今夜は月がきれいですね
___
私、水島若菜には、部活や委員会が同じというわけでもないのになぜか放課後に会う先輩がいた。
先輩の名は中山和宏。
偶然とはいえ、ここ1ヶ月も毎日会っていると小さな気持ちが芽生え始めていた。
冬の始まり、日が暮れる頃はやはり肌寒い。肩をさすりながら用もないのに地下の第4会議室のあたりをうろうろと歩いていた。
ここは地下1階という名目になっているが、実際は第1グラウンドより少し低い第2グラウンドと繋がっているため、外が見える。
木々の隙間から見える暗い空は幻想的だ。
「若菜さん」
ふいに声をかけられた。が、聞き慣れた声のためゆったり振り向き優しく微笑む。
「こんばんは、中山先輩」
完璧。昨日一生懸命練習したゆったり笑顔が出せている。そう思った。しかし、
「昨日、練習したんだね?その笑顔」
笑いを含んだ声で言う。
戸惑った表情で見ていると、
「若菜さん、全部表情に出ているよ」
途端、顔が赤くなった。なんてみっともないのだろう。全て見透かされていたなんて。
ふと、中山先輩の手元を見た。たくさんの書類がある。
「…これね、先生に頼まれてまとめてこいって。」
「あの、お手伝いできることがあれば…」
「そう?じゃあ、お願いしようかな」
狭い会議室の中、きしむパイプ椅子に座って2人きりで作業。なかなか緊張する。
「…先輩、なんでいつもここで作業するんですか?」
沈黙に耐えられなくなった私は問う。
「んー…若菜さんに会いたいから、って言ったらどうする?」
また顔が赤くなる。すると笑いながら先輩は言った。
「冗談。ごめんね、からかっちゃって」
「もー…バカにしないでくださいよー!」
一瞬期待した私がバカだった。
「…本当は、ここから見える景色…空が、綺麗だから、かな。僕の家は集合住宅で、なかなか空が見えないからね。ここが一番好きなんだ」
普段あまり話さない先輩がここまで話すのは初めてだった。
「私も好きです。…木の隙間から見えるのがまた、幻想的でいいですよね」
「若菜さんはわかってくれるかい?実はこの話をするとみんなに笑われちゃうんだよね。…4階の方がよく見えるだろって」
先輩が窓の方を見る。私もつられて見る。月がまん丸く綺麗に出ている。木が、月の部分だけ避けるように綺麗に出ていた。
「…中山先輩、今夜は月がきれ…!」
いい切ろうとしてハッとした。このセリフは告白の時に使うと聞いたことがある。
「ん?どした?」
「い、いえ、なんでもないです。忘れてください」
まだ早い。言い切ってしまいたい気持ちもあったが止めた。振られるのを恐れたからだ。
「……いつか、言えたらいいな…」
小声で呟いた。
それは先輩の耳には届いていないのか、気にとめることなく窓の方を見続けていた。
3作目です。
前作は失踪しました。
私にはどうやら短編が合っているようです。