張れ。
「この辺で切り上げて、お茶にしよう。『パティスリー・アヤカ』のお菓子を用意してあるんだ」
「やった! 私もすっかりファンになって、贔屓にしてるんだ」
「結局、去年以上のことは話が進まなかったな」
キアランが溜め息をつくけど、私は構わずノアの提案に賛成して、そそくさと資料を片付けた。メイドが手早く3人分のお茶とデザートを用意してくれる。
「キアランがあまりケーキ好きじゃないから、ちょっと大人な味のを選んだんだけど」
「わあ、サヴァラン?」
「食べたことある?」
「まだだよ。知ってるだけ」
この世界ではね。結局いつも大好物のチーズケーキ系ばかり攻めてるから、まだパティスリー・アヤカのメニューが完全制覇できてない。なかなか手が出ないとこを振る舞われるのはかえって歓迎だ。
早速ありがたく頂く。おお、ラム酒が効いてておいしい。まさに大人の味! たまにはこういうのもいいね。
「そういえばお前、この前イングラム家のティルダ嬢とまたやりあったらしいな」
世間話に、キアランがついこの前の出来事を振ってきた。そう言えば、前回の衝突はキアランも目撃してたんだよな。説教されかけたもん。
「もう、噂になってるの?」
「お前の噂は、かなり早く届く。主に悪評だが」
「あはははは、またずいぶんこっぴどくからかったらしいね。ティルダ嬢、今、学園の特別授業受講して、魔術磨いてるらしいよ」
耳の早いノアが、笑いながら補足情報を出す。
「ふふふ、学園に入ったら楽しくなりそうだね」
想像したら、なんだか本当に楽しくなってきた。
あれ? なんだ、これ? なんでこんなにフワフワ楽しい気分なの?
正面のキアランを見ると、何故か驚きに目を見開いていた。
「お前、どうしたんだ?」
「なにがあ~?」
聞き返しながらフォークを持つ自分の手を見て、ビックリ。私の白い手が、お風呂上りよりも真っ赤になっている。フォークを置いて両手を観察。どんどん赤くなっていく。
あれえ? なんか急に頭がぐらぐらしだしたぞ。体中が熱くて、フラフラする。
姿勢を保っていられなくて、ぐらりと机めがけて倒れ込んだ。
「わわ、グラディス!?」
隣に座ってたノアが、激突寸前で慌てて私の両肩を引き寄せた。
「あれえ? あははは、膝枕だ~」
思わず笑ってしまう。なんだか可笑しい。勢い余ってノアの膝の上で仰向けにひっくり返ったまま、けらけら笑ってしまった。
「ちょっ、こらっ、スカートがっ……」
ノアの焦った声が聞こえた。
「キアラン。まさか、これ……」
「酔ってるな。菓子のアルコールでか?」
二人がなんか言ってるけど、頭がはっきりしない。
私が酔ってるって? ええ、何言ってんの? 私は底なしのギディオンと飲み明かせるほどのザルだよお? じぇんじぇん酔ってなんかいませんよお~。
「キアラン、なんとかして~」
ノアの珍しく途方に暮れた声が面白くて、また笑う。
「解毒をしよう」
キアランが私のとこに来て、膝をついた。伸ばした手を少し迷ったように漂わせて、喉の少し下くらいに触れる。
あれ? 解毒の魔法って、確か心臓の上からやるのが効果的なんじゃなかったっけ?
「違うよ~。心臓はここお~」
キアランの手を掴んで、グイっと下に移動させる。
「っ!?」
ああ、キアランの顔も赤い~。また可笑しくて笑う。楽しくてバタバタさせた足の膝辺りで、ノアが腕を伸ばしてスカートの裾を押さえてるのはなんで?
「……もう、さっさとやっちゃって」
「……ああ」
二人のテンションの低い声が、また笑いのツボを押す。何がそんなに可笑しいのか分からないまま、とにかく笑ってしまう。
室内に聞こえるのは私の笑い声だけ。体中の熱が、だんだん胸の辺りに収束されていく感覚がする。それも、頭の靄がすうっと引いていくに伴って、徐々にやんだ。
頭の中がクリアになったのと同時に、愕然とした。――私の身に今さっき起こった、これまで経験のないあの現象……。
大っぴらにアルコール解禁年齢まで、あと一年を切ったのにっ、ものっ凄く楽しみにしてたのにっ!
私、まさかの下戸か!!?
嘘でしょ~!? なんでだよ!?
トリスタンだって、ギディオンだってうわばみなのに、なんで私だけ!? グレイスか!? グレイスの血か~!?? とんだ爆弾、置き土産にしてくれたもんだな、コノヤロー!! 鬼かっ!?
死んだ後まで、よくも祟ってくれたなあ!?