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 雲が風に流され青いキャンバスに白が流れる。そこに不釣り合いな煙を見つめて、リリスは眩暈に襲われた。南の方角に見える土煙にチリチリと頭を疼かせる。

 立っていられず蹲り頭を抱えるも、いっこうに収まらない。それどころか、いっそう疼きだす始末。それでも抵抗するべく固く目を瞑り、やり過ごそうと踏ん張っていた。

 そんなリリスの脳裏に見知らぬ光景が次々と浮かんでは消えていき、やがて膨大な映像に意識がブラックアウトした。





 それは不思議な夢だった。自分は自分ではなく、黒い髪と目をした平凡な女の子で、紺色の何かの制服を着こんでいた。

 少しクセのある肩までの髪を懸命に櫛で伸ばし、少しでもうねりをなくそうと鏡を見て悪戦苦闘している。それなのに、時間は待ってはくれず、結局いつものように中途半端なクセ毛を揺らし家を出ていくのだ。

 次に見えたのは彼女と同じ服を身に着けた、同じ年頃の少女たち。どの子も同じ黒い髪の目をしていた。中には茶色も混じっていたが、天然とは比べれば煤けた色合いに染めていると分かる。

 和気藹々と会話を楽しみ、時に退屈な勉強をして帰宅する。彼女はブカツというものに所属していたらしく、何人も人が集まり合唱という音楽を楽しんでいた。

 次に見えたのは、現実の人ではなく、絵画のような繊細な色の絵。ただ今まで見たことのないキラキラと光る美男子たちが、甘いセリフを口にしていた。

 彼女の中ではゲームと言われるもので、そのなかでも女性向け恋愛シミュレーションといわれる分類に属するらしい。

 四角い箱――夢の中では『テレビ』と言っていたが――の中で、彼らがこちらに向かって話しかけている。それはまるで自分が物語の主役のような不思議な感覚くだった。なんという不思議な絵。

 ただし主人公と呼ばれるキャラクターを動かしている彼女は、心躍ることもなく淡々と攻略していっていた。

所詮しょせんは作り物だし、現実にはそんな甘い展開になることはないと分かっていたからだった。

 それにこのテレビに映る世界は、彼女が日々生きているゲンダイではなく、どこか中世のヨーロッパと呼ばれる時代を思わせる使用だった。

 貴族が存在し、身分の格差が明確にある。王族も当たり前に存在する王政国家。

 その国が運営する学園に在籍する男子生徒の悩みを、下位貴族の少女が解決していく物語。それがこの絵があるゲームの話だった。

 水の流れのように映像の本流に身を任せていたリリスは、「え?」と夢なのか妄想なのか分からない映像に向かって声を上げる。

 系統の違う美青年たちが並ぶ姿絵に、見覚えのある姿があったからだ。いや、見覚えがあるという次元ではない。

 見慣れた姿を若くした青年は、金色の髪に碧い目の美丈夫で、優し気な眼差しでこちらを見ている。それはまさしく、いつも傍にいた<父親>の眼差しと同じだった。

 絶句するリリスに父の若かりし頃の姿に似た絵は、憂いを秘めた声音で婚約者との不仲に対しての悩みを打ち明けている。

 家同士の繋がりを強固にするための婚約だった。

 しかし、彼女とは幼いころから知っている幼馴染だったので、特に反対もせず婚約をしたが、婚約後から彼女がよそよそしいという相談だった。

 リリスの脳裏に昔話として、母から父との婚約の話を聞いた時のことがよみがえる。

 母は幼馴染だった父に仄かに恋心を抱いていたが、いざ婚約を交わしたらどういう態度をとっていいのかわからず、父に冷たい対応で接していたそうだ。

 ゲームの若い父は、そんな母の心など知らず、態度を変えた母に困惑している様子。そんな相談をうけて主人公が気落ちしている父に優しい言葉をかけようとしていた。

 しかしなぜかそれは選択肢という形。三択の選択肢の中から最適な言葉を選び出すらしい。主人公は上の一文を口にし、父はそんな慰めに優しく「ありがとう」と返していた。

 さらに場面が変わる。若かりし頃の母が主人公に悪態をつく場面、ほかの煌びやかな美丈夫達との会話。その婚約者たちとの攻防や和解。

 結末の基本はハッピーエンド。それでも違う結末もある。逃避行や、ひとりで寂しく卒業や、男たちなどそっちのけで彼らの婚約者と友情を結びお茶会などもあった。

 次から次へと流れていく絵は、最後に『今の自分』の記憶へとつながる。

 見知る父母が、優しく手を差し伸べ微笑みをたたえていた。






 



