その15
山之上舞花はさっきから笑みを絶やさない顔で、でも眼差しは真剣に海水のことを見ていた。
「先に言っておきますが、この小説の世界に入るということもテスト段階です。誰もが簡単に入れるわけではありません。それに選ばれている作品は完結したもののみです。連載途中のものは認められてはいません」
微笑みながらきっぱりと山之上は言った。
「海水さん、なぜこの世界に皆様をお招き出来たのか、お訊きしたいのですが。それから皆様も。どうやってこちらの世界に来られたのですか? こちらの世界に来るためには、作者様の許可と特別なアカウント、それから自分の分身であるアバターの設定をしなければいけません。それともう一つヘッドフォン型のシンクロギアを装着しなくてはならないです。皆様それをお持ちですよね。それの入手先もお答えいただけますか。ああ、もう一つ申し上げますと、皆様の現実でのお住まいなどは調べ済みですので、バックレようとしてもダメですよ」
にっこりとお茶目に笑って一歩、山之上は前に出た。山之上以外の皆の視線が交錯した。そして代表するように秋月忍が立ち上がった。
「山之上さん、あなたの・・・えっ?」
言いかけた言葉を飲み込んで秋月は山之上のことを見つめた。山之上は微笑みを消したと思ったら、驚いたような表情を浮かべたのだ。視線が定まらずにここではないどこかを見ているみたいだ。
「・・・そんな・・・うそ・・・や・だ・・・だ・れ・か・・・」
驚愕の表情を浮かべ呟くように言った山之上は、助けを求めるように秋月に手を伸ばした。秋月に手が届くかというところで、山之上の姿はフッと掻き消えるように居なくなった。
残された皆はまた顔を見合わせた。皆の顔には困惑の表情が浮かんでいた。
「ねえ、こんなの聞いてないんだけど」
「私もです。何か不測の事態でも起こったのですかね?」
みわかずの言葉に長岡更紗も同調した。そして2人は海水とpecoの方を見た。
「俺達も聞いてないぞ」
「そうだよ。今回は山之上さんの適性を見るための試験だとしか聞いてない」
皆の視線が秋月に向いた。
「私も聞いてないわ。・・・水源さんは何をしているのよ」
秋月がそう呟いた時に、部屋の扉がバタンと開いた。そこには息を切らせた水源の姿があった。
「舞花さんは? 舞花さんはどこです?」
部屋の中を見回しながら、焦ったように言う水源のそばに、pecoが近づいた。
「水源さん、それは俺達が聞きたい。山之上さんは試験の課題である、説明を終えたところで姿が消えたんだ」
「姿が消えた? ・・・ああ~、やられた~!」
水源の言葉に他の皆も近づいてきた。秋月は厳しい顔で水源を見つめた。
「水源さん、いったい何が起こっているのか、説明してくれないかしら。私達は山之上舞花さんのネット犯罪対策課としての適性を見るために、呼ばれたはずですよね。このあと、どこに配属するかを見るために」
「ええ、そうです。ですが5日前の舞花さんの初アクセスの時に、イレギュラーなことが起こりました」
「イレギュラー? なんだよ、それは! 聞いてないぞ!」
海水は水源に掴みかからんとする雰囲気を漂わせている。
「舞花さんのアバターの設定に手を加えられていました」
「それのどこがおかしいのですか? 私の試験の時にも手を加えられていましたよ」
星影がそう言ったら小鳩子鈴とひとみんみんも同意だと頷いた。
「いえ、違うのです。本来ならアバターの設定が自分が作ったものと違うだけなのです。それがプログラムにまで手を加えられていて、長時間アクセスしていると別の人格に変わるように設定されていました」
事の重大さがわかったのか、皆の表情が一瞬で変わった。
「それは誰の見解だ」
「片平女史と遙女史です」
「あのお二方の言葉なら間違いないな。それで、何で、試験を中止か延期にしなかったんだよ」
黙り込む水源に穏やかさを消した秋野木星が近づいた。
「ねえ、水源さん。まさか、最近の不穏な動きを調べるために、山之上さんを囮にしたなんて言いませんわよね」
水源はなおも黙っている。
「囮に使うのはいいけど、なんで私達にその事が伝わってないのよ」
みわかずの言葉にpecoは長岡更紗の方を見た。
「長岡、伝令のお前がなんで言わない。隠していたのか」
「そんな~、Pecoさん。私は何も聞いてません!」
長岡の言葉に、小鳩子鈴がハッとした顔をした。
「まさか・・・私達が疑われていたのですか?」