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2 記憶を恨みます



 記憶を思い出して四日が経ったが、リリスはいまだにベッドの住人だった。

 初日は領地ことが心配で不安からか気づくことはなかっが、翌日、前世の記憶のせいで熱を出し寝込んでしまったからだった。

 記憶は箱に入り馴染んだと思っていたので、予想していなかった高熱にリリスは前世の自分を恨んだ。それはもう、血を吐くくらいに。

 実際血を吐きそうなくらいせき込み、死ぬかと思った。

 昔、風邪をひいた時ですら軽い症状だったので、よみがえった記憶を本気で消し去りたいとすら考えたくらいだ。そんなこと出来るはずもなく二日間地獄を見た。

 高熱にうなされ、現在の記憶なのか前世の記憶なのか、ぐちゃぐちゃな映像が頭の中を回りすぎて一瞬、自分が何者なのか分からなくなってしまったくらい大変だった。

 しかも、前世の記憶は断片的な上、思い出すのはなぜかゲームの話で、両親の修羅場……この精神的苦痛、どうしてくれよう。

 行き場のない怒りを抱え、我慢に我慢を重ね耐えていた自分をエライ!と本気でほめたいくらいだ。

 二日目には熱も下がり、三日目には体調も安定したのに、みんな一向にベッドから離れることを許してくれない。

 心配してくれるのは有難いし、申し訳ないけれども少し嬉しい気持ちもあるが、これは大げさではないだろうか。

 まるで重病人のような扱いだ。ブルーリア伯爵一家や屋敷の者たちの過保護さにリリスは深々と息を吐き出し、部屋を見渡した。

 実家の自室とひけをとらないくらい貴族然とした室内だ。趣味がよい調度品で纏められているのは、さすがと感心するくらいなのに、ここには本当に「調度品」しか置かれていない。

 

「ヒマ……」


 枕元には、ブルーリア伯爵夫人が持ってきてくれた本がある。

 しかし、それもすぐに読み終わってしまい他にすることがなくなってしまった。

 刺繍や編み物でもしたいが、長い時間起きてるのは体に悪いと止められ、道具もどこかにしまわれてしまった。

 周りは過剰に心配しすぎているとリリスは思う。

 記憶を思い出しただけで、体のどこかを怪我したわけではないのに。でも、自分以外記憶のことは知らないのだし、仕方ないと大人しくしている。

 素直に「前世の記憶があります。そのせいで寝込みました」と話しても、気がふれたとさらに心配させるだけだろう。

 

(せめて話し相手が欲しいわ)


 自分たちを保護してくれているのは、父の友人であるブルーリア伯爵で、伯爵の屋敷に避難中なのだ。

 親しくしていると言っても、よその家で話し相手としてメイドを呼びつけることもできないし、気軽に出歩くことも憚れる。それに、現在は病人扱いでさらに無理な気がする。

 姉は夫人の相手と、婚約者と会っていることだろう。すごく羨ましい。――暇つぶし的な意味で。

 姉の婚約者はブルーリア伯爵家の嫡男で、自分たちの幼馴染になる。伯爵譲りの赤い髪と目をした少年だ。

 その色彩のとおりの熱血さんで、剣術の稽古に精を出している。将来は騎士になるのが目的らしい。

 父である伯爵も軍事を司っているので、親子そろっての熱血漢に夫人は呆れた顔で見守っていることが当たり前になっている。

 おそらく、姉も将来結婚したらそうなるのだろう。

 

(寝てることも飽きてきたし、体調も万全。ここは抜け出して、少し気分転換が必要だわ)


