その17
「なにかな、小鳩子鈴さん」
水源が落ち着いた声で答えた。その声に小鳩は少し肩の力を抜いて言った。
「山之上さんが自分からいなくなったということはないのですか」
「それはないよ。舞花さんが自分からいなくなるなんてありえない」
「でも・・・私は山之上さんを知りませんから」
「それを言うのなら私だってそうよ。というより、この参加者全員が『内閣府総務部ネット犯罪対策課VR係小説家になってみよう班』の人間だなんて聞いてないです。私が知っているのは上司のpecoさんだけですし」
みわかずがそう言ったら、星影も頷いて言った。
「私もです。上司の秋野さんしか知りませんでしたから、先程の山之上さんの言葉に驚いてしまいました」
「・・・星影さん、あなたは何と言われてここにいるの」
秋月忍が興味を惹かれた様に星影に聞いた。
「私ですか? ネット小説もVRの技術を使って入れるようにすることになったから、そのテストの被験者に選ばれたとしか、聞いてません」
秋月は星影の上司の秋野木星のことを見た。秋野も肯定するように頷いた。
「というより、さっきの山之上さんの言葉を聞くまで、私も全員が実在の人物だなんて知らなかったのに。それを調べ上げたって本当に何者よ」
「えっ? 調べ上げた? 舞花さんが?」
水源が口を大きく開けて呟いた。その水源に秋月が聞いた。
「ねえ、水源さん。今回のことはいったいいくつのプロジェクトが動いていたの」
「あー、そうですね。最初は星影さんが言ったように、ネット小説をVR化するための試験を行うことになったですかね。これまでは完結作品の世界を体験しましたが、連載作品内で行った場合のデータを取るために、海水さんの「野菜将軍と赤いトマト」が選ばれました。それで、それぞれの班から班長ともう一人、あと伝令係として長岡さんが選ばれましたね」
「そうですわ。私はモブとして一般的な住民の生活を満喫していましたもの」
秋野の言葉に水源は頷いた。
「そう、まずは普通に揉め事を起こさずに生活した場合を、サーチしていましたよ。そろそろ何かイベントを入れるつもりだったのです。そこに突然『リクのお料理教室開催』の案内がでました。こちらが用意したイベントではなかったのですが、丁度良かったので舞花さんのテストに使うことにしました。それで班長の4人には舞花さんの適性試験をすると、長岡さんに伝えていただいたのです。舞花さんには連載小説では試験が行われていないことにして、その調査をさせました。私は『イベント』を依頼した人物を追っていたのですけどね。見事に後手後手に回りましたね」
水源は苦笑いを浮かべた。
「・・・だから、先に知らせろよ。せめて4班投入されていることを言うとかよ」
少し脱力気味にpecoが言った。一石二鳥どころか三鳥も四鳥も狙うつもりだったのかと、呆れている。他の人達もやはり呆れ気味だ。
「話を戻すけど、舞花さんがいなくなったのは確かなのね」
「はい。そうです。
「水源さんは連れ去られたとみているのよね」
「ええ。舞花さんには自分からいなくなる必要はないのですから」
「わかったわ。私達も戻りましょう。戻って舞花さんの捜索に加わるわよ」
秋月の言葉に皆はしっかりと頷いた。
「ちなみに捜索範囲はどうなっているんだ」
「えーと、ここにアクセスするためにはあの建物の外には出ることが出来ません。なのでまだあのビルの中にいると思います」
それを聞いて皆の顔にはゲッという表情が浮かんでいる。
「移ったばっかりで部屋数が多い上にジャンル編成に伴って、班分けが進んだせいで人が少ないこの時期に・・・」
「何てことしてくれるのよ・・・」
ひとみんみんが思わず呟いたら、秋野木星も溜め息を吐き出した。
昨年の『小説家になってみよう』のジャンル改変に伴って、ネット犯罪対策課の業務も拡張された。それに合わせて手狭になってしまった職場の移動が、ついひと月前に行われたばかりだ。片付けなど後回しで被験していたから、自分たちのところもかなり悲惨な状況なのを思い出したのだ。
それに使われていない部屋にもとりあえずダンボール箱が詰め込まれているのも知っている。仕切りが細かい部屋もいくつもあった。部屋数のことを考えるとゲンナリしても仕方がないだろう。
「でも、大丈夫ですよ。あのビルの8階から上には、それ用のパスを持っていなければ、入れませんから。B1から7階までを調べるだけですからね」
水源の言葉に皆は恨めし気な視線を向けたのだった。