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思いつくままに書いた何か

 言葉の雨が降ってこない。傘を差すための手がないのに、言葉の雫が染みるような目もないのに。それでも言葉にぬれるのは嫌だから、いらぬ心配をしながら町を歩いた。

 雑踏京駅前。片付け忘れたままの町は、今日も今日とて雑然としていた。誰が必要としているのか分からないネオンだらけの広告に、明滅する街灯、妙に多い交差点と信号。チカチカするのに、誰の目を眩ませようとしているのかがイマイチ分からない。この街に今住んでいるのは、出て行く先の無い人間と、逃げ送れたまま居座るしかなかった老人くらいだ。その証拠に、時折見かける清掃業者は、誰も彼もがシルバーな人材。若い人間は一人もいない。そりゃそうだ、こんな町、綺麗にしたところで高が知れてる。もともとが雑然としたままに、繁栄も知らないままに、都を模して作られて、そのまま捨てられたような場所なのだ。愛着でも湧いたのか、こんな場所に。少しでも綺麗な場所で、死にたいのか。

 ぷらっぷら、バランスを取るためだけの腕を振りながら、塵の無い場所を探して歩く。これが難しいんだ。どこに行っても服を着た塵や、もうすぐ動けなくなる塵、蠅に、うじ。実際そんなものがあるわけじゃないけれど、僕にはそう見える。見えてしまうから。申し訳程度に身を守るため、少しでも綺麗でいるために、僕は、マスクをして歩く。息苦しさは、生き辛さよりは幾分ましだから、僕は、マスクを選ぶ。

そうそう、言葉の雨だ。この町ではやたらめったら振ってくる。ふると言うよりは、横殴りにやってくる。僕の面を、僕らの面をひっぱたくためにやってくる。

「清き、清き一票を」「現政権は独裁政治」「やめろ。選挙で落とすぞ」

 来なすった。このときのためだけに僕は、聞きたくもないのに音楽を持ち歩いてるんだ。mp3を音楽と言うと、嗤われるかもしれないが、レコードもCDも、かさばるから。ましてや楽器なんて。演奏しながら歩く気なんて起こらないよ。罵声も石も飛んでこないだろうけれど、それはそれで嫌でしょ。

 ヘッドフォンで、耳を塞いで。でもそれだけじゃダメだったみたいだ。配っているから適当に貰うだけもらったチラシにも、言葉はいた。こっちを見ていた。

「幸福」「終末」「より良い生き方」

 反吐が出るけど、今は逃げるのが先だ。どこへ行こうと追いかけて、いや、ただそこにあるだけなんだけど、それを掻き分けて進んでいるだけなんだけど、でもさ。くしゃっと丸めて、コンビニのゴミ箱へ。ああよかった。ここはまだ、店の外にゴミ箱がある。店内に入ると、なんか申し訳ないからね。何を買うでもないしさ。

 元城跡町から先は、身奇麗な場所なんだ。再開発が進んでいてさ、公園なんか出来ちゃっててさ。キラキラして、どこで生まれたんだってくらい希望に満ちている顔をした、そんな子供たちが遊んでるんだ。眩しさのあまり僕は足を踏ん張ってしまう。少しだけ力が入る。どうにかして、どうにかしてその、綺麗な顔を、蹴っ飛ばしてしまえないか、なんて。

 待て。それじゃ駄目だ。今は、綺麗な場所へ。言葉の雨の降らない場所へ。急がなきゃ。指をこすり、こすり、こすりながら、歩く。気持ち、早く。蹴ってしまわないように、早く。

 着いた。元、この町の中心。今は見る影も無い。そのおかげで、言葉がふってこない、人のいない場所。華公園。花壇は、いくらでもある。枯れているけれど。ベンチだってある。朽ちかけだけど。僕はその中から、一番ましな、まだ座っても汚れないベンチを選んで、腰掛けて、空を見る。汚い空だ。この町で振る雨は、特に汚い。工場からの塵芥で、いつだって真っ黒なんだ。でも、こうしてみると、悪くない。文字がかかれていないから。

 雲の動き、風の動き、時折来る、バスの音。ここは静かで、何もなくて、もう、死んでいる。最高の場所だ。出来れば、もう少しの間だけ、この町廃れていておくれ。願わくば、願わくば。

「何してんだ兄ちゃん」「あ、すいません」

 土建屋風の、若い男だ。ニッカッポッカだっけ、飲料メーカーみたいな名前のズボンをはいて、いかにもないでたちで。こんな場所で何をしているんだろう。コーヒーと煙草を混ぜた、最悪の匂いがする。

「たまに、くんのか」「ええ、まあ。昔、遊んでたんで。懐かしくて」

 嘘だ。そんな思い出は無い。僕が誰かに連れ立って町を歩くようになる頃には、もうこの場所は死んでいた。ずっとずっと、放置されてたままなんだ。

「ほぉん、そっか」「ええ、はい」「じゃあ、寂しくなるな」「え」

「もうすぐここ、取り壊すんだよ。最近景気がいいだろ?なんかな、更地にして、マンション建てるんだと」「ああ、そうなんですか」

 そうか。そうか。二三年前から見かけるようになった、分譲マンション。こんな町に住もうとする人間が、いるのか。そうか。

 「たぶんうちが受け持つ、というか、まあ、受け持ちたいねぇ、いい場所だここは」「そうですね、駅からも、近いですから」

 多分、多分だ。僕以外にとってこの町は、今、少しずつ住みやすい場所に変化している。必要なものが増えて、置き去りにされていたものたちが処分されて、身奇麗になって、いくんだ。

「そうですか、そう。そうかぁ」「にぎやかになるぜぇ。Iターンだっけか。よそからもここに、移住する人が増えてるらしくてな。仕事があるってなぁ、いいことだ」「ですね、ですねぇ」

 腕時計を見る。時間だ。そう、僕にも、仕事がある。生きていくってのは、そういうことなんだ。

「そうですか、じゃあ」「もういいのかい?」「バイトの時間なんですよ。バイト前にはいつも、ここに来たくなる」「へぇ、なんか、わかるねぇ。じゃあ、がんばってね」

 つらいな。本当に。嫌いだったのにな。本当に。それでも物悲しさを感じながら、バイト先へと足を進める。僕と同じだと、勝手に思ってた。取り残されたまま、ずっとそのままだと思ってた。でも、違うんだな。そんなものは無いんだ。そんなものは。ただそこに居て、ただそこにあって、なんて。

 朽ちていけたら、いいのにな。朽ちて、朽ちて、塵になって、雨に混じって、この町に、降り注げればいいのにな。そんなことを考えながら、僕は、バイト先へと急いだ。

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