 心の中で独り言を呟きながら、リリスはゆっくりとベットから降り立つ。

 寝やすいようにと白い簡素な服を着ている上から、近くに置いてあった藍色の肩掛けを羽織る。髪が邪魔だが、適当に縛るものが見当たらず、そのままにした。

 音を立てないように扉を開き、廊下を窺う。

 メイドの姿が見えないことを確認し、リリスは部屋を出た。

 この時間はメイドたちは仕事で忙しく動き回っているはずだが、客間のここには寝込んでいたリリスがいるからと静かにしていてくれているらしかった。

 それでもベルを鳴らせば駆けつけてくるのだから、ここのメイドたちの優秀さがよくわかる。なぜあんなに小さな音でも五分以内には部屋に来ることができるのだろうか。

 実家のメイドたちにも同じことが言えるが、リリスにとってもはや特殊の力にしか思えない。

 とりあえず、いま誰もいないことは好都合だ。今日の自分はいているのかもしれない。これなら出歩いていたことも気づかれないだろう。

 少し散歩してすぐに戻ってくれば、誰も出歩いていたことなど知らないはずだ。

 リリスはうっすら笑むと、念のため足音を立てないように歩き出した。







 伯爵家だけあり、ブルーリア家はマクベシー家とひけをとらない程に立派な庭園がある。

庭師が丹精込めて手入れをしてくれているおかげで、伸び放題ということもなく、見ている者の心を穏やかにしてくれる色とりどりの花々が咲き誇っている。

 今いるこの庭園は、表の庭園と同じように手入れが行きとどいて、ここは屋敷の丁度裏側にこじんまりと造られているので、人目を忍ぶにはちょうど良いい。

 どうやら客人のために造られているらしく、屋敷からここに来るのに客間がある離れと本館を結ぶ通路に出入り口がある。

 小さいお茶会ならひらける広さの庭園を進みながら、リリスは四日ぶりの外の空気を吸い込んだ。

 太陽の温かな日差し、風に漂う花の芳醇な香りに頬が緩む。あの苦痛な日々がウソのようだ。


「出てきて正解」


 小さなピンク色の花を覗き込み、すんと吸い込む。その愛らしさに似合う僅かに甘い香りがした。

 見かけない花が多い庭園は鑑賞するだけでも楽しい。家の庭にもない花を探しては、興味深く観察し香りを嗅ぎまわっていく。

 ブルーリア伯爵は草花に興味が全くないので、この花々は伯爵夫人が手に入れて植えさせたのかもしれない。リリアの前世が「脳筋にはムリ」ときっぱりと言い切っている。

 ちなみに、前世の記憶が彼もゲームの攻略対象者だったと告げているが、リリスにとってはどうでもいい情報だ。

  花々を楽しみながら半周だけ回ったが、これ以上は誰かに見つかるかもしれないと諦めた。

 姉たちの許しを得た後に、今度は堂々と回ろう。

 素晴らしい庭園に後ろ髪をひかれつつ部屋に戻る。

 来た時と同様、誰にも見つからず戻ってこれたことにほっと息を吐き出したリリアの肩に何かがふれた。


「ひゃ!」

「お、おい。そんなに驚くか」


 振り向けば、赤い髪をぐしゃぐしゃに乱したここの嫡男――アストレ・ブルーリアが立っていた。

 剣術の稽古が終わりそのままこちらに来たらしい。彼のほかに誰もいないのを見ると、こっそり来たのかもしれない。

 稽古着は砂で汚れ、服のほかにも腕や顔にも少しの汚れがついている。

 こんな姿のまま、病み上がりの人間の部屋に来れば、メイドたちに止められることは間違いない。

 誰もいないことをいいことに、そのままこちらに来たアストレに、リリアは呆れた表情で近寄ると、身に着けていた肩掛けで彼の頬についている汚れをふき取る。

 姉と同い年の彼はリリアの一つ上だが、もう12歳だというのに成長が遅いのか体格の差はない。

 身長も同じくらいで難なくふき取ることが出来た。


「アスさま。誰にも見つからなかったからいいものの、すごい汚れですよ」

「それをいうならオマエもだろ。抜け出してどこいってたんだ?」

「う……」


 墓穴を掘った。

 言葉に詰まったリリアに、アストレはニッといたずらっ子のように笑い、「内緒にしてやる」というとそのまま乱暴に椅子に座る。

 アストレは動く気がまったくないようで、リリスは仕方なく向かい側に座った。


「なぁ、どこにいってたんだ?」

「散歩です」

「どこへ?」

「……」


 執拗に聞いてくるアストレに、リリスはにっこりと笑いサイドテーブルにあるベルに手を伸ばす。

 このベルを鳴らせば、別室で仕事をしているメイドに伝わる。伝わればどういうことが起きるか、剣術バカでもわかるだろう。