「う、ん……」

「気が付いたのね!リリス大丈夫!?」


 姉の慌てた声にうっすらと瞼を持ち上げ、差し込む光に一度きつく目を瞑る。

 再度目を開けると、姉――リビアの輝く金色の髪と整った顔が間近にあった。青紫の宝石のような瞳には涙があふれ、どれだけ姉を心配させたのかぼんやりと分かった。


「おねえさま、わたし……」


 まだどこか夢の中にいるような気持に、知らず舌足らずな言葉を発する。少し口が渇いてるなとリリスは漠然と思う。

 それでもその乾きより、どうして寝ているのだとか、なんで姉が泣いとるのだろうかとか、そんなことの方に気をとられどうでもよくなった。


「庭園を散歩していたら突然倒れてしまったのよ?もう驚いてしまって……。ああ、それより気分はどうかしら?」

「お姉様心配かけてごめんなさい。少し体が重いけれど、大丈夫です」

「そう……。少し待っていてちょうだい。いまお医者様を呼んでくるわね」

「はい」


 慌ただしく部屋を後にする姉の後姿を見送り、リリスはぼんやりと天井を見つめる。あれはいったい……そう疑問に思ったと同時に、あれは記憶なのだと漠然と理解する。

 自分ではない自分は前世の自分。彼女は学校と言う場所に通い、友達と遊び、青春を満喫していた。歌うことが好きで、友人の勧めだというゲームをすることもあった。

 そう、アレはその時に勧められたゲームの一つだった。


「ゲーム……恋愛シミュレーション。お父さまとお母さまの若いころ……」


 また眩暈だ。夢の中でみた映像が組み合わさり、一つの『記憶』として作り上げられていく。それは頭の中で記憶の収納箱を作り上げ、次々に収まっていく。

 くっと息をつめ、リリスはその箱にすべて入るまで耐える。一分か数秒か、どれくらいなのか分からないが、それほど時間はかかっていない気がする。

 やがて箱に収まった記憶達は、それがリリスの前世であり、この世界がかつての世界でのゲームの世界であるということを教えてくれた。


「ここがゲームの世界?私は生まれ変わった……?」


 生まれ変わった。その言葉がしっくりくる。あの世界でいう転生を自分はしたのだろう。

 文明が発達し、電子機器が溢れた世界で不便というものがあまりなかった気がする。前世の自分も、なんの不満もなく生きていたが、ある日突然交通事故にあい呆気なくなくなってしまったのだ。

 そして次に生まれてきたのがこの世界。非現実なことだと笑い飛ばしたいが、現にリリスはあのゲームの登場人物の父母から生まれた。

 他にもあのゲームで登場した人物たちが、この世界には普通に存在している。

 ただし主人公として登場した少女は知らない。いやリリスが出会っていないだけで、どこかにはいるのだろう。

 

(わからないわ。でも前世の私が言ってる。これはネット小説と言われるものによくある話だと)


