4 一年経ちました
あの日から一年。怒涛の日々が過ぎつつ、リリスは12歳になっていた。
この一年、何をするにも不自由でもどかしい思いを何度もしてきた。
他の領地に逃げそこに居を構えた者が多かったために、復興の人手が足らず建物の再建が進まないこと。人を集めるために、少し多めにお金がかかってしまったこと。他にも農地の復旧もある。
人がいなければ建物を建てるのも、農作物を作るのもままならず、この一年で出費がかさむいっぽう。それなのに入るお金は減っていく。負の連鎖が続いていた。
領の運営は領民が納める税で成り立っているために、人が減れば必然的に税収も落ちてしまう。
国から復興費用としてお金を頂いているが、それは三年という期限が設けれらている一時的措置でしかなかった。三年内に領内を整え、税収を以前と同じくらいに戻すには期間が短すぎる。
国の他にも父親同士が友人であり、姉の婚約者の家でもあるブルーリア伯爵家が援助してくれている。その他にも援助を申し出てくれた貴族はいたが、多方面に支援を受けいれてしまえば、今後その家に頭が上がらなくなってしまうおそれもあり、安易に受け入れられなかった。
現在支援を受け入れているのは、ブルーリア伯爵家と母の実家であるフレイン子爵家の二家のみ。本来は領民から徴収した税で復興したい所だ。
かといって、逃げた人たちがまた領地に戻ってくるかと言われれば否だろうをなと、リリスは窓から見える風景を見ながらため息をした。
手元にはリサイクルよろしく書き損ねた紙を細かく切り束ね、メモ帳代わりにしている書きかけの覚書。その中身は昨日、屋敷から出ていったマクベシー家の宝飾品一覧。
領民のためにと、マクベシー伯爵家でも生活を切り詰め、足りなくなりそうなときには宝飾品や家財を売りに出すなどして涙ぐましい努力をしている。
紙は粗悪品を含め一般的にも出回っているが、書き損じなどそのまま捨てるのはもったいないと、前世一般人だったリリスの案でメモとして使用中なのだ。
多少インクの裏うつりは見なかったことにしている。気にしだしたらきりがない。前世一般人だったので、そこまで気にしていないともいう。
そこに書かれてある一覧で、手元にあった物はおよそ手放してしまった。あと売れるとしたら家財や個人所有の小物類だけだろう。
着るものだって高値で売れそうなものは手放してしまったので、今着ている服は簡素なワンピースだ。そこいらの平民とあまり変わらないワンピースだが、リリスは結構気にっている。
もともと華美な服装を好まないリリスだが、伯爵家令嬢として恥ずかしくない高価な生地でそれなりに見栄えのあるドレスを着ていた。
ドレスだけあって身動きがとりにくく、あまり動き回れなかったので、もし財政が安定したなら今度はこのワンピースのようなものを作ることにしよう。そうぼんやりと思いながら、気の枝で休む小鳥をぼんやりと見つめる。
「ブルーリア伯爵家からの援助もあまり長く頼れない。国からの援助も期限付き。売れるものは売りつくした。残るはこの身くらいですれども……」
家のために援助と交換条件で嫁ぐのは貴族として仕方ないと思う。政略結婚など珍しくもない。
現に両親は幼馴染ではあるけれども、家同士の結びつきを深める目的で政略結婚している。それが例の記憶にある乙女ゲームの話になるわけだが。
「考えてはダメよリリス。あれは精神的にきますわ」
知らなくていいことは世の中にごまんとある。あれはその中の一つ。過去のこととそっと胸にしまっておく方が精神的にいい。
母の悲哀やら父と他の女との逢瀬やらは、もう過去になったできごとなのだから。とりあえず、今はこの状況をどう打破するかだ。
「こればかりは、お父さまと相談してみるしかありませんわね……」
金銭援助が目的の縁談となると、嫁に行くことになるのは裕福な商家か、財産があるどこかの後妻が妥当だろうか。
