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「君のために歌う」ver2.0

作者: かさのきず

 校舎の屋上で、くだらない現実を見ていた。

 授業中の屋上に俺以外の人影はない。

 そこそこの進学校で通ってるうちの学校で、こんな堂々と授業をサボる人間が俺以外にいるとは思えないが、それにしたってこんなベタな場所を選ぶやつは、今日初めて授業をサボった俺だけなのかもしれない。

 いや、他に思い当たらなくてさ。事前に考えてたら、どっか空き教室とか見つけてたかもしれないけど、直前だったから。

 なんとなく思ったんだ。授業をサボってみようかなって。

 どうせ、授業なんて聞いても聞かなくても同じだ。教科書と参考書さえあれば、高校二年程度の勉強っていうものは何とかなるってものだ。

 だったら、たまには休憩したっていいじゃないか。別に疲れているわけじゃないけど。

 しかし、屋上と言うものはサボりには向いていないな。

 特に夏休み前の今の時期は割と地獄だった。

 暑いし、俺は今屋上の地面に横たわっているが、アスファルトの床は固いうえに爛々と降り注ぐ太陽によって鉄板のように焼けている。

 背中に焦げ目でも付くんじゃないだろうかってほどに熱い。

 火傷する前に起きるか。

 そう思った頃、屋上のドアが開いた。

 一瞬先生かと身構えたが、手でひさしを作りながら歩いてきた彼女は、どう見たって制服を着ていた。

 胸に着いた校章の色から俺と同じ二年生だとわかるけど、俺はその少女に見覚えがなかった。

「サボり?」

 寝転がる俺を見下ろしながら彼女が聞いた。

 下からその顔を見上げようとするが、太陽が眩しすぎて彼女の顔がぼやけて見えない。まあ、声は聞いたことがなかったから、知り合いじゃないだろう。

 俺はそう思って、寝転がったまま言った。

「見ての通り」

 彼女は目を丸くした。

 こう見えて俺は成績優秀の優等生で通っている。この間のテストは学年トップを取ったし、それ以前のテストでだって常に学年五位以内だ。

 そんな俺がこんなところで授業をサボって寝ていることに驚いたのだろう。

「授業でなくていいの?」

「なーんか、バカらしくなってさ」

 上を向くと太陽が眩しい。俺は腕で目を隠す。

「ほら、俺って成績優秀じゃん?」

「なにそれ嫌味?」

「いや事実。

 で、テストで一位を取った時も大して勉強していたわけじゃないんだ」

「やっぱり嫌味でしょう。私は頑張っても平均以下なんだよ」

「それはお前の勉強の仕方が悪い」

 そもそも、テストで頑張ろうとしていたやつは授業をサボろうなんて思わないはずだけどな。

 俺はそんなことを考えながら話を続ける。

「そんで、一位を取っちゃったとき思ったんだ。つまんねえな。って」

「ごめん。私には理解できないかも」

「かもな」

 まあ、どうでもいい。胸の奥にある燻り。それを誰かに理解されたいなんて思ってない。

「でもさ」

 彼女が言う。

 いつの間にか、声が近くなっていた。

 視界を塞いでいた腕を動かしてみると、彼女の顔が近くにあった。

「そんなくだらない現実は私がぶち壊してあげるよ」

 彼女は笑った。

 そして、俺に何かを押し付けてくる。

 思わず受け取って、俺はまじまじとそれを見た。

「軽音部の入部届?」

 なんでこんなものを俺に。

 そんなことを思っていると、彼女が俺の横に寝転がろうとしていた。

「あ、おい」

 止めようとしたが、遅かった。

「なにこれっ! あっつ!」

 そりゃそうだ。俺だってもう慣れたとはいえ火傷するかと思うほどだったのだから。

「バカだろうお前……」

 跳ね起きた彼女に呆れながら言う。

「ひどい! こんな美少女に向かってバカだなんて」

「美少女?」

 手をぱたぱたとやって、体を冷やそうとしている彼女の身体を下から上まで見ていく。

 ……四十点。

「なんか、ひどいこと考えてる気がする」

「四十点だな」

「なにその点数!」

「赤点ではないけど、決して良くない感じの点数」

「私の容姿について……だよね?」

 俺が頷くと、彼女はよっぽどショックだったのか、ぶつぶつと何かつぶやき始めた。

 聞く意味もないので、聞き耳は立てないが、そのままでいられると暇つぶしの相手がいなくなるので、俺は手に持った入部届を彼女の前でちらつかせる。

「で、結局これは何だ?」

「見ての通り」

 気取った声で彼女が言う。俺の真似ということか?

