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93 見守りの期限(8)

 思えば上総は本条先輩以外の上級生とはほとんどつながりがなく、下級生も杉本と霧島以外とはさほど深く付き合ったことはなかった。一応は評議委員長だったので顔は売れているだろう。いままでのしくじりの数々を考えればむしろ当然と言えることではあるけれども。だから挨拶はそれなりにする。卒業おめでとうございますくらいは結城先輩に会いに行き頭を下げることくらいはする。たとえその場で、

「おお、立村か、ちょっとちょっと君にはね、先輩として一言、アドバイスだがな」

 ちょいちょいと手招きされて、

「悪いことは言わないよ。自分の身の程を考えて、君に合った通り縁の下の力持ちとしてがんばっていくのが、幸せな道だよ。言いたいこと、わかるよねえ」

 などと嫌みったらしいメッセージを受けとることも、今は平気だ。

 ━━まあ当たってるからな。

「肝に命じます」

 神妙に答えて引き下がろうとするとさらに追い討ちかけるように

「まあ僕たちもなんだかんだ言って高校の様子を覗きにくることがあるかもしれないんで、そのつもりでな。ああ関崎くんと、君の昔の恋人さんにもよろしくな。ああ、なお今の子にはなにも言わなくていいからね」

 どう考えても悪意の固まり年か思えない。このくらい言われて普通であればぶっちぎれても間違いではないのだろう。たぶん羽飛なら、新井林なら、激昂しているかもしれないし霧島なら強烈な皮肉で切り返すだろう。

 ━━要するに、俺はもう生徒会や委員会といった大きなところには近づかないで波風たてるなってことだよな。ついでに、見張りもこれからするから、俺が変なことしでかそうものなら、徹底して叩くからなってことか。

 本条先輩をこよなく可愛がっていた結城先輩だが、孫後輩にあたる上総には嫌悪感しかないようだった。気づいていなかったわけじゃない。自分が中学時代、評議委員長に指名された時、本条先輩は周囲の大反対を押しきって上総を選んでくれた。そのあとのいざこざや、やっぱりかと思われるような上総の言動についても全力でかばってくれた。それによって本条先輩の株が大幅に下がったのも否定はできないし、それを結城先輩が強く悲しんでいたことは想像に難くない。

 ━━けどさ、本条先輩が青潟東に進学したのはどう考えても俺のせいじゃないと思うんだよな。

 なにはともあれ、卒業生への義務を果たし上総は校舎を出た。

 

 こういう時、ふだんであればクラスの友達や生徒会室でたむろっているであろう貴史や美里、その辺を卒業生女子たちに追いかけられている南雲あたりに世間話程度でしゃべりうっぷんばらしするのが常だった。本条先輩がいれば愚痴る代わりにそばに座っているだけで気持ちが落ち着くかもしれない。

 ━━中学覗いてみるか。

 もちろん中に入る気などない。杉本に直接会ってお祝いの言葉を伝えるつもりもない。霧島に見つかったらことだし、佐賀はるみや新井林につかまったらまたとんでもない展開になるやもしれぬ。できれば遠くからどんな様子かだけ確認したかった。卒業生が、というよりも、卒業生たちをかこむ上級生たちの様子をこっそりのぞいてみたかった。


 卒業式でありながら曇っていた。これだと長時間講堂で過ごす生徒たち、保護者たちはしんどいだろう。とはいっても、一発ギャグなど観客として楽しめる演出は昨年と同じであればされているだろうし、退屈はしないはずだ。

 久しぶりの中学校門をのぞきこむ。

 式典は終わったようで玄関廻りには思った通り、青大附高の制服をコートやジャンパーのしたに着込んだ生徒たちがうろうろしている。

 ━━あいつらも来ているんだろうか。

 できるだけ物陰からのぞきこみたい。

 まずひとりめの「あいつ」はすでに恋人を見つけはしゃいでいる。東堂だ。桜田さんを捕まえてなにか話しているが、見たところ思いきり背を向けている。

 ━━杉本とは、あのあと話をしたんだろうか。

 桜田さんについては思いをはせるも、東堂は正直どうでもいい。見つけられたらやたらと上総になつかれてしまいそうで面倒だ。どうでもいいことだがなぜ東堂を南雲は親友と思っているのだろう。今だに上総には理解できない。