商家は平民なので、伯爵位の家の令嬢を嫁にするのは無理があるだろうし、後妻が有力だろうなとまるで他人事のようにリリスは冷めた気持ちで整然と考えていた。
しかしデビューもまだの12歳の子供を嫁にもらってくれる所などあるのだろうか。少女趣味でもなければ引き取り手などいなさそうだ。
美男美女の両親なので、顔の造りは整っている方だと思う。
父親譲りの真っ直ぐな金髪と、母親譲りの青紫の瞳。あまり外に出ないので肌も白く、腕や足は折れそうな程に細い。ただし少々胸部が寂しいのは、まだ12歳ということで将来期待している所だ。
兄や姉は美男子であり美少女なので、自分もそれに該当しそうだが、どうもそうではないようだと日々鏡を見てはため息をつきそうになる。
前世平凡な女子高生だったので、初め鏡を見た時は人形な容姿にちょっと嬉しくなった。それも姉を見て自分と比較した時には、ちょっとしょっぱくなったのは姉には秘密。
姉のリビアは本当に人形のように整った容姿で、まだ子供だというのに貴族の令嬢然とした佇まいはこうなりたいと憧れてやまない。そんな大好きな姉と自分の造作を比較し、ん?と首を傾げたのは前世を思い出してわりとすぐのころだった。
目や鼻、口など親が同じなので造りは似てるのに、全体的に華やかな姉と比べ、自分はパッとしない顔立ちだと気づいたのだ。
一つ一つ造りは整っている。さすがあの両親の娘だけあると思いはしたが、総合的に見てれば、「綺麗だけれどいまいち目立たないね」と言われそうな顔立ちなのだ。
家族が揃えばちょっぴり影が薄くなるといえばいいのか。それでも、美少女の分類には入るのが救いだと思う。前世の容姿からすれば、この姿は満足のいくものだし。
それに磨けば光る玉であることは確かだろう。まだ子供。これから自分磨きをすれば、家族の中に埋没するのは阻止できると思われる。
「とはいえ、復興と財政が安定するまでは無理でしょうけれども……」
そうぽつりと呟きリリスは気分転換に窓を開け放つ。
そよそよと温かな風を受け深呼吸をすると、遠くから馬車の音が聞こえてきたのにリリスは首を傾げた。
今日は来客の予定はなかったと思ったが、自分が知らなかっただけだろうか。目を凝らし近づいてくる馬車を確認すれば、それはマクベシー家所有のもの。
そういえば、今日は父の代理で兄が王宮へ行っていたのだったと思い出し、客ではないことにほっと息を吐き出した。
親交のある貴族と会う度、以前とはかけ離れた身なりに同情や、それに隠された見下しの視線に気分が自分たちを否応なく襲ってくるからだった。
隣国侵攻の際に、援軍を送ることも支援をすることもなかったくせに、いまさら上から目線で来る貴族どもに辟易する。
マクベシー家は元を辿れば建国の祖の騎士をしていた、古くから続く由緒ある伯爵家になる。そんなルエリエ国の中で古くから続く伯爵家の没落寸前の姿に、見ものがてらのお見舞いは、彼らの好奇心と自尊心を大いに刺激するらしかった。
「あら?お兄さまだけではなかったのかしら?」
馬車が屋敷に到着し、中からアルヴィスが出てくる。そのまま屋敷の中に入るかと見ていれば、彼は馬車に振り向き少し浅めに礼の形式をとっていた。
馬車にもう一人、それも伯爵位より上の身分の貴族が乗っていたらしい。
なぜ我が家の馬車に乗っているだとか、そもそもどういった経緯で誰が乗っているのかとリリスはじっと馬車からその人物が降りてくるのを待つ。
アルヴィスから間を置かず、馬車から降りて来たのは兄と同じ歳くらいの少年だった。
日の光を受け、キラキラと青味かがった銀髪が風に靡く。顔は見えないけれども、身なりは上品で一級品の服装が似合っている。
その少年は慌てて出迎えた執事と両親に伴われ、屋敷の中へと入っていった。