「じゃあ、捨てるか」

「ちょっとちょっと待ってって!」

「見ての通りゴミなんだろう?」

「ゴミじゃなーい!」

 俺をからかおうなんて百年早い。

 しかし、このままだといつまでたっても話が進まないのでそろそろ真面目に聞くことにした。

「入部してどうしろと?」

「ほら、思いっきり声出して、歌うとすっきりするじゃん?」

「するのか?」

 授業以外で歌ったことないからわからない。

「とにかく、そうした世の中の不平不満は歌にして昇華してしまいましょうってお誘いなの!」

「こんなところで?」

 俺は屋上を見る。当然のことだが、俺と彼女以外に人はいない。

「だって、授業をサボって屋上に来るなんて、青春じゃない? そんな人に我がファイティングバードのボーカルをやってもらいたいの」

「ふーん」

 俺がそう言うと、ちょうど授業終わりのチャイムが鳴った。

「考えとくよ」

 俺は起き上がる。熱かった背中が風で冷やされて気持ちがいい。

「いい返事を期待してるね」

 彼女が言う。

 このくだらない現実をぶち壊す、か。そんなに単純に俺の胸の奥にある燻りが消えてくれるなら苦労はしない。

 それでも、暇つぶしくらいにはなるか。と貰った入部届をポケットに突っ込みながら俺は屋上を後にした。



 その数年後、俺が入った後のバンドはメジャーデビュー寸前にまで行った。

 俺も遥も喜び合った。他のメンバーたちも一緒に祝杯をあげた。

 何回かメンバーが入れ替わることもあったが、俺のギターボーカルと、遥のベースだけは変わりなく、俺と遥がまさにバンドの中心だったのだ。

 俺としては遥がいれば俺たちのファイティングバードだったのだ。今から思うとダサい名前。中学生レベルの英語でかっこよさげに見える感じに並べただけのそれだけど、俺にとっては大切な意味があった。

 遥とのつながり。

 俺は遥を愛していた。それなのに。

 その遥が、交通事故であっけなく死んだ。



 葬式を済ませて一週間が経った頃、俺の部屋に遥がいた。

 いた。そうとしか表現できないほど、彼女は突然に現れて、片付けをしていた彼女がいなくなったせいですっかり物が散乱した部屋の中、それでもぽっかりと空いたように綺麗な彼女の定位置に座っていた。