 深く息を吐き出し、右手を額に持っていこうと持ち上げる。その手の小ささにリリスはビクリと肩を震わせた。


「小さい手。そうね、そうよね……今の私は11だもの」


 意識が混同し過ぎてるのかもしれない。こんなことで動揺するなんて。

 鮮明に覚えている前世の記憶は17歳なのに、今の自分はやっと11になったばっかり。成長した手と今の手が違うのは当たり前のことだ。

 リリスは深呼吸を二回すると、目を閉じて記憶の収納箱を確認していく。

 夢で見た前世はただの記憶。過去の光景だと箱を確認することで再認識する。

 そして現在の記憶の箱も開けた。今、ここにいるのはリリス・マクベシーという名前の人間。今年11になったばかりで、まだ社交界にすら出ていない。

 爵位は伯爵。そこの次女。上に兄と姉がいるが、今は姉しか傍にいない。

 そう姉しか傍にいないのだ。他の家族は領地で奮闘しているはず。


「……お父様とお母さま、それにお兄さまはご無事かしら」


 前世でのこの世界(ゲーム)の話では参考にならない。あれは両親が若いころの話で、アバウトに計算しても十五年ほど前の話のはずだからだ。

 現在領地で起こっている争いは、いくらこの世界のことを知っていても範疇外の出来事。安否を知ることは難しい。

 リリスは11歳の少女に似合わない、悲壮感を背負い両掌で顔をおおった。


「リリス!?やっぱりどこか悪いの?」

「リリスさま、少々失礼します」


 扉が開いたことに気づかなかったリリスは、ビクリと体を震わせ恐る恐る手を退ける。入ってきたのは姉と見覚えのない初老の女だった。

 見覚えはないが、姉が医者を連れてくると言っていたことを思いだした。

 目じりにシワがあり柔らかい笑みを浮かべ、彼女はそっとリリスの額に手を当て目や口の中、脈を確認していく。

 目が合うと優しく微笑まれた。それが母の笑った顔と重なり、ジワリと目に涙が浮かぶ。


「リビアさま、心配ありません。多少心労が重なったことが原因でしょう。念のため、滋養のつくお薬をご用意しますので、それを服用しながら休養してください」

「わかりましたわ。アギール先生」

「では、わたしはこれで失礼します」


 そういうと、アギールと呼ばれた初老の医者は来た時と同様、動いたことさえ分からないほど静かに部屋をあとにした。

 アギールを見送ると残された姉妹は目を合わせた。姉のリビアの釣り目が心なしか下がっている。

 気の強そうな顔立ちが今は儚げなで、自分よりも体調が悪いように見えた。

 一つしか違わない姉もまた、自分と同じ不安と戦っていたのだ。自分だけ一人でいる気になっていた、一人で怖がって不安がっていた。

 バカみたいに。

 

「ごめんなさない」

「あら?なぜ謝るのかしら?」

「だって、お姉さまも同じなのに。同じ、だったのに……」


 心配じゃないはずない。不安なはずなのに、妹をさらに不安にさせないように気丈に振る舞っていたのだ。

 それなのに姉の優しさに気づかず、挙句の果てに故郷の空に漂う土煙を見て倒れるなんて。

 謝っても謝りきれず、リリスはしょぼんとする。

 そんな妹にリビアは困った顔で椅子に座り、優しくリリスの髪をなでた。その心の内では、やっぱりと呟く。


「領地のことが、お父様達のことが心配なのね?」

「はい。もう三か月です。隣国が侵攻してきて……」


 自領は隣国と接する。そのため過去、西の隣国であるエレンジスが何度か国に侵攻してきたことがある。

 しかし、毎回深く地を踏むこともなく撤退していくのでどこか油断していたのかもしれない。今思えばそのことで、敵を侮っていたのだ。

 今回も同じように侵攻してきたのだが、これもいつものような小競り合いでまた引き返すのだろうと思われていた。

 しかし、今回は違った。敵はいつもの倍の軍隊をなして侵攻してきたのだ。その時になり、あの小競り合いは敵であるこちらを油断させる目的があったのだとわかったが遅かった。

 しかも、運悪くその時父は王に呼ばれ王都へと言っている時だった。領主不在の最中、敵はマクベシー領を侵攻し、近隣の村や街、田畑を蹂躙していったのだ。

 父が王都から王国軍と共に来たときは、すでに領の四分の一が焼かれたあとだった。けれども、四分の一という比較的遅い速度だったのは、父の片腕が奮闘していたからだ。

 もし彼も王都へと父に付き添っていたら、領内は全て焼野原になっていただろう。


「やっぱり、私もお父さまたちの所に行きたいです」

「それはダメよ。何のためにお父様やお母様たちが私たちを、ブルーリア伯爵家に預けたのか、あなただって分かっているはず」

「でもお兄さまは一緒です」

「お兄様は跡継ぎであり男性です。これを乗り越えなければ、あのエレンジスから領だけではなく国すら守れません。大丈夫、王国軍もいるのですからね」


 軽く上掛けの布団の上から叩き、リビアは優しく笑う。

 リリスの胸にはいまだに靄がかかった状態だが、言っても姉に諭されるだけだと口を継ぐんだ。

 それに姉もきっと本当は同じなのだ。これ以上我がままを言うことはできない。

 大人しくなったリリスに、リビアはさらに安心させるためか「少し寝てなさい」と言った。

 一つしか違わないなのに、この落ち着きよう。

 しかも前世の記憶がよみがえった今のリリスは現在の11歳に、さらに前世の17歳が合わさり精神的には28なのだ。

 12の姉に心配される他、諭されたりと情けなく思える始末に、リリスは布団を引き上げ頭からかぶり直した。

 


 胸に陰る不安から目をそらすように、姉の手から伝わる振動を感じながら目を閉じた。


 


 



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