その13
リクと山之上舞花がお互いをチラチラと見ている。それを長岡更紗以外がじっと見つめていた。長岡は首を傾げた。
「あのね、長岡さん。そのパンはね・・・」
ひとみんみんが教えてくれたのは、料理対決を始めてすぐにパンがないことに気がついた山之上。パンも作ると言い出した。小麦粉がそこまでなくて、パンは買ってこようと海水が申し出たけど、それを山之上は嫌がった。
リクが小麦なら用意できると言って少し調理場を離れて、しばらくしたら小麦を持ってきた。粉にするのに困ったら、今度は山之上が小麦を持って姿を消した。そんなに経たずに戻ってきた時には、小麦ではなくて小麦粉を持っていたのだ。
それを砂糖や塩、何かの粉を入れた山之上はお湯でパン生地を作り始めた。分量が多いからか纏めるのを大変そうにしていたら、リクがそれを取って生地を捏ねだした。しばらく生地を休ませたらパンの形を整えるのに、リクと山之上以外が担当したと言っていた。窯で焼くのも8人が責任をもって見ていたということらしい。
「つまり勝者はパン作りに携わった皆さんと言うことですね」
長岡がそう締めくくった。それに秋月忍が賛成の意を示し、他の皆も拍手をして賛成と言った。気がつくと勝負対決はうやむやになっていたのだった。
リクと山之上もお互いの料理が美味しかったということで、自分が負けたと思ったから皆の意見に素直に従ったのだった。
皆は調理場に戻り残っていた料理を食べた。Pecoは自分の分をお持ち帰り用にした。パンも余るくらい出来ていた。山之上は余ったパンに切り込みを入れると、残った料理を挟みこみ始めた。それを秋月は一つ取って食べた。
「あら、食べやすいわね、舞花さん」
「そう? 残った料理が勿体ないでしょ。これなら持って帰るのに困らないかと思って」
そう言うと山之上は大き目の紙の束を出してきた。その紙に料理を挟んだパンをのせて手際よく包んでいく。
「その紙って何。見たことがないんだけど」
長岡が興味を惹かれたようで、山之上のそばに来て聞いた。
「これ? これは前にいたところで作られたものなの。水や油を通しにくくしているのよ」
そう言って長岡に紙を1枚渡してきた。長岡は受け取ると、そばに寄ってきた皆と紙を見てみた。その紙は片側にロウみたいなものを塗られているみたいだった。そちら側はツルツルして見えた。
Pecoと海水、秋月忍と秋野木星は目を見交わし合った。
パンを包むのが終わると使った器具の残りを洗っていった。
洗い終わったものを布巾で拭いたり仕舞ったりしながら、皆は山之上の様子を伺っていた。
そう、皆は戸惑いが隠せないでいた。この前会った時の様に、山之上には怪しい雰囲気はなかった。相変わらず胸元が際どい服は着ているけど、この前のような誘うような色気は感じない。どちらかと言うとサバサバとした雰囲気だ。その変化に首をかしげたくなる。
片付けも終わり余ったものは欲しい人が分けて持って帰ることになった。
「今日はありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
海水の言葉に皆が唱和して、散会となった。
・・・いや、なるはずだった。
帰ろうとした皆に山之上が声を掛けた。
「すみません、皆さん。あっ、リク先生はお疲れ様です」
山之上はリクに笑顔を向けて、リクには用が無いと言外に告げた。リクはそれに「ああっ」と答えて、乾いた服を身に着けると「お先に」と調理場を後にした。
それを見送ると、山之上は言った。
「えーと、ここで話すのは何ですので、お隣に行きましょうか」
さっき料理の味見をしたところに行って、皆は思い思いに座った。その前に立ち皆の姿を見回すと山之上は言った。
「お時間を取らせてしまってすみません。ですが、私から少しお話がありまして・・・」
そう言って少し困ったように微笑んだ。その様子に堪えきれずにみわかずが立ち上がって言った。
「あの、あなたは本当に山之上さんなんですか」
その言葉に目をぱちくりとさせて山之上は答えた。
「何を差して『本当に』と言われているかわからないけど、私は山之上舞花ですけど」
「だから、その口調! 私が知っている山之上さんとちが~う!」
みわかずの言葉に海水も言った。
「確かにな~。あの蠱惑的な山之上さんはどこに行ってしまったのだろう~。というか、山之上さんは別人じゃないのかぁ~?」
「えっ? 別人? ・・・でも、それなら納得かも・・・」
小鳩子鈴も頷きながら言った。皆の視線が山之上に集中して、山之上は居心地悪そうに身じろぎをした。