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朝、起きたらイケメンになっていた。
俺は鏡の前に立ち尽くし、変わり果てた自分の姿にしばらく見とれていた。
頭身からして前と違う。
8頭身か、それ以上になっている。頭がやたらに小さいせいだ。
小さな顔の上には繊細な細工が施されたみたいに、端整なパーツが並んでいる。
肌も決め細かで、色白だ。
どことなく、自分から良い匂いまでしてくる気がする。
これが俺?
基本、ポジティブな変化なので受け入れても良さそうなものではあるのだが一つ問題があった。
これから学校に行かないといけないのだが、髪の色が青かったのだ。
鮮やかなほどに青。
水色って言った方がいいだろうか。
この色が変にならない顔って、すごいよな。
イケメンじゃなきゃ、ただ奇抜なだけだもんな。
問題はこの髪で学校に行って許されるのかということだ。
駄目だったら停学か?
もしかしたら、イケメンだからOKかもしれない。だが、そんなに世間はイケメンに甘いだろうか。
染めている時間なんてないし、取り敢えず行くしかないだろう。
よく考えたら、俺だけじゃなくて周りの世界そのものが変わっている気もする。
何て言うか、パステル調?
制服も自然と着てしまったが、なんだか白を基調にしながら複雑な模様が入った変なデザインの制服だ。
誰の趣味でこういう制服が世に生まれるのだろうか。
せっかくイケメンになったんだ。
なんかモテそうな気がする。
学校に行ってみよう。
***
学校に近くなるうちに、髪の色のことは杞憂に終わった。
俺以外にも、カラフルな髪をした生徒が前を歩いていて、そいつらが普通に校門を素通りしていくもんだから、これはこれでこういうものらしいと解った。
やはり、俺自身だけじゃなくて、何もかもが変わってしまっているんだ。
通っていた学校も、こんな綺麗な建物じゃなかった。
でも、不思議と自然にここに足が向かってしまった。
同じ制服の生徒が、一緒に歩いてるあたり、間違ってはいないみたいだけど。
一体、何が起きているんだ?
俺は、導かれるように校門を抜け、教室にたどり着いた。
俺は教室の窓際の、自分の席に腰を落ち着けるとクラスの様子を見る。
なんとなく、小綺麗な奴等が多いけど、俺みたいな派手な髪色の生徒はいない。だいたい、グレーかブラウンの落ち着いた色合いをしている。
登校中、赤とか緑の髪色を見たのは、別のクラスの生徒らしい。
予鈴が鳴る。
この辺りは、普通の高校と変わらない。
俺は、窓の外に、このタイミングで校門をダッシュで駆け抜ける女生徒の姿を見た。
まさに間一髪だな。
三階からでは顔はよく見えないが、風に揺れた長い髪がピンク色なのは見間違えようもない。口に食パンを噛んだままだ。アニメか?
走り方がギャグ走りに見えたのは、気のせいだろうか。
そいつは猛スピードで砂煙を上げながら、校内に姿を消した。
教室にもう空いている席はないから、同じクラスの生徒ではないようだ。
色んなやつがいるみたいだ。
俺は、そんなことを思いながら、その日は授業を受けて、学生としての日常を消化するのだった。
***
俺の名は、水ノ宮ユキト。と、いうらしい。
生徒手帳にそう記してあるし、他人も俺をそう呼んでくる。
前はもっと、地味というか普通の名前だった。
輝希学園という、前よりはやや上品ではあるものの、普通の男女共学の高校に通う、2年D組の男子生徒。
どうにもいきなり生まれ変わったみたいなんだけど、ただの高校生であることには変わり無かった。
いつの間にか、新しい身体にも慣れはじめて、前とそれほどには変わらない生活を送っている。
もう、一ヶ月近くになるだろうか。
天気の良い日の昼休みは、屋上でひとり小説を読む。
生まれ変わっても友達のいない俺の日課だ。
皮の文庫カバーの下に隠された小説はライトノベルだ。
たぶん他人の目からは、イケメン補正があるせいで、美しき文学少年にみえてるんじゃないだろうか。
「水ノ宮くん!」
ほら、今日も女子が声を掛けてきた。
前は読書の邪魔なんてされなかったんだけど。
俺は、ライトノベルを読む目線を上げると、その女子生徒を見た。
たぶん彼女なりに、勇気を振り絞って俺の前に立っているのだろう。上気した顔は緊張していて、まともに俺を見ることもできないのか俯き加減に、チラチラとだけ俺に視線を向けてくる。
おかげで逆に俺の方からは気兼ねせず、彼女をまともに見られた。
けっこう可愛い女子だが、誰かは知らない。
むしろちゃんと名前と顔が一致する女子自体が数えるほどもいないのだが。
「わ、私と、つ、付き合ってください!」
告白された。
イケメンってすごいよな。
知らない女子から告白されたりするんだもんな。
しかも、ここのところ週3ペースで告られているので、実のところ慣れてきてしまっている。
今回なんか正直なところ好みのタイプだし、友達とかからで付き合っても構わないのが本音なんだけど───
「ごめん、そういうの興味ないんだ」
俺の意志とは無関係に、冷たい声が俺の口を通して発された。
いつもこうなんだ。
「あ、ご、ごめんなさい!」
玉砕した女子を見るのは毎回ながら心苦しい。
逃げるように走っていった彼女は、屋上から降りる階段のところで、友人に泣きついている。
この身体は、イケメンだが呪縛されているのだ。
普段は俺の意志どおり動く、俺の身体なのだが、ことに恋愛に関する事柄に限っては、俺に自由はないのだ。
「そういうの興味ない」って言うくせに、この手元にある、美少女キャラだらけのライトノベルはなんなのだろうか。
二次元しか愛することのない、より高みに進化したオタクとでもいうことか。
違うぞ。俺は普通に三次元の女子も好きなのに。
まあ、結果的に近づくことはできないのは、前とそんなに変わってないと言えるだろう。
前も今も、俺の相手をしてくれるのは、ラノベと漫画とアニメとゲームの女子だけなのだ。
俺は、時計を確認すると、再びライトノベルの世界に戻る。
そんな変わらない日々が続いていくと思っていたんだ。
あいつが俺の前に現れるまでは。