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3 帰ってきました



 隣国の侵略を阻止できて一か月が過ぎた。

 アストレの言っていた通りの報告がリリス達にもたらされ、姉のリビアと喜び合ったことは記憶に新しい。

 その後、残党狩りも行われ危機が去ったことが確認されマクベシー姉妹は自領へと帰ってきた。

 馬車から見えた景色は、領地に進むにつれ四カ月前とはすっかり光景を変えていたことに二人はショックを受け言葉少ない帰還となった。

 実り多き森は煤け、ところどころ切り倒されていた。ほんの数カ月前まで、あそこには様々な動物がいたというのに見る影もなかった。

 戦場だった場所に近づくにつれ、焼き討ちにあったのか建物は崩れているのが目につくようになり、煤と何かの異臭が混じる空気へと変わる。

 汚れた布が空しく風にさらされ、カラカラと乾いた音を立て生活用品たちが転がっていく。ここには確かに人が暮らしていたはずだった。

 仕事に精を出す人や、家を切り盛りする人。家業を手伝う子や子守をする子。それを優しく見守る人たち。ただ普通に暮らしていただけなのに、今は人っ子ひとりみあたらず乾いた音だけが響いていた。

 そんな光景を目にするたび、リリス達は悲しみと不安で胸が押しつぶされそうになり、お互いの手を握り締めていた。

 そしてやっと屋敷へとついたのだが、そこも記憶よりも少しだけ古ぼけたような建物になっていた。ここまで戦場になったという報告は聞いてなかったが、もしかしたら屋敷に到達寸前だったのかもしれない。

 出迎えた両親と兄は少しだけ痩せ、疲れ切った顔だった。

 くたびれた服に艶のなくした髪や肌は、この争いの酷さを乗り切った証に思え、リリスは零れそうになる涙をこらえると「ただいま戻りました」と震える声で言った。


「おかえり二人とも。無事に帰ってきてくれてよかった」

「ああ……リリス、リビア。二人ともよく顔を見せてちょうだい」


 父――ルーファスが泣きそうに顔をくしゃりと歪め、リリスとリビアの髪を優しく撫でる。母――シェリアは感極まって泣き出し二人の娘を抱きしめた。


「お母さま、少しやせましたね」

「顔色も悪いです。それにお母さまだけではなく、お父さまもお兄さまも」


 リビアの言葉にリリスも続ける。見ただけでも分かった変化は、抱きしめられて一層感じる。もともと細かった腕はさらに細く抱きしめる力も弱い。

 幼いころ抱きしめられた記憶よりも薄くなった母の体。少しだけ柔らかさが欠けた母に、離れていた時間を感じてしまう。

 母の肩口から見える父の頬には治りかけの傷。13になったばかりの兄には傷は見当たらないものの、目の下には大きなクマがくっきりと浮いて出ている。

 家族の後ろに控えている使用人たちも一様に似たありさまだ。この使用人たちは戦場になるかもしれない屋敷に残ることを志願した者たち。

 避難しろという両親の命令を拒否し、自分たちがいなくて誰が屋敷を維持するのか、父や兄を補佐するのかと食い下がった猛者だ。

 その使用人たちが欠けることなく出迎えてくれたことも嬉しく、リリスはきゅっと口を引き結んで母の胸に顔を埋めた。


 「……無事でよかった」


(前世を思い出しても怖かった。だってこんなこと前の時もなかったから……)


 ぽつりとこぼした言葉は母に遮られ、誰にも聞こえられず消えていった。





  感動の再会もそこそこに、リリス達は広間で今までのことを報告し合った。

 リリスとリビアはブルーリア伯爵家の人たちがよくしてくれたことや、そんな中でも不安であったことを話し、両親は領地のことを二人に話した。

 たとえ子供であっても、領地であったことを隠すことはしたくないと、この地を預かる領主として詳細は省きつつ言う。

 父の話ではエレンジス国の侵略兵たちは領地の三分の二を焼き、略奪などをしていったらしい。領民の被害状況はまだ把握しきれていなく、その処理に忙殺されているそうだ。

 領民たちは他の領地へ逃げたり、この領主の屋敷に逃げたりと四方に散らばってしまったことも両親は話した。どうりで広間へ通された時、見慣れた使用人たち以外に知らない人がいると思ったわけだ。

 そして母は、侍女たちと共に避難してきた領民の世話をしたり、兵士たちの世話や治療といったことをしていたそうだ。

 そんなことなど知らず、家族たちが奮闘している間、のんびり避難していた自分が恨めしい。

 避難は両親が決めたことだったけれども、我を通せば残ることもできた。そうしていれば、少しだけれども助けることくらいはできたはず。

 いまさらそんなことを思っても遅いけれども、当時粘らなかったことが悔やまれた。


「リリス、そんな顔するな」

「お兄さま……」

「エレンジスは退けた。領地の復興が急務になる。お前たちはそれを手伝ってくれればいい」


 母親似の冷たい美貌の兄――アルヴィスが目元を緩ませる。

 母譲りの鈍い銀髪と父譲りの碧い瞳の組み合わせは、三兄妹の中では兄だけ。その兄が一見温度を感じさせない無表情に近い顔が柔らかくなる。

 再会してからも表情を変えなかった兄に、何かあったのではと思っていたリリスは、ホッと肩の力を抜いた。

 いつもの兄だ。何を考えているのか読めない無表情なのに、こと家族に関することでは表情を崩す。きっと今まで緊張状態だったから、顔が強張ったままだったのだろう。

 そう検討をつけ、リリスは「はい」と返事をした。



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