表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/213

91 見守りの期限(6)

 家に帰り勉強に励むといいたいところなのだが、遠距離自転車通学ゆえにそうもいかない。もっとも数学の問題集……野々村先生おすすめ答え丸暗記……なんてかったるいことしたくもないし、夕食作らないと生きていけない。ピアノの練習も三十分程度はしなくてはならない。

「上総、お前のおかれている立場くらいわかっているよな」

 いつものように怒りはしないけれども、父がため息つきながら上総に話しかける。別に目の前でぐーたらしているわけではないのだが、やはり見えないものが見えるんだろう。土鍋でふたりぶんの鍋焼きうどんをすする。

「わかってる。毎日補習受けているから勉強はしているし」

「しているようには見えないぞほんとに。さっきまでピアノ弾いてただろ」

「日曜にレッスンにいくんだからしょうがないだろ」

「まあそうだが」

 めんどうな事情がいろいろある以上、父も頷かざるを得ない。もっとも上総とて追試でおとされた際に留年となるおそれも感じていないわけではない。やることはやっているし、他の先輩たちから集めた情報だと試験は非常にやさしいものらしい。たかをくくっていたりもする。

「春休みは母さん、またなにかしに来るの」

「来ない」

 父は短く答えた。

「また例によって長期出張だ」

「どこ」

「驚くなよ、海外だ。東南アジアの小国とか言ってたが具体的な国名は悪い、忘れた」

 どこだろう。気になる。上総の表情を見てとってか、父は続けた。

「なんでもアジア地区の伝統芸能に関するイベントがあるんだそうで、自腹切って勉強のためにいくんだそうだぞ。短期留学と言った方がいいかもな」

「そんな金どこから出るんだよ」

「うちでは出してないぞ。ただまあ、通訳が必要だとかその他いろいろと雑費がかかるようでお母さんもひいひい言っているよ。お前がある程度おとなだったら、自動翻訳機用に連れていけるのにと愚痴っていたなあ」

 ということは、春休み中母にこきつかわれることはさけられそうだ。幸いなり。


 土鍋の焦げたあとをたわしで必死に擦っていると、電話が鳴った。なにも珍しいことではない。父は相変わらずソファーで新聞や書類をひもといている。受話器をとって名乗ると、

 ━━よお、元気か。

 名乗りの必要なしの声が響いた。数少ないひとり。

「本条先輩ですか」

 ━━今追試の真っ最中だろ。生きてるか?

「なんとか。けどどうしたんですか。先輩も今の時期試験が」

 言いかけるとがははと声あげて笑う。

 ━━ねえよんなもん、頭の出来が違うんだよお前とはな。んで、そろそろそっち卒業式だろ。

「参列しませんよ。一年なんで。本条先輩、覗きにくるつもりですか」

 ━━そんなことしねえよ。いくらでも青潟にいりゃあ会えるだろ。それよか、お前んとこ、春休みどっか行くのか?

 ずいぶんと春休みのお誘いが多い。母が出掛けているとかなり自由が利く。

「今のところ予定はないです」

 ━━そっか、ねえか。

 少し間があった。ふふと笑う声。不気味だ。

 ━━んじゃなあ、終業式終わった次の土日、お前んとこに泊まりにいってもいいか?

「うちに、泊まりにですか?」

 念のため父に目で確認する。無条件でOKサインがを出してきた。父も本条先輩のことは気に入っている証拠である。

「いいですよ。親の了承取れました」

 ━━よっしゃ、じゃあ土曜に待ち合わせてお前んとこでぐだぐだやるか。

「あ、ひとつ注意です」

 あわてて伝えておく。

「次の日はピアノの稽古があるんで俺途中で抜けますよ」

 ━━待ってるよそんぐらい。お前の父さんともさしで語りたいからな。

 完全に二日間どっぷり上総と過ごしたいらしい。気持ち悪いくらいに。


「本条くん来るのか」

「ピアノの稽古の間、父さんとさしで語りたいんだってさ」

「彼はおとなだなあ」

 なにも上総をちらっと見て言うことはないと思う。少々気分を害した。

 

 ━━そうなると、清坂氏にも早めに伝えておいたほうがいいな。この日は参加できないって。

 春休みの予定がこれで二日間つぶれた。


 朝、いつものように学校に向かう。追試といっても普通に授業はあるわけだ。雪道もだいぶ捌けてきて、スリップしそうになることもなくなった。街路樹脇に山積みとなっている汚れた雪山以外、日々春の気配が漂ってきているようだ。