 稽古終わりに、着の身着のまま客人の部屋に来たのは大変マズイことも。しかも病人、さらに異性の部屋にきたことも。

 幼馴染と言えど、付き添いのメイドがいないのは常識外れだ。

 目が笑っていない笑みでベルに触れる寸前、「まて!」と慌てた声に手を止めた。


「オレがここにいることがばれたら、母上にしかられるだろう!」

「叱られてください。乙女の部屋に無断侵入の罪は、制裁をもってその身にうけるべきです」

「おとめ……って、お前、熱出してから性格変わったような気がするぞ!」

「そうですか?それよりも、私にご用意があったのでは?」


 これ以上話を続けて、追及されることは避けたいリリスは、さらりと話をそらした。

 散歩に出ていたことも、庭を散策していたことも、心配してくれている手前言い出しずらいのでこのまま流されて欲しい。

 その願いが通じたのか、はたまた告げ口が本当に恐ろしかったのか、アストレは口をへの字に曲げて言った。


「……さっき使者が来た。稽古中に来たのをみたんだ」

「はい」


 それがどうしたのだろう。

 ここは名門ブルーリア伯爵家。客人も他家からの使者も頻繁にくるだろう。現にここに避難中の今もたびたび見かける。

 まだ話は続くと目で制しし、アストレは鼻で息を吐き出し曲げていた口元を緩める。


「マクベシー家からの使者だ」

「……まさか」

「あの家紋を見間違うか。もしかしたら、お前たちは帰れるかもしれないぞ」

「……っ!」


 直接話をしていないというのに、その確信はどこから来るのだろう。

 ぼんやりと思うが、それよりも帰れるかもしれないことが嬉しくて、リリスは手で顔を覆った。

 確証を得ない不確定な話だが、領地の事や家族のことを思うと心が逸る。

 でも……と震える手を顔から下ろし、ぎゅっと握りしめる。この話が本当か分からないので、ぬか喜びになったらまた熱が出るかもしれない。

 

「それは本当ですか」

「多分だけどオレの感がそういってる」


 喜んでいるリリスに何とも無責任な返事が返され、彼女はキョトンと目を瞬かせる。

 もしかしてからかわれた?

 それなら、悪趣味な冗談だ。幼馴染と言えど、人の心をえぐって楽しむような人だったとは。

 自然目を鋭くさせるリリスに気づかず、アストレは続ける。


「お前たちがここに来てから、ずっと使者なんて来てなかっただろ?」

「そうですが……」

「この間、父上が近いうちにエレンジスに勝つと言っていたんだ。

マクベシー伯爵家と王国軍、それに近隣の領主も加わっているから、これ以上は長引くことはないだろうと」


 だから安心しろ、と言われリリスは口をつぐんだ。

 信じてもいいのかもしれない。

 剣術バカで不器用だけど、本当は優しい幼馴染だ。確認もないままに突撃したのは、早く知らせたかったからかもしれない。

 それでも、良い知らせとは限らないともいえる。もしかしたら、嫌な知らせかもしれないのだ。

 リリスはわずかに目を泳がせ、すうとゆっくり息を吸い込んだ。


「アスさま、報告ありがとうございます。

ですが確証がもてないかぎり、信じることはできません。すみません」

「……」

「でも一目散に知らせに来てくださり、ありがとうございます。アスさま」


 そう言ってにっこりと笑うと、アストレもほっとしたように笑んだ。


「おう!それじゃ、オレはもういく。これ以上ここにいたら、メイドたちに見つかりそうだしな」


 アストレはそう言うと、「もうフラフラするなよ。オマエのなけなしのお淑やかさがなくなるぞ」と一言残し部屋を出て行った。

 来た時も突然だったが、去るのも突然だ。

 まるで風のように去っていったアストレを唖然としつ見送ったリリスは、なぜかどっと疲れが押し寄せ乱暴にベッドに座った。


「伯爵夫人とお姉さまに、デリカシーを叩きこんでいただきましょう……」


 いくら今は子供でも、女に対してあれはない。将来を考えてもここで一度徹底的に、意識改革が必要だ。

 それにやっぱり女の部屋に突然来るのは礼儀がなっていない。

 将来騎士を目指すのならば、女の扱いにも長けなけてなければ。王宮で貴族の護衛や王族の傍仕えもできないだろう。

 リリスはうんと頷くと身なりを整え始めた。

 アストレのいうことが本当ならば、もうすぐ姉かメイドたちが呼びに来るはずだ。

 彼女の予想通り、あまり時間をおかずメイドと共に、伯爵夫人と姉が部屋に来るのはもうすぐのこと。

  

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