 俺が新曲を作っているときにいつもいた場所。遥はいつもそこで俺のギターや鼻歌。時には適当に作った歌詞なんかを聞いて、意見を出していた。

「遥……?」

 呼びかけてみるが、遥は反応を返さない。ただ、じっと俺を見ているだけ。

 瞬きすらしないその目に何を映しているのか、それとも何も映していないのか、完全に無表情な顔で俺を見る遥に、俺はどうすればいいのかわからなくなる。

 部屋をこんなにしてだらしない。って怒っているのか? 悪かったよ。ちゃんと片付けるからさ。そんな目で俺を見ないでくれ。

 俺は部屋を片付け始めた。

 遥がやってくれたようにちゃんとなんて俺にはできないけど、食べ物のゴミとかちゃんとゴミ袋にまとめた。遥はその間中ずっと、瞬きすらしないその目で俺を見ていた。

 そして、終わった今も遥は消えたりなどせずにじいっと俺を見ている。

 それに安堵していいのだろうか。嬉しいと思ってもいいのだろうか。

 俺は悩んだ。

 遥はじっと俺を見る。俺はそんな彼女を見て悲しさを感じた。

 なあ遥、怒ってるならそう言えよ。どうしてそんなに無表情なんだよ。

 片付けをする時に部屋の端っこに置いたギターを手に見た。

 遥は俺のギターが好きだと言ってくれて、時々口ずさむ俺の歌はもっと好きだと言ってくれていた。

「好きな歌、何でも言えよ」

 俺は遥に言う。

 しばらくこちらを見る遥と見つめあうが、彼女は何も言わなかった。ずっと同じ表情のまま瞬きすらしない目を俺に向けている。

 その視線に耐えきれなくて、俺はギターを持ち上げた。飯を食う時と、風呂に入るとき以外はいつも抱えていると豪語していたそれはひどく重く感じた。

 よく見ると、ギターを持った手が震えている。

「ごめん、遥」

 とても曲を弾くことなんてできずに、俺はギターを床に落とした。

「ごめんな、本当にごめん」

 謝ることしかできずに、俺は遥に頭を下げ続けた。

 だってそうだろう。こんなに悲しそうなのに、俺は弾くことで彼女が消えてしまうんじゃないかと思って、弾けなかった。

 間違いだってわかっている。このままがいいだなんて言ってはいけない。

 でも、俺の心は叫んでいた。

「お前と一緒にいたいよ」

 そう声に出して言う俺に、遥は相変わらず無表情な顔をこちらに向けていた。

 涙が勝手に出てくる。止まらない。

 腕が遥を求めて彼女へ手を伸ばすが、その手は届かなかった。

 すり抜けて、また一つ虚しさが増えた。

「遥、一緒にいてくれよ」

 遥は何も言わない。

 せめて近くで、彼女に見下ろされながら俺は泣いた。



 俺は遥の隣で横たわって彼女の顔を眺める。

 謝ったり泣いたりすることはもうやめた。

 遥はまだここにいる。そのことがわかっただけで今の俺は満足だ。

 そう思うと、少しだけ楽しくなってきた。

 心に余裕ができてくると、体の欲求が激しく主張してくるものだ。簡単に言えば、腹が減った。

 ふと、遥を見る。

 相変わらず、何を見ているのかわからない瞳がこちらを向いている。

「遥は何か食べるか?」

 遥は何も言わない。

「たしか、グラタンが好きって言っていたっけ?」

 曖昧な記憶だったが、何も言ってくれないんじゃ仕方ないだろ? 間違ってたらごめんな。

 何にするのかは決めたが、料理ができるわけでもない俺は外へ買い出しに出るしかない。

「結構おいしいでしょう?」

 そう言って笑う遥の姿が頭に思い浮かぶ。

 グラタンは彼女の得意料理だった。好きだから得意になったとのこと。

 メジャーデビューを目指し始めたすぐのころだから、まだ生活も苦しくてすごく苦労させたんだよな。

「あの時は苦労かけたな」

 遥に言ってみる。

 遥は何も言わない。

 そんなことを考えていたら、グラタンが食べたくなってきた。

 しかし、俺に上手く作れるだろうか。一応、一人暮らしの時期はあったし、金もなかったから自炊の経験はある。

 しかし、ここ最近は彼女が作ってくれていたから、ろくに勉強もしていなかった。

 ふと、彼女の作ったグラタンの味を思い出す。

 うまかったなぁ……。

「グラタン、作ってくれたら嬉しいんだけどな」

 そう言って遥を見る。

 遥は何も言わない。

 俺はため息をついた。

 まあ、そうだよな。

「まずくても知らねえからな」

 俺はそう言って、材料のチェックをしてみる。

