その19
山之上舞花は少し苛立ちながら美女に向かって言った。
「ねえ、ふざけていないでくれる? さっさと拘束を解いてよ!」
「どうしようかな~」
美女はチラリと流し目で山之上のことを見た。顔を見た後また視線は胸元に向かう。美女の口が開き舌が唇を舐めた。山之上は顔をもっとしかめて美女のことを見た。
「ふざけないで! 早く解放しなさいよ!」
この言葉に美女は笑いを引っ込めて、山之上のことを無表情に見つめた。いや、違った。獲物を狙う猛禽類のような目で山之上のことを見つめている。
「そうね~。舞花が私の質問に答えてくれるのなら、すぐに拘束から解放してあげるわよ」
美女は山之上のそばに寄ると、山之上の頬に手を当てて愛おしそうに撫ぜた。
「ねえ、舞花。あなたって何者なの? あの水源のアシスタントを2年務めたのでしょう。なのに、あなたのことを調べても出て来ないのよ。VR係に名前はないし、ネット犯罪対策課でも名前が出て来なかったの。でも、あなたはずっと水源のそばにいたわよね。私も見かけていたもの~」
その言葉に山之上は顔を下に向けた。美女は山之上が悔しそうな顔をしていると思った。だから顔を上げた山之上が薄く笑ったのをみて、いぶかしみながら頬を撫ぜる手を止めた。山之上は美女の目を見つめて冷ややかに笑った。
「それこそ、私が聞きたいわ。ねえ、桂さん。あなたの名前、『桂咲夜』という名前も、どれだけ調べても出て来なかったのよ。出てきたのは『桂徳鳥』という、男性名。でもね、可笑しいのよ。こんな名前の人を採用した覚えはないし、コードネームとして使っている人もいないのよ。ねえ、あなたこそ何者なの」
美女こと桂咲夜と呼ばれた女は、山之上から手を離し一歩離れた。
「まさか、私の事を最初から疑っていたの」
「それこそ、まさかよ。疑っていないとでも思ったの? あなた、この1年でいろいろしていたわよね。小説世界に入れるVR化で小さなトラブルが続いていて、可笑しいと思っていたのよ。上手く隠れていたから他の人は気がつかなかったようだけどね」
桂は驚愕の表情を顔に張り付けて、また一歩下がった。今の今まで、そんなそぶりを見せなかった山之上に恐れを感じていた。
「あ、あなた、本当に何者なの?」
「さあ~? それについては、桂さんの推測・・・いえ、憶測・・・予測かしら? まあ、いいわ。あなたの考えを聞きたいわねぇ~」
冷ややかな笑みを浮かべる山之上から逃れるように、桂はまた一歩山之上から離れた。
「なんで『桂徳鳥』という名前と結びつくのよ。それに採用? じゃあ、人事の人間? いいえ、コードネームの時点で違うわね。じゃあ、査察の? ううん。それじゃあ、水源のそばにいた理由が分からないわ。・・・って、何で? あなたは、椅子から立ち上がっているわけ? 動けないように拘束したはずなのに」
桂は信じられないというように山之上を見つめた。山之上は後ろ手に縛られて動けないように椅子に拘束されていたはずだった。それが今は、手は後ろ手のままで椅子から立ち上がっている。
「あら、残念ね。そんな簡単に話さないで欲しかったわ。これじゃあいたぶりがいがないじゃない」
山之上はそう言うと腕を動かした。縛っていた縄を腕に纏わりつかせながら、体の前に持ってきた。そして体をほぐすように、首を振ったり肩をまわしたりした。だが、視線は桂から離さない。口元に冷笑を浮かべている。
桂はジリジリと後ずさっていった。後ろ手にドアノブが触ったから、山之上に一言浴びせて出て行こうと思った。
「舞花さん、残念だったわね。あなたに私は捕まえられないわ」
「なんのこと? 私があなたを捕まえる必要はないのよ。どうしたってあなたは逃げられのだから」
「何を言って・・・」
桂はドアノブを掴んで扉を開けようとした。が、掴む前に扉は勢いよく外から開けられた。
「山之上さん無事か?」
扉を開けて中に入ってきたのはpecoだった。続けて海水、水源が入ってきた。
「あんた、ここで何してんだ?」
「舞花さん、大丈夫ですか?」
Pecoと海水はドアのそばに立っていた桂を拘束した。水源は椅子に縛られている山之上のところに行って、縄を外した。
「ありがとうございます。水源さん」
山之上はホッとしたように、解放された手首をさすりながらお礼を言う。その様子に水源はくるりと背を向けて言った。
「とりあえず服を直してください!」
言われた山之上は自分のシャツを見てボタンを留めながら、中に入ってきた『お料理教室』で会った皆の顔を見たのだった。