その10
◇
今日は朝から快晴だった。リクは朝食の片付けを終えると支度を整えて玄関に行った。そこには馬車が用意されていた。
馬車のそばで待っていると、エリナとカレンがやってきた。3人で馬車に乗り込むと、馬車はすぐに出発した。行先はグリード侯爵領の都市ニブラ。
この日はヴィンセントの好意でニブラのグリード侯爵家泊まることになっている。なので、朝からエリナはウキウキしている。だから、リクは釘を刺すことにした。
「嬢ちゃん、分かっているとは思うが、他のやつの目がある所では気をつけんだぞ」
「もちろんエリナさまもわかっているわよ。今は3人しかいないからいいじゃない」
リクの言葉にカレンが噛みついてきた。エリナはそんなに浮かれて見えたのかと反省して、身を縮まらせた。
「あのなあ、それが油断に繋がんだろ。パンドラ爺さん以外にも監視の目があるかも知れねえだろうがよ」
「なんで? アルマダって人が握りつぶしたって言っていなかった?」
「ああ、言ってたな。だがそれはリジイラのことだ。ニブラに監視の目が合ってもおかしくないだろう」
リクが云う事はもっともだった。ニブラを治めるグリード侯爵家の次男のヴィンセントはエリナ・ファコム辺境伯の婚約者だった人物だ。それを不服として大公に異議を申し立てたから、グリード侯爵家は目をつけられている可能性がある。
それを示唆したのはリクの監視に送り込まれたユーパンドラ・ヨークだった。ユーパンドラは元軍医でリクとは旧知の仲だ。リクの上司のアルマダが上手い事やって、監視役をユーパンドラにしたのだった。
とりあえず今はエリナが未成年ということもあり、今すぐどうこうということはないだろうけど、グリード侯爵家にも監視の目はついているだろうと言ったのだった。
エリナとカレンもユーパンドラの言葉を思い出して、表情を引き締めた。
「とにかく油断はすんなよ」
◇
予定通りの時刻にグリード侯爵家に着いた。ヴィンセントが出迎えたけど、エリナは淑女然として作法通りに挨拶をした。ヴィンセントは少し怪訝そうにしたけど、応接間に入り彼らだけになってユーパンドラからの伝言を伝えたら、納得をして頷いていた。
それからヴィンセントは、今回ここに来ることになった原因の依頼、『リクのお料理教室』なるものの説明を受けた。一通りの説明を受けた後、4人で役場まで行ったのだった。
担当の海水から、明日の流れなどを聞いた。それを聞いてリクが言った。
「そういやあ、参加費は取ってねえのか」
「はい。依頼主からも何も言われていませんので」
「材料費は?」
「それも依頼の時にお金を受け取っています」
「俺の報酬は?」
「はい。そちらも昨日お預かりしました」
「じゃあ、依頼主は明日は来ねえのか」
「・・・そのようです」
海水はリクの迫力に脂汗を流している。リクは確認をしているだけのつもりだったが、相手の反応に虐めをしている気分になってきた。
「まあ、いいや。食材の内、野菜や果物はこっちで用意するから、他のもんを頼まあ」
「はい。了解しました」
後は教室を開く場所を見るだけになったから、リクは3人に別行動をしようと言った。3人も心得た様に頷いて、人ごみに消えて行った。
教室が開かれる場所は集会所だった。災害時の避難場所に指定されているからか、調理場も広く作られていた。収穫祭の時などに、ここで調理したものを振る舞ったりすると説明をされた。
一通り器具などを見て料理教室をする分には支障がないと確認をした。それ以外は明日のことと海水と別れようとしたら、海水は何か言いたそうにしていることにリクは気がついた。言葉を飾ることなんかできないリクはストレートに聞くことにした。
「なんか言いたいことがあんのか」
「えーと・・・ですね」
と、海水は歯切れ悪く口籠った。その様子にイライラしたリクは、怒鳴るように言った。
「男だったらはっきり言いやがれ」
リクの剣幕にビクつきながらも海水が話した。
それは数日前のことで、募集最終日に起こったことだった。たまたま料理教室に参加する全員と、顔を合わせる機会が出来て話をしたそうだ。その時にある女性、海水曰く『蠱惑的な美人』が、不思議な力の持ち主かもしれないこと。その力が『魅了』じゃないかという話が出たというのだ。
リクはそれを聞いて言った。
「気のせいじゃないのか」
「俺もそう思いたいですよ~。でも、用心するには越したことはないと思うんで。・・・伝えましたからね」
そう言うと海水はそそくさと離れて、行ってしまったのだった。
さあ、お料理教室の前日です!
野菜はやっぱりリクが用意するのね。