 グラタンに使う材料がパッと思い浮かぶわけじゃないが、どう考えても足りない。というか、マカロニがない。牛乳に至っては賞味期限が一週間以上前だ。

 仕方ないので、買い物に行く準備をする。

 部屋の隅に転がっていた財布を探して、ポケットに入れて、適当な服を着て靴を履く。

 久しぶりのそう行動がひどく新鮮に感じる。

 そういえば、ここ一週間ぐらいどこへも出かけていなかった。

 玄関で靴を履きながら振り返ると、遥は変わらずにこちらを見ていた。

 出かけるときは大体一緒だったからおかしな感じがする。

 それでも、いつも一緒でも家を出るときは互いに言いあっていた。

「いってきます」

 遥は何も言わない。

「行ってらっしゃい」

 遥の真似をして小さく呟いた声は、やっぱり自分の声で、遥の声が恋しかった。

「なあ遥……」

 遥は何も言わない。

 俺も呼びかけてみたが、何を言いたいのかわからなかった。

 胸の中に残るしこりのようなものを上手く言葉にできなかった。

 歌でなら、こんなことはないのに。俺の想いの全てを叫ぶことができていたのに。

 遥の隣で、ごみと一緒に横たわっているギターを見る。

 伝えたい気持ちはあるのに、歌えるとは思えなかった。

「ごめんな」

 小さく呟く。

 遥に対してだったのか、放置されているギターに対してだったのか、それとも、燻っていることしかできない胸の中のしこりに対してだったのか、自分でもよくわからなかった。

 混乱した思考を追い出して俺は遥に背を向けて外へ出た。

 しかし、その瞬間にできれば出会いたくないやつと出会ってしまった。

「彰さん!」

 そう叫んで走り寄ってきたのは奏理沙。バンドメンバーの一人だ。

 ギターを担いでいる。スタジオかどこかで練習していたのだろうか。

「もう大丈夫なんですか?」

「ああ」

 その理沙は心配そうに声をかけてくる。

 話しかけられたくない。放っておいてくれ。そう思っていることに罪悪感を感じながらも、今の俺には彼女と話すだけの余裕はなかった。

「悪い。急ぐ」

 だから、俺は言葉少なに答えて、その場から去ろうとした。

 理沙に背を向ける。

 遥の死を引きずりすぎていることはわかっている。それでバンドメンバーには迷惑をかけた。特にメジャーデビュー寸前だったんだ。どれだけ謝っても謝りきれない。

 だから追ってこれないように走ろうと思ったが、直前で理沙に腕を掴まれた。

「駄目です」

 理沙は言う。

「言いたいことがたくさんあるんです。だから逃げちゃ駄目です」

「ごめん」

 俺は謝ることしかできない。

 そんな俺を見た理沙は、悲しげに顔を歪ませた。

「もう謝らないでください」

「でも俺は……」

「いつだって、くだらない現実をぶち壊してやるんだ! って意気込んでいたのは彰さんなのに、私はその言葉に救われたんですよ?」

 俺は驚いて理沙の顔を見る。目が潤んでいた。

 初耳だった。バンド入りの面接の時に、やけに熱意があるな。と思って、実際それで気に入って加入してもらったんだが、まさかその言葉が原因だったとは。

「その言葉は遥が言いだしたんだ」

 気づけば、俺は理沙に言っていた。

「俺がどうしようもないときに遥がそう言って、俺をバンドに誘ったんだ。

 だから、俺は彼女のくだらない現実をぶち壊すことに手を貸すことを決めたんだ」

「それが、彰さんが音楽をやるきっかけですか?」

 俺は頷く。

 でもさ、その遥がいなくなっちゃ意味がない。

 俺は遥のために音楽をやってきたのだから。

「解散しよう」

 俺は言った。

 怖くて言えなかった一言。部屋で一人でいた時、ずっと考えていたことを。

「もう、俺には音楽ができそうにないか」

「彰さん!」

 話の途中で大声で俺を呼ぶ理沙に遮られた。

「私がこんなことを言うのはおこがましいと思います」

 理沙は俺の腕を掴んでいた手を離して、今度は俺の胸倉を掴んだ。

「でも、私以外の誰がやる」

 その言葉に聞き覚えがあった。

 俺以外の誰がやる。

 それは、俺が作った曲の歌詞。

 そしてその後は……。

「彰さんのくだらない現実をぶち壊してやります」

 そう言って、理沙は俺を引っ張っていく。

「おい、どこへ……」

「黙ってついてきてください。これでも私、怒ってるんですよ」

 普通に女の子な理沙の腕の力は弱く、引っ張られるというよりは引かれるままに俺がついていってる形になる。振りほどいてしまおうかと思ったが、負い目もあってそれは躊躇われた。

「遥さんには悪いですけど……」

 小さく、彼女がそんなことを呟いたのが聞こえる。

 訳が分からなかった。どうして遥が出てくるのか。どうして俺が理沙に引っ張られなければいけないのか。

 ただ、住んでいるアパートを離れるころに、マカロニと牛乳を買うことを忘れそうになっていたことに気付いた。



 駅前まで連れてこられたころ、ようやく理沙は俺の胸倉から手を離した。

 シャツの前の部分が完全に伸びて、不恰好になっている。まあ、安物のTシャツだから別に構わないんだけど、それでも文句を言いたくて理沙を睨む。

 その理沙は路上ライブをしている人を見つけてその人になにやら頼み込んでいた。

 割り込んでまで文句を言う気にはなれず、ぼうっと彼女を見る。

 相手のほうがこちらをちらりと見て、驚いた顔をしていた。俺を知っている人だったのか?

「彰さん、まだ歌えないですか?」

 理沙がこちらを振り向いて言った。

 歌えない。けれど、言いたくはなかった。

 自嘲する。何を意地を張っているのだか。そんな上等なもの、もう俺にはないだろう。

 それでも、俺の口は動かず、ただ黙って首を縦に振った。

「じゃあ、聞いていてください。私がそうだったように、彰さんを救います」

 そう言って、理沙はギターをアンプに繋いだ。

 少し聞いただけでわかる。それは俺の書いた曲だ。

 理沙は歌わない。

 しかし、その書かれた曲のメッセージは何より俺自身が知っている。


 いつだって誰かの作った道を歩いてきた。それが正解だと知っていたから。

 けれどいつしか物足りなさを覚えてきた。

 それは不正解だ。苦労するだけ無駄だ。

 でもこの胸の鼓動は叫んでいる。どこかへ行きたいと。

 決められた道の先なんかじゃなくて、道なんかない道を俺は歩いていきたい。

 もしかしたらその半ばで倒れるかもしれない。たどり着く先は同じかもしれない。

 それでも、ただ歩くだけの人生は耐えきれない。


 それがどうした、と思う。

 俺が冒険に出れたのは遥のおかげで、その遥がいなくなった今、胸の奥にある熱はすっかり冷めてしまったのだ。

 理沙は歌わない。

 俺はふと、口を開きかけている自分に気付く。

 歌いたい。

 ひどく胸が熱い。

 しかし、喉から声は出なかった。

 現実はいつだって下らない。

 遥も俺もそう思いながら生きてきた。

 空を飛ぶ鳥のように自由になりたい。でもこのくだらない現実は鳥かごのように俺たちを縛りつける。

 ならそれに抗ってやろう。

 それが、ファイティングバード。

 いつの間にか、曲は二曲目に移り変わっていた。

 これも知っている曲だ。

 俺と遥が一番気に入っていた曲。

 戦う、小さな鳥の歌だ。

 理沙が口を開く。マイクを通した歌声が、風のように吹きすさぶ。

 俺は気づいた。

 この歌は、俺の歌じゃない。理沙自身の歌だ。

 ボーカルを普段やらない理沙の歌は、微妙に音を外しているし、歌にかまけてギターのキレが悪くなっている。

 くだらない現実をぶち壊す。俺が引っ張って行ってやる。だからついてこい。

 そう叫んでいるはずなのに、まるで引っ張ってください。連れていってください。そう俺には聞こえた。

 それは、理沙の心の叫びがそう聞こえさせたのだろうか。

 もうやめてくれ。俺は現実に負けたんだ。だから、俺を追うな。

 理沙と目が合った。彼女の目は、涙で濡れていた。

 理沙の歌はどんどんひどくなっていった。涙声で声が震えて、まともに歌えていない。それに伴ってギターもどんどんひどくなっていく。

 歌いたい。

 胸の熱さが俺を急き立てる。

 自然と、俺は理沙の前に立っていた。

「彰さん……」

 理沙が俺を見てつぶやく。ギターも歌も止まっていた。

「別にさ。遥のためじゃないんだ」

 目の前の理沙に言ったわけじゃない。

 理沙の向こう、彼女の後ろに遥が立っていた。

 遥は何も言わない。ただ、俺をじっと見ている。

 その視線が責めているように感じて、俺は頭を掻いた。

「退屈な……このくだらない現実をぶち壊すのがそもそもの目的だったんだな」

 理沙からギターを取る。

 軽く鳴らしてみるが、やっぱり弾いていないと腕が落ちる。そのことに苛立ちを感じながら、俺は言った。

「遥と一緒に戦っているつもりだったのに、いつの間にか戦っている遥を助けているだけになっていたんだな」

 遥を好きなあまり、それが戦う理由になっていた。

 だから遥がいなくなった時、俺は負けた。

 遥はどれだけ孤独な戦いをしていたのだろうか。できれば、彼女が生きているうちに気づいてやりたかった。

 もう迷わない。最初の、戦うきっかけを思い出せ。屋上からくだらない現実を見ていたあのころを。

 そう、あの時はいつも胸の奥に何かが燻っているのを感じていた。

 今もその熱は、俺の胸の奥にある。

 そいつを、

「盛大に燃やしてやるよ」

 遥に向かって指をさす。

「特等席で見てろ」

 俺は振り返ってギターを掻き鳴らす。

 路上ライブで見てくれる観客なんてそう多くはない。それでも、それは明確な重圧となって俺に降りかかってくる。

 怖い。

 隣でリズムを作ってくれていた遥はもういない。

 それがどうにも不安で、そして悲しい。

 それでも、もう負ける気はなかった。

 俺は叫ぶ。

 お前らも飽きてんだろう。このくだらない現実に。

 一度負けた情けない俺だけど、もう負けないと誓う。

 そんな俺でいいのならついて来い。

「俺以外の誰がやる」

 たった一羽、飛ぼうとしていた遥は道半ばにして倒れた。

 けれど、その想いは、その熱を俺以外の誰かに任せられるわけがない。

 だから俺は戦い始めよう。

「くだらない現実をぶち壊す」

 拍手が辺りに響き渡る。

 気づけば、観客の数が一気に増えていた。

 ずっと前からの俺たちのファンも含まれているようで、復活おめでとうなんて声も聞こえる。

 俺はその声を背に受けて、遥に向き合っていた。

「なあ、遥」

 小さく呟く。

 遥は何も言わない。

「ごめんな。ずっと一人で戦わせちまって」

 遥は何も言わない。

「ちと遅くなっちまったけど、俺も戦うよ」

 遥は何も言わない。

「こんなくだらない世界だけど」

 遥は何も言わない。

「お前がいてくれてよかったよ」

 遥は何も言わない。

「ますますくだらない現実ってやつだけどさ」

 遥は何も言わない。

「もう一度だけ立ち向かってみるよ」

 遥は何も言わない。

「だから、そこで聴いていてくれ」

 遥は何も言わない。

「いや、そこじゃなくてもいいさ」

 遥は何も言わない。

「天国まで届くように歌うから、のんびりそっちで聴いてくれよ」

 遥は何も言わない。

「いや、俺の曲は騒がしいからのんびりは聴けないか」

 遥は何も言わない。

「じゃあ、もう一曲。思いっきりノリながら聴いてくれ」

 遥は何も言わない。

「俺、もう負けないから」

 遥は何も言わない。

 俺は振り返る。

 理沙を含めて、観客たちがそこにいた。

「この曲を、今まで戦ってきた遥に贈る」

 俺はそう言うと、ギターを掻き鳴らす。

 思いっきり騒がしいやつにしよう。

 自然と音楽は湧いてきた。

 歌詞も考える必要なんてない。遥のことだけを考えていればそれでいい。

「さようなら、遥」

 そう言って振り返った時、もう遥はそこにいなかった。

加筆するなら


・遥との絡み……しゃべらない遥としゃべる彰とか? それとも過去の彰と遥?

・理沙のイベント強化……理沙のキャラをもっと前面に押し出す。デートシーンとか作ってみる。

・ライブシーンを追加する。


くらいですかね?

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