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6 王宮からの使者がきました



 それは乙女ゲームというジャンルが確立する前のゲーム。

 元々男性用の恋愛シミュレーションゲームはあったが、女性用はなかった。そんな時代に作られたアドベンチャー型シミュレーション恋愛ゲーム。

 その中の一つに「勿忘草」と和名なのに、物語の舞台は中世ヨーロッパ風だったゲームがあった。

 剣と魔法……がない、普通の学園物。主人公であるヒロインがマップ移動し、学園で出会った男性の悩みを解決していくシンプルな話。ミニゲームあり、恋愛あり、ルートによっては陰謀ありとゲーム情報誌では高評価、ユーザーも楽しめたというコメント多数の作品だった。

 とはいえ、リリスの前世である少女は、ミニゲームしかあまり楽しめる要素がなく実に淡々と進行作業をしていと記憶している。

 勧められるままにプレイはしたが、空想は空想と割り切ってのプレイ。当然心から楽しむことはなかった。

 しかし、そんな彼女でも唯一お気に入りと言えるキャラクターがいた。

 攻略対象どころか主要な登場人物ではなかったけれども、二度だけの登場に微笑ましく見守っていたキャラ。

 名前はなくゲーム上では「従者1」。攻略対象の子爵子息が登場した時共に登場し、子息と共に同じ攻略対象の王子――現在の国王――を探し東奔西走していた。

 攻略対象の子息は、子爵位ながら王子に気に入られ、遊び相手兼将来の補佐官を期待されていたため傍つきとなり、目を離せば消える王子を探す羽目に。

 その子爵子息をさらに補佐していたのが、名もない「従者1」であり彼女が密かに微笑ましく見守っていた人物だった。

 当時というべきなのか迷うが、当時15さいだった少年。記憶を思い出してから、歳のわりに幼い容姿で、あわあわしていた少年はどう成長しているのか気になっていた。

 この世界はあのゲームの16年後の世界。実際攻略対象者だった父や、幼馴染の父親は共に華麗に加齢している。

 きっとあの少年も大人の男性になり、子爵共々王に振り回されているのだろう……そんなことを思っていた。

 実際、見るまでは――――。




 客間に通された使者は、細身でいかにも文官風情の優男だった。

 茶髪に茶色の目。特に目鼻立ちがいいわけでもない平凡なその使者は、申し訳ないといった表情で微笑みつつ丁寧に腰を折り謝罪の形をとって現れた。


「私、アスレン殿下の教育係を務めておりますメーゼ・ノッテと申します。

この度は、こちらの不手際でマクベシー伯爵家の皆様にご迷惑をおかけいたしましたこと、大変申し訳なく思っております。

ここ最近殿下の様子がおかしいと、観察と警戒をしたしておりましたが、まさか隙をついて書置き一つ残して脱走するとは夢にも思わず……」

「いや、まぁ……血筋だなとは思うが、ノッテ殿のせいではないと思うので、その姿勢はおやめください」


 見事な直角90度で謝罪しているメーゼに、若干引いた顔で父が慌てる。

 ゲームの知識では二人は顔見知りだったはず。無言で成り行きを見ていれば、「君は昔から尻拭いばかりだな」とか「王の次は王子とか運が悪すぎる」だとか同情交じりな会話がなされていた。


「それでノッテ。父上から何か受け取っていないかな?」

「なにがそれでですか!まったく貴方は、この国の王子としての自覚が足りなさすぎる!

王になりたくないとごねた次は、官吏になると座学を抜け出す。その次は実際に民のことを知りたいと脱走ですか!?

