表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/213

94 見守りの期限(9)

 駅前に寄った方が良さそうな気がした。

 理由はない。まさかあのどんぐり眼野郎がひょっこり現れたのでというわけでもない。ただ何となく、だった。

 ━━最近はあまり駅前で集まったりしないよな。

 仲間内で集まることはあっても、中学時代のようにがやがやカラオケボックスに繰り出したりとか、海辺でばかやって走り回ったりとか、そんなことが少なくなった。上総の学校内で占める立場の変化の現れとしか言いようがない。

 書店によるにしても、あの佐川書店に儲けさせるのは面白くない。ちょうど腹がすいてきたこともあり、一度入ったことのある喫茶店に寄ることにした。懐加減からすると、ファーストフードが一番なのだがなにせ、学校の知り合いと顔を合わせるはめになるのが辛い。


 喫茶店というよりも、珈琲専門店だった。

 ━━制服で入ったのがまずかったのかな。

 前回同様、

「店内では静粛に願います」

 ときたものだ。そもそも上総は今日一人で来ているというのに、誰かが背後霊のように見えるのだろうか。学生の姿は皆無。上総が思いきり場違いであることには前回とかわりなし。お腹一杯食べたい気持ちもあるので、唯一のご飯ものカレーを注文した。珈琲の種類はわからないのでおすすめにするしかない。そんなもんだ。

 ━━杉本だったらなんと言うだろうな。

 向かいの誰もいない席に問いかけてみる。

 ━━霧島がいたらうるさいだろうな。

 どちらにせよふたりとも、上総より遥かに飲み物に関してはうるさい人種だ。静かになにも考えず食いまくれるのはかえって気が楽かもしれない。出されたカレーは可もなく不可もなく、だった。


 窓辺から駅前商店街を眺める。

 はたしてあいつはどこにいるんだろうか。まだこの街にはもどってきていないだろう。

 ━━でもなぜ、なにがあいつの目的なんだろう。

 二年前、あのどんぐり眼野郎の魂胆にはまり、結局上総は本条先輩にぶんなぐられ詫びを入れさせられたと言う恨みがある。少なくとも上総の見た限り、あいつと佐賀はるみとの繋がりは明確にある。証人も出そうと思えば出すこと可能だ。ただそれで、今さらなにがという気も正直する。

 ━━もう杉本がいないってのにな。

 杉本がもし青大附高に進学していれば話は別だ。いやもっというなら、青潟東に進んでいてもまだ上総なりに身動きはとれただろう。しかし、肝心要の杉本が青潟から出ていく以上なにもすることはない。あいつの本性を証明しても、親友の関崎を落ち込ませ、新井林を絶望の淵に落とし込むだけだろう。ついでに、霧島が佐賀はるみに迫ったという事実をさらけ出そうものならもう最後、現役生徒会長のある意味犯罪として、一生癒えない禍根を残すだろう。

 ━━どっちにころんだってなにもしようがないのが現実なんだよな。

 振り上げた拳は無駄な動きをして止まるのみ。

 霧島も真実を証明したがっているようだが、それに伴う名誉毀損について思いを巡らせていないわけがない。もし佐賀はるみとどんぐり眼野郎ができていたとしても、それ自体は犯罪でもなんでもないわけだ。しかし、

 ━━あいつがそれにつけこんでしたことは、罪にしかならない。

 

 しばらく上総はぼんやりと珈琲をすすりながら窓の外を眺めていた。空は白い。雪こそ降っていないが、そろそろ動かないと家に着く頃にはからだが思いきり冷えきってしまうだろう。

 誰もいない、革張りの席に問いかける。

 ━━杉本、お前、あいつにどんな話したんだ?

 あいつ、というのが、霧島なのかそれとも関崎なのか、自分でもわからなかった。目の前にもし杉本が座っていたら、即、

「あいつとはどなたのことをおっしゃってらっしゃるのですか! 明確な表現をなぜさらないのですか! なぜ立村先輩はいつも自信なさげなのですか!」

 説教するのが目に見えている。

 もし霧島だとしたら、最近杉本がなにくれとなく面倒を見てやっているという噂を聞いているのでそれはなんぞやと尋ねることだろう。

 もし関崎だとしたら。

 喉に流れる冷えた珈琲がすっぱかった。


 ━━杉本は、関崎とどんな話をしたんだろう。


 晴れた空から小雪が舞い降りたあの日、音楽室から流れてきたモルダウの流れ。

 相変わらずの響きよし歌声に、杉本がなにを思ったのか、感じたのか。

 ━━どうせ「素敵私のローエングリン様」とか思ってたんだろうな。悪いけどローエングリンを予餞会の演劇で誰演じたか知ったら杉本どんな顔するだろう。歌はさすがだと思うけど、誰だってローエングリンになれるんだって認められるのかよ。関崎だけがローエングリンじゃないって現実をさ。

 

 店を出て、足の向くまま電気量販店へと向かう。

 別に買い物するものなんてなかった。

 エスカレーターに乗り、そのままマイコンコーナーのあるフロアへと向かった。

 席が増えている以外はいたって変わっていないように見えた。

 対応する担当者も、去年杉本に事細かに説明していた男性と変わらなかった。

 ━━あの人、杉本に対してはずいぶんと丁寧というか、視線のいく場所が間違っていたな。

 ふと、去年の夏感じた記憶が蘇り、上総はすぐ頭を振って追い出した。


 見るものも対してなく、自転車を駅前に置き、青潟近郊の観光マップで新しいもものが増えていないかを物色した。毎月チェックするのが習慣となっているこの頃、そろそろ欲しがっている人に送らねばならない。ついでに青潟駅発の時刻がのっているチラシも鞄に押し込んだ。子辺の修道院までどのくらいかかるのかだけ確認したかっただけだった。あとで、じっくり読もうと決めた。

 

 ━━清坂氏あたりか、古川さんか、いつごろ杉本が出発するのか聞いてないかな。

 改めて首を振った。血迷っていると自覚した。

 ━━もう会うつもりなんてないと言い切ったのはどこのどいつだよ、全く。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