 もうひとりの「あいつ」は見当たらなかった。藤沖だ。

 評議委員会のからみもあるだろうし、例の彼女についてもここで会ってしまうといろいろと面倒が増えるのだろう。結局、杉本の濡れ衣はそのままだが、陰で学校側の陰謀に関する噂は流れていると聞く。ただ、杉本を悪者にしておけば、丸く収まる。そのことも生徒たちは理解しているようだった。

 ━━杉本はひとりぼっちで卒業するんだな。


  いつ、杉本は「なずな女学院」に向かうのだろう。

 すでに夏休みからちょくちょく足を運んでいたようなので準備は整っているのだろう。あんなことさえなければ、早めに状況を聞き出して、春休み前にでももう一度どこかで話をしたいと思っていた。

 ━━たとえば、あの修道院とか。

 少なくとも青大附属の連中がうろついていない場所でいったん、今後の予定などを確認しておきたかった。別に変なことを問うわけではなくて、夏休みがいつ頃なのかとか、ゴールデンウイークは青潟に戻る予定なのかとか。きわめて事務的な話をしたいだけだった。

 上総は中学校門から離れた。ずっとうろついていたらやはり噂になる。

 杉本がどんなに上総のことを避けていたとしても、くちさがない連中になに言われるかわからない。

 ━━しょせん、俺は青大附中時代、役立たずの評議委員長でしかなかった。

 胸にコサージをつけた女子たちがふわふわ歩いている。生協に向かう集団もいる。上総の居場所は今日一日なさそうだった。


 雪がきれいにはけた道を自転車で戻り、品山方向に向かう途中だった。

 ━━あれ?

 自転車を止め、サドルを浮かせて様子をうかがった。なにか一瞬だが、気になる人物を見かけたような気がした。気のせいかと思いつつも、もう一度目を凝らした。男子と女子、ひとりは学生服の上にスタジャン羽織り、女子は紺色のすっきりしたコートを羽織り、お下げ髪を垂らしていた。表情まではわからない。

 ━━まさか、あいつか。

 女子の顔はおぼろげにしか記憶にないが、一度会ったことがあるような気がした。しかしもうひとり。その男子は。

 ━━忘れるわけ、ないじゃないか。

 上総は自転車を積み上げられた雪の陰まで持っていった。歩いていくふたりの進む方向が青大附属方面であることだけ確認した。同時にその男子の手が、さりげなくその女子の手に触れているのも見てとった。

 いわゆるいちゃつきカップルにすぎない。なにも知らなければ、の話だが。

 ━━青大附属方面にわざわざあのふたり、歩いていくのか。


 あえて上総は追わなかった。

 ━━青潟工業と可南女子と、青大附属とは結構距離あるはずだよな。

 もしあのふたりとすれ違ったのが駅前のような繁華街であれば上総もなにも思わなかっただろう。自転車だとさほど距離はないが、それでも青潟大学方面にはよほどの用事がなければ自主的に来る場所ではない。上総が立ち止まった道も、まだ駅前には距離があった。

 ━━関崎がらみだろうか。そもそも青潟工業って今日休校日なのか?

 ━━いやそもそも、なぜあのふたりがうちの学校の近くをうろついているのか、それ自体が最大の謎じゃないのか。

 ━━可南女子の生徒会長が関崎の友達というのは聞いたし、あの時の生活委員の人だったことも知っているけど、なぜだ? 

 ━━それよりなにより、あいつは。

 自分の鈍さに愕然とした。

 ━━霧島をおもいっきり狂わせた元凶があいつじゃないのか?


 霧島の言葉をまるごと信じるわけではない。

 ただ、真実として受けとるならば、あいつは佐賀生徒会長とABのたぐいの行為をしていたと聞く。霧島がそれを目の当たりにしてしでかしたことは絶対に許す気はないけれども、上総が逆恨みしてもいい相手ではあるはずだ。

 ━━佐賀生徒会長に手を出しておいて、今度は別の女子か。ずいぶんなたらしっぷりだな。そのくせ、関崎にはすりより、新井林を手なずけて、杉本を叩きのめしか。手は出さなくても、俺がおもいっきり悪印象もってもいい相手ではあるよな。


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