 校門をくぐる。いつものように見慣れた影をみとめる。

 ━━霧島がいる。

 見なくてもわかるし、気づいても話しかけはしない。向こうも期待はしていないのだろう。アクションを起こしては来ない。そのまま無視して通りすぎるのみ。

 ここ一ヶ月同じことが繰り返されている。


 ━━いつまで続くんだろう。

 早めに到着した教室で暖を取る。大抵朝は吹奏楽や運動部の朝練がらみで誰かかしらいることが多い。いないこともあるがそれなりに時間は潰せる。

 ━━二年後はあいつも青大附高にあがってくるんだろうな。

 いくら問題を起こしても、霧島の場合であれば大目に見てもらえそうな気がなんとなくする。その点杉本梨南とはちがう。杉本のように成績だけずばぬけていても別の部分でにらまれてしまうとどんなに努力しても取り戻せない。

 ━━今思えば、後ろ楯がなかったんだな。

 さまざまなところから流れてくる情報を照らし合わせると、杉本梨南の両親および家庭事情が複雑に絡み合い、攻撃しても構わない雰囲気が醸し出されていたようだった。本人の口から聞いたことだけでも、昨年の春あたりから母親が心労に耐えかねて実家で療養することとなったという。同時に父親も、娘を溺愛するあまり学校側へ非常識な要求を繰り返していたともいう。それを受け入れる代わり学校を出ていってもらうといった落とし処が、現状なのだろう。

 ━━うちの父さん、杉本のお父さんと接点あるみたいだけど、なにか話したのかな。

 気になるが、また面倒なことになりそうなので確認はしていない。


「おはよう、立村くんやっぱり来てたね」

 覗きこむのはやっぱり美里だった。上総も片手あげて返事する。

「清坂氏も、結構早いよな。羽飛も一緒か?」

「ううん、貴史はね、ちょっと別の用事があって先に行っちゃった」

 羽飛とも春休みに入ったらどこかぱあっと遊びにいきたい。生徒会やいろんなしがらみを抜きにして。そんなことを考えつつもまずは伝えねばならないことを話すことにした。

「あのさ、この前の春休み前の集まりのことなんだけどさ」

「どうしたの」

「終業式終わってからの土日、うちに本条先輩が泊まりにくることになったんだ。昨日の夜いきなり電話かかってきた」

「本条先輩が?」

 少し考えこむように美里が頷く。

「日曜は別の用事もあるしたぶん、この土日は身動きとれないと思う。別のことで手伝えれば手伝うけど、今回の集まりは俺抜きで考えてもらっていいよ」

 別に、無理することはない。本条先輩最優先主義というのは上総のモットーみたいなものだし、美里も今さらそれで驚くこともないだろう。思った通り美里はあっさりと頷いた。

「本条先輩じゃあね。わかった。ちょっと今私も打ち合わせしているとこだけどやっぱり、春休み後の日曜になりそうだからなあ。どちらにしてもこれから立村くんにはいろいろお願いすることもあるしね。それよか、春休み別の日に、こずえんちでまた集まろうって話になってるんだけどまた改めて相談するね! 貴史と私とこずえと立村くんで」

 そそくさと荷物をまとめて教室から出ていった。とりあえずは伝えるべきことを伝えられて一安心といったところだ。


 少しずつクラスメートが教室に揃いだしてくる時間。

「立村くん、ほら、また頼まれたよ」

 疋田さんが自分の席につく前に、ぽんと机の上へ封筒を置いていった。いつものことだ。なぜ疋田さんに取り次ぎを頼むのか、上総には全くわからない。

「ありがとう、いろいろ面倒かけるよな」

 音楽室での一件があるのであえて詳しいことは話さず礼だけ言う。あれだけアグレッシブな疋田さんも、さすがに教室の中ではピアノの女神として過ごしたいらしく笑顔ひとつのみで通りすぎていった。


 ━━立村先輩。

 開いた時、短い言葉のみが目に飛び込んできた。

 ━━僕は自分が正しいことをしたと必ず証明します。お待ちください。

 すぐに畳んだ。だからなのだ。根本的にこいつはなにもわかっていない。

 

 ━━なんでわからないんだよ、霧島、お前って奴は。

 なぜ上総がいまだに霧島と口を利きたくないのか、それは真実有無の問題じゃないということを、どうやったらわからせることができるんだろう。

 ━━霧島の憶測がすべて正しいことは俺だって昔からよく理解しているさ。けど問題はそういうところじゃないってなぜこいつは気づかないんだよ。やはりしゃべらないとだめなのかよ。いいかげん、気付けよ頼むから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