いい加減にしないと、気の長い私でも怒りますよ!」

「すでに怒ってるじゃないか」

「怒らせてるのは誰ですか!減らず口はこの口ですかっ」

「うわ!いひゃいっ!」


 アスレン殿下の発言に、メーゼは勢いよく態勢を戻し目を吊り上げると、足並み荒く近づき殿下の頬を引っ張った。

 不敬罪とかいいのかなと思いつつ、何も言えない。

 二人の様子から、教育係と王子という関係以上の親密さが窺え、口がはさめないからだ。

 両親を見ればなぜか懐かしそうに目を細め、姉と兄は若干引いていた。


「懐かしいですわね、旦那様」

「ああ。昔もこうしてウーヴァ殿と陛下を叱っていたなぁ」


 ゲームでは語られていなかったが、昔もこういうことが日常的にあったらしい。

 しかもウーヴァという人物は、件の子爵子息。ウーヴァ・オネスト子爵子息。

 今は子爵位を継いでいれば、オネスト子爵となっているはずで、その人物と共に苦労していたといえば、あの従者1。

 つまり、この使者はあの従者となるわけで。


「……見事な童顔……」

「ぶはっ!」


 彼の昔を間接的にではあるが知っているリリスの呟きに、アスレン殿下が噴き出す。

 頬を引っ張られている状態での吹き出しは、見事メーゼに唾を吹きかけていた。


「殿下ぁ!」

「今のは不可抗力だろう」

「そこは王族として堪えるものです」

「無茶苦茶な事を平然と言うな。それに、どう見ての二十代前半にしか見えないのは事実だろうが」

「人が気にしていることをっ」

「も、申し訳ありません!私が不用意なことを言ったばかりに……」


 何やら不穏な雰囲気に、リリスは慌ててメーゼに謝罪した。

 現在31歳のはずのメーゼは、見た目で言えば22か23歳くらいにしか見えない。

 記憶の中の少年が、青年――実際は中年のおじさん――として目の前に現われたので、思わず呟いてしまったけれど、このままでは話が進まない気もしてくる。

 二人の掛け合いは漫才のようで面白いと思ってしまったことは、心の中だけに留めておいた。

 リリスの言葉に茶色の瞳が彼女へ向けられる。平凡な顔立ちなのに、その瞳だけが力強く、一瞬にして意識がそちらへと向いた。

 目だけが異常に引き込まれる。心臓が鼓動を速めたことに、リリスは驚き目を見開いた。

 ありえない。彼はものすごく年上だし、好きか嫌いかで言えば好きと言えそうだけど、それは恋愛に対してではないはず。

 それなのに、目を見ていると心臓の鼓動がやまないのに焦ってくる。

 

「リリス?」

「は、はいっ!」


 姉が怪訝そうに名前を呼ぶ。リリスは過剰に反応してしまい、声を裏返させてしまった。


「リリス、どうしたんだ?」

「あらあら、顔が赤いわよ」


 両親が心配そうにこちらを見ている。両親以外にもこの場にいる全員の視線を受け、リリスははくはくと口を動かした。


「そ、そうでしょうか?この部屋が少し暑いだけなのでは」

「ああ、そう言えば少し空気がこもっているな」


 必死に考えて出たお粗末な言い訳にも関わらず、兄が同意してくれた。彼はそのまま窓辺によると、窓を開け放つ。

 風が吹き込まれ、部屋の空気と共にリリスの火照りも風によって静まってくれた。


「……申し訳ありませんでした。あの、体調が悪いとかではないので、その……話を続けて下さませ」


 こんな空気にしておいて、話を進められるか分からなかったが、それでも何も言わないよりはマシだろうと、なんとか言葉を紡ぎだす。

 心配そうに見ていた両親は、何かに気づいたのか僅かに目を細め、仕方ないなとばかりに苦笑している。

 これは自分の心の変化に気づいたのかもしれないな、とリリスはぼんやりと思った。


「まだ顔が赤いけれど、大丈夫なのかい?」

「はい。平気ですわ、アスレン殿下」

「……そう。ならいいけれども、悪くなったら遠慮なく休むんだよ」


 アスレン殿下も何かに気づいたのか、一度メーゼを見て再度リリスに視線を向けると、にこりと笑いながら言った。

 それに息を詰まらせつつ頷く。

 メーゼは口元に指を持っていき何か考える仕草をしつつも、首を傾げていた。


「とりあえず、話を戻そうか」

「……そうですね。殿下のおかげで、いっこうに話が進んでおりませんので」

「もとはと言えば、お前が説教を始めるからだろうが」

「本当に、ああ言えばこう言う方ですねっ」


 また言い合いになりそうになりつつも、メーゼは深く息を吐き出すと懐から親書と思わしき紙を取り出し、父に差し出した。

それに素早く目を通した父の表情が強張る。いったい何が書かれているのだろうか。


「ノッテ殿……」

「マクベシー伯爵。残念ですが……」


 主語のない会話をする二人に、一同が顔を強張らせ見守る中、父はぽつりと言った。


「アスレン殿下はこのまま屋敷に逗留することになった